第17話 キュート
こいつ寝ちゃったんだな、いつ起きるんだろ。このまま置いて行くわけにも行かないしシルビアには今日は野宿を覚悟してもらうか。
『ボルト? こいついつ起きると思う?』
『明日の朝までではないでしょうか。』
やっぱりか。ボルトも寝てたもんな。しかも大きくなったし、こいつも大きくなるのかな?
『こいつも大きくなるのかな? 馬車を引っ張ってくれるんなら今ぐらいだと少し大きいけどいい感じの大きさなんだけどね。』
『こやつの場合は大丈夫でしょう、種族進化をしてませんから大きさはこのままでしょうな。』
『そうだよな、ボルトはサンダータイガーから雷獣に進化したもんな。』
『御意。』
『シルビア、今日はここで寝ることになりそうだよ。折角宿に泊まれるのに悪かったな。』
『いいよ、馬車さんって寝心地もいいんだ。』
『風呂もトイレも無いんだぞ?』
『もう慣れた。』
そこは慣れなくてもいいところなんだけどなぁ。
『それより少し狩りに行ってもいい?』
『そうだな、待ってる時間も勿体ないよな。ここから見える範囲ならいいよ、すぐにボルトが駆けつけられるから。な、ボルト頼むよ。』
『御意。』
シルビアが狩りに出掛けた。出掛けたと言っても半径5キロ以内、オレの【ズーム】の範囲内。それ以上は慣れたら念話で呼びかけると言って出かけさせた。
実戦に優る修練無し。確かに素振りを100回するより1回実戦をやった方が身になる事もある。でも素振りを疎かにすると痛いしっぺ返しを食う場合もある。基礎が出来て無いのに実戦ばかりを言う奴は大成しないからね。その点シルビアは基礎ができてるよね、剣技といい魔法といい、いい先生がいたんだろうね。
待ってる間にボルトと少し話をした。
『なぁボルト、お前って何歳?』
『我は15歳でございます。』
『ええ? 15歳? マジで?』
10000歳ぐらい行ってる雰囲気あるよな。
『左様でございます。』
『それなら何でそんなに色々知ってるんだ?』
『それは主殿に名付けて頂き進化した時に、色々な事が我に流れ込んできました。歴代の雷獣達の記憶が我に流れ込んで来たのです。』
『へぇ、じゃあ、この世界の事なら何でもわかるの?』
『歴代の雷獣達が知ってる事でしたら分かります。』
『凄いな、15歳なのに凄い物知りになったんだな。』
『御意、これも主殿のお陰でございます。』
『雷獣って他にはいないの?』
『御意、雷獣は記憶を受け継ぐため、同じ時代に2体と存在しません。今は我がいますので他に雷獣はおりませぬ。』
『そんな凄い奴がオレの従者でいいの?』
『主殿の従者であることは何の問題もございません。誉にございます。』
オレはそんなに凄い奴では無いと思うよ。だって馬車だよ? 何もできないんだから。
『それなら色々聞きたいな。』
『御意、なんなりと。』
『人間とは敵対しないの?』
『歴代の雷獣達は人間との関わりはしていないようです。強き魔物との闘い、特に龍との闘いに己を磨いていたようです。』
それって龍から狙われたりしない? 龍といっぱい戦ったってことだよね。
『龍から狙われるって事は無いの?』
『多少はありますが、それは我にお任せください。龍は自分のテリトリーを荒らされなければ自ら追ってくる事はあまりありません。』
多少はあるのね、頼むよボルトさん。
ナビゲーターが言ってた事も気になるんだよな。
『ダンジョンってどういうのがあるの?』
『むむ、ダンジョンでございますか、あんな狭い所のことはあまり知りませぬ。』
何かあるな、言いたくないのかな?
『でも歴代の雷獣達なら知ってる者もいるんじゃないの?』
『もちろんダンジョンマスターを何度も倒した者もおります。』
『ダンジョンマスターって?』
『ダンジョンの最終層にいて、ダンジョン核を守る強き者です。』
『ダンジョン核って?』
『ダンジョンの元になる強き力の石の事です。このダンジョン核がダンジョンを創り、ダンジョンマスターにダンジョン核を守らせているのです。』
『ふーん、一度見てみたいな。』
『あんな物は見る価値もございません。』
こいつ何か隠してるよな。ダンジョンに行きたくないのは歴代の雷獣達ではなくてボルト自身の都合じゃないのか?
『お前、何か隠してるよな。』
『な、な、何も隠しておりません。』
『オレってお前の主だよな? 隠し事すんの?』
たまには強気で行ってみよ
『むむむ、わかりました。申し上げますが、内密に願います。』
すぐ折れたね。
『うん、当然だよ。誰にも言わないよ。』
言う奴いねーし。
『・・・我がまだサンダータイガーに進化する前、ダンジョンに行った事があるのですが、中層にも辿り着けずに敗れて逃げ帰った事がありました。それからダンジョンには行っておりません。』
なるほどね、サンダータイガーの時でも今ほど強く無かったもんね。
『サンダータイガーの前って何だったの?』
『ホーンタイガーでございました。我が主殿と出会ったのはサンダータイガーに進化してすぐの事でございました。』
『今なら強くなったんだから行ってもいいんじゃないの?』
オレは行かないけどね。
『むむむ、ダンジョンは狭いですから。』
ちょっとトラウマになってんのね。でも、もしシルビアが行く事になったら手伝わせてやろう。でもオレは行かないよ。
亜種カーバンクルが起きてきてキュキュキュっと鳴いて荷台を走り回っている。
あれ? こいつまだいたのか、忘れてたよ。
『こいつってまだ居たのな。』
『この者は主殿に懐いておりますな。主殿の存在にも気付いておるようですぞ。』
『え? オレが馬車って分かってるの? へぇ凄いんだなハヤテでも分からなかったのにな。そう言えばハヤテが来た時もボルトと同時に気付いてたもんな。』
さっきのハヤテの時もそうだったけど、こいつも【鑑定】でステータスの詳細が出ないんだよな。さっきはすぐ隠れたし【潜行】してたからハヤテのステが出なかったのは分からなくも無いんだけど、こいつはずっと見てても出ないんだよな。気配察知もオレ以上だし実は凄い魔物だったりしてな。ははは、それは無いか。
「ただいまー、ちょっとやられちゃった。」
シルビアが帰って来た。左足と左腕に少し傷を受けたようだ。
『それってヤバくないか? 紫色になって凄く腫れてるじゃないか。』
「毒を持ってたみたいだね、『毒耐性』を貰えたからこれ以上酷くはならないと思うんだけど。」
『毒ってヤバいじゃん! オレじゃ毒を治せないよ。【回復地帯】で治せるのか?』
《治せます。》
『よかった、シルビア治せるみたいだ。早く荷台に乗って。』
「うん、わかった。」
シルビアが荷台に乗った。
オレが【回復地帯】を出す前に、亜種カーバンクルがシルビアに近づき毒を受けた左足に触りキュキュっと鳴くと額の石が光った。
紫色になって腫れていた傷が見る見る治まって行き元の綺麗な足に戻った。
「うわぁーこの子凄ーい、こんな事が出来るんだ。」
オレも驚いた。回復魔法なのかどうかよくわからないが、シルビアの毒を受けていた足が完治したんだ。続いて左腕も完治させた。
『こいつ凄いんだな。ボルト、こいつって何者? オレの鑑定では亜種カーバンクルとしか出ないんだけど。』
『申し訳ございません。我の記憶にもございません。』
「何者でもいいって、もうこの子は私達の友達だよ。」
亜種カーバンクルがキュキュっと鳴いて御者台に上がって来る。
あー、ご褒美か、飯のおねだりだな。
ゴトン! さっきの肉団子スープを荷台に出してやった。
亜種カーバンクルは一度荷台に降りて肉団子スープの周りを一周したら、また御者台に上がってキュキュっと鳴いた。
別の物が食いたかったのかな?
次は魔物肉を塩コショウで焼いて出してやった。
亜種カーバンクルはまた荷台に降りて焼き肉を一周して御者台に上がって来る。
「どうしたのかなぁ。」シルビアが不思議がって肉を1切れ摘まんで食べた。
「凄っごく美味しい。なんで食べないの?」
亜種カーバンクルはキュキュキュキュ鳴いている。
鳴かれてもわかんねーよ。こいつ何か言いたいんだろうけどキュキュじゃわかんねーって。
「この子ご褒美に名前を付けて欲しいんじゃない? 食べ物以外で魔物が欲しがるものでしょ?」
亜種カーバンクルはキュキュっと鳴くとシルビアの回りを走り回る。
「なんか正解みたいだよ。」
『え? オレが名付けるの?』
「だってこの子は馬車さんになついてるもの。」
エー、なんで? また『馬車の従者』って被害者を増やす気か? もういいんじゃないか?
『シルビアが付けてやってくれよ。』
「イヤよ、馬車さんが付けてあげるの。」
ハヤテに名前を付けたとこだから、SPだって半分も回復してないし。本当にこいつはオレの従者になりたいと思ってるかも分かんないよな。
亜種カーバンクルがまた荷台に上がってきてキュキュっと鳴く。
『本当にいいのかなぁ。』
キュキュ
『オレの言ってる事が分かってるみたいな感じだよな。』
キュキュ
『わかった。名付けるよ。』
キュキュキュキュ~
本当に分かってるみたいだよ。名前か、何にしよーかな。
キュキュって鳴くしキューちゃんとか? 九官鳥みたいだな。キューピーちゃん? マヨネーズみたいだな。でも可愛いい意味のキュートとも被ってるし、キュートって名前にしてキューちゃんって呼ぶって感じはどう? よくなくなくない?
《SP消費はどのぐらいしますか?》
あ、そうだった。どのぐらいにすればいいのかなぁ。
《すべて消費する事をお勧めします。》
え? なんで? また真っ暗になるじゃん!
《SPを0にすると進化ボーナスが発生します。》
そうゆうのもあんの? 小出しにするよね。纏めて教えてもらっても覚え切れないけどね。
だからボルトって進化したの? ボルトの時って2画面は残ってたよな。今回も同じかな?
《同じです。》
どのぐらいで復活できるの?
《SPが一気に無くなった場合はSP100まで復活しないと再起動できません。》
再起動って言っちゃったわ。あなた人間じゃありませんよって宣言された的な?
SP100っていったら1分半程度か、今はみんないるし大丈夫だよね。
わかった、SP全部使うよ。
『名前はキュート、キューちゃんだな。』
オレの視線は今9画面ある。
前後左右と上下の6つにハイアングル画面と【ズーム】。
LP・MP・SPバーと時計や鑑定結果が出る画面として1つ。合計9つの画面があり、全部同時に認識できる。この時点で、もう人間じゃないなぁとは思ってたよ。馬車ですよ、あーはいはい、分かってましたよ。でも再起動って言うなよ、せめて再び眠りから覚めるとか、もうちょいオブラートに包んでくれねーかなー。
名付けが終わると正面と荷台画面を残し、すべての画面が真っ暗になった。
キュートは荷台にいるシルビアの所に行き、眠りに付いた。