第144話 ドワーフのバッカス
誤字報告ありがとうございます。
山から下りて来たドワーフの兵士達。
オレ達も山に向かって移動していたから、真正面にいる事になる。
まだ見つかってはいないようだけど、異変に気が付き出て来たんだろうから警戒されてるだろうし、見つかるのは時間の問題だろう。
問題は見つかった後だよな。話し合いができる人達なのか、有無を言わさず戦いを挑んで来られるのか。
ステータスを見る限り、うちのメンバーの敵では無いけど話もせずに戦闘をする程、オレ達も野蛮人じゃない。でも、どうやって話をする切っ掛けを作るかだな。結界を壊した事を素直に言って許してもらえるかってのもあるし、相手の出方を見るしか無いんだけど、まずは切っ掛けがほしいな。
「ご主人様、あの者共を殲滅して参ります」
え? メイビー? 何言ってんの?
「え、えっと…なんて?」
「あの者共はドワーフでございます。ドワーフを見た途端クレオ様が非常に荒ぶっておられまして、ドワーフは生かしておけない気持ちになって来ました」
急にどうしたの、ドワーフなんて鍛冶屋に行けば大概いるだろ? メキドナにもいたぞ。
「メイビー、クレオと変わってくれる?」
「畏まりました。少しお待ちください」
「なんじゃ、妾を呼んだか?」
早っ! もう変わったの? もっとこう、なんかあるでしょ。入れ替わる時の儀式的なものが。
「ま、いいか。それでクレオは何でドワーフを殲滅する気になってるの?」
「妾は彼奴らが憎いのじゃ。あれは、もう何年前かは忘れたが、妾がハーベレイ・インダスタンスと共にあった頃、ドワーフを招いて酒を振舞った事があるのじゃ。彼奴らは、妾の秘蔵の酒を全て飲み干してしまいおった。妾は一杯だけじゃと言うたに、十樽全部飲み干してしまいおった」
別に酒ぐらいいいじゃん。殺される程の事じゃ無いと思うよ。
「それだけ?」
「そうじゃ、それだけじゃ。ダークエルフの娘も妾が眠っておる間に全部出してしまいおって。今、思い出しても忌々しい限りじゃ」
「その時、なんて言って飲ませてやったの?」
「ダークエルフの娘には、この酒を一杯振舞ってやれと言っただけじゃ」
これって一杯といっぱいの勘違いじゃないの? だってドワーフって大酒飲みで有名って話だし、いっぱいって言ったら沢山の方だと思うよ。
「それって…誰も悪いような気はしないな。だって、ドワーフは出されたから飲んだだけじゃないか。クレオの逆恨みだよ。因みにそれって何て酒だったの?」
「ダークエルフの秘蔵酒『蟻と蜂の交響曲』と言う、蟻蜜と蜂蜜で作った酒をブレンドして百年寝かせたものじゃ。その後、程無くして封印されてしまったからの、最後にもう一度飲みたかったのぅ」
んー……項目に出てるね。オレ造れるよ。
イライラと敵意を剝き出しにしているクレオをルシエルに抑えてもらって、ダークエルフの秘蔵酒を造った。
百年寝かせる? 知らないよ。三分でできるんだから。
これはアイテムの項目にしか出て無いな、料理の方だと思うんだけど……
三分後、クレオの歓喜の声が森に木霊した。
うん、今のでバレたね。ドワーフ達が凄く警戒をしてるもん。
あっ! 見つかった! こっちに来るよ。
山から下りて来たドワーフ一行は、真っすぐにオレ達に向かって来る。
ただ、警戒しているのは周辺に対してだけで、オレ達に対してはそんなに警戒していない。周囲に対する警戒も殺気立ったものではなく、時折笑顔も見て取れる。嬉しそうにも見えなくもない。
髭モジャの無骨そうなおっさんばかりだからね、笑うと逆に凶悪さを増したりするのだ。小さい子が見たら泣いちゃいそうだね。
そんな一団がオレ達の方に向かって来る。
今、ここにいる人型はルシエルとメイビーと【御者】。パルは小さな妖精の姿だから話してもおかしくは無いけど、ハヤテやキューちゃんでは交渉をするにも困難だろう。
なら、ここでの交渉人はやっぱり【御者】? 皆、【御者】を見てるね。
やっぱりオレか……いや、待てよ。偶には他の者にやらせてみよう。メイビーはドワーフに対して蟠りがありそうだからルシエルだな。
それいいね、ルシエルにやらせてみよう。
「ルシエル。あのドワーフ達と話してみてよ。オレ達に敵意は無いと思わせてくれたらいいから。できれば、なぜドワーフがこんな所にいるのかが分かればいいんだけど」
「わ、私がですか?」
「うん」
「そ、そ、そんな大役……わ、わかりました。やってみます」
少し緊張したみたいだけど、ルシエルは了承してくれた。大役って程じゃないけどね、皆もいるしオレもいるしね。
もう見つかってるみたいだけど、こちらから行くと警戒されそうだし、ドワーフ達を待つ事にした。
「おー! あんたら! この妖精はあんたらのかい。しっかし、凄ぇーいるもんだな。こんなに妖精がいるのは初めてみたぜぇ」
近づいて来たドワーフの一人が、まるで警戒せずにそんな事を話し掛けて来た。
そんな軽い感じでいいの? ここって人外魔境じゃないの? そんなとこにいるオレ達って怪しくないの?
おっ、ルシエルが前に出たな。ルシエルは頭もいいから交渉術もできるだろう。うちのメンバーの中でも一番頭がいいもんな。こういうのは今日からルシエルに任せよう。
「ははははははじめましてまして。ルルルルシエルと言いますます。よろしくおねガフ……」
……噛んだ。盛大に噛んだな。
「ガッハッハッハ! ネエちゃん、そんなに緊張すんな。俺たちゃ見ての通りドワーフだ。お前ぇさん達から殺気を感じねぇし、これだけの妖精がいるんだ。あんたたちゃ悪い奴じゃ無さそうだな、俺はバッカスってもんだ。ネエちゃんはルルル・ルシエルってのか?」
ルシエルに名字が付いた?
そうじゃないな、さっきのカミカミでそう聞こえたんだな。
「いや、この娘はルシエルって言うんだ。そして、オレがこのパーティのリーダーだ」
未だに両手を地面に付いてるルシエルは使い物にならないだろうから、代わりに【御者】で答えた。
残念、ルシエル。次回期待だな。
警戒はされてないみたいだよな。妖精がたくさんいると良い人認定されるのか?
「パル?」
「そやな、妖精は自分や森をを害そうとする人がおったら出てけぇへんからな」
空気を呼んでパルが答えてくれた。
「でも、これってパルが召喚したんじゃ…」
「今回はそやないねん。この森におる樹や風や土の精霊を解放したっただけやねん。せやからこんなにいっぱいおっても大丈夫やってん。さすがのうちも、こんだけ数はよう召喚せぇへんわ」
どういう事かな? 通常は精霊界から妖精を召喚するけど、今回はこの世界に留まっている妖精を、媒体である樹や土から解放したって解釈でいいかな? だから消費MPが少なくて済んだと。
「だったら、この妖精達は……」
「そやで、このままや。用事が済んでも還れへんよ、帰るとこはここやし」
「だってお前……」
「そやなぁ、ちょっと多すぎやな。どないしよ」
どないしよって……
「ほぉ、そのちっこい嬢ちゃんが、この妖精達を呼び出したのか。凄いもんだなぁ。妖精が多い森は豊かな森だ、妖精は多けりゃ多いほどいい。妖精はこのままでいいぞ。それでな、この森は豊かだがバロメッツの数が少ないんだ。元々希少な植物でな、少なくても仕方が無いんだが、俺たちゃもっと欲しいんだ。ちっこい嬢ちゃん、妖精に頼んでみちゃくれんか」
「ちっこい嬢ちゃん言うな! うちはディーディパルって言うんや! パルって呼んでもええで」
こいつ、精霊女王の所に行ってから何か毒されてないか? 精霊女王はオレの前でだけ大阪弁だったはずなんだけど。
「パルか、俺はバッカスだ。それでどうだいパル、一つ頼まれてみちゃくれないか」
「タダか?」
「は?」
「タダでせぇっちゅーんか? っちゅーとんねん!」
「そ、そうだな。もちろんできると言うならタダとは言わん。報酬については王に聞いてみよう。一緒に来てくれるか?」
おっ、パルって交渉が上手いじゃん! 大阪弁で強気で話せるこの性格。次からパルに任せてもいいかも。
「全員で行ってもええんか?」
パルの質問に対してバッカスは首を振った。
「それはダメだな。その嬢ちゃんだけは入れねぇ」
バッカスは荷台にいるメイビーを指さしダメだと言った。
「なんでや! メイビーはうちらの仲間や! そんなん言うんやったら何もしたらへんわ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。ドワーフとエルフはダメなんだ、昔から仲が悪くてな。俺はエルフを初めて見たから、いいも悪いも無いんだが、古い連中にはエルフを嫌う者が多くてな。連れて行ったら、そのエルフの嬢ちゃんが嫌な思いをすると思うぞ」
「そうなんか、ご主人様、どうする?」
パルが拒否するとバッカスが慌てて事情を説明した。
で、結論はやっぱりオレな訳ね。
種族間問題だったら仕方が無いのかもな。エルフは閉鎖的だったけど、どうやらドワーフもそうみたいだし、昔から仲が悪いんなら、確かにこのバッカスが言う通りメイビーが嫌な思いをするかもしれないな。
クレオは、そんなドワーフをなぜ呼んだんだろ。エルフとダークエルフは違うのかな。
「ダークエルフもダメなのかい?」
一応、確認のため尋ねてみた。
「ダークエルフならいいと思うぜ。古い連中が嫌ってるのはエルフだからよ」
だったら問題無いな。ハーベレイ・インダスタンスの姿になってもらえばいいんだよ。
「メイビー」
「はい、わかりました」
メイビーも話を聞いてたからすぐに分かってくれた。
メイビーはさっとクレオに入れ替わり、ハーベレイ・インダスタンスの姿に変わった。
「ほぉー、それがダークエルフか、それなら大丈夫だろ。それで付いて来てくれるのかい?」
「そうだね、ドワーフの国も興味深いし、行ってみようか」
話は決まり、オレ達はドワーフ王国に行く事になった。
バッカスは他二名のドワーフを選び、オレ達とドワーフ王国のある山に向かって行く。
残りのドワーフは一団となって結界の確認に行くようだ。
結界は全部壊しちゃったけど、後で怒られたりしない? 心配だなぁ。
ただ、どのドワーフも機嫌がいい。妖精が多くいる事が関係してるみたいだ。
ドワーフって妖精好きな種族なの?
山は低いし、あまり木も生えて無いからハヤテに曳かれるオレはスムーズに登れるので安心した。
傾斜もそんなにキツくないし、ハヤテも問題無さそうだ。
この山は山脈の始まりの山だから低いけど、先に続く山々は徐々に高くなっていってるな。先の方なんか頭に雪が積もってるのも見えるよ。
入り口はもう少し先だと言うので、さっき気になった事を聞いてみた。
「ドワーフって妖精が好きなのか?」
「何を言っとる、ドワーフもエルフも妖精だぞ。俺たちゃ火と土、向こうは水と風の妖精だ。どっちも二属性持ちだが、相反する属性だから昔から仲が悪いって聞いてるな。俺は今日初めて見たから知らなかったが、正直な話、ちょっと嫌悪感を感じたな」
本人がいるのにハッキリ言い過ぎじゃね? でも、ドワーフって妖精だったの? 妖精ってもっと美しいとか可愛いとか……
「何か変な事、考えなかったか?」
「いえいえ、意外だなぁって思ってただけだよ。ドワーフも妖精だとは知らなかったから」
ナビゲーターが何か言いたそうだけど、無視しよう。
「もちろんドワーフにも風を操る奴もいるし、エルフにも土を操る奴はいる。だが、ドワーフに水を使う奴はいねぇし、エルフにも火を使う奴はいねぇんだよ」
「え? うちのメイビーは火の精霊持ちだけど」
「なんだと!」
「妖精じゃなくって精霊ね。あと、光の精霊も持ってたと思うけど」
「ま、まさか……それなら王と同格…いや、それ以上か……」
バッカスだけじゃなく、他の二人のドワーフも驚いて声が出せないでいる。
「み、見せてもらってもいいか?」
「いいんじゃないか? メイビー、見せてやってくれる?」
クレオなのは知ってたけど、ここはメイビーって呼んでた方がバッカスにもメイビーを印象付けられるから、敢えてメイビーと呼んだ。
クレオもその辺りは分かってるみたいで、何も言わずに火と光の精霊を出した。
「「「おおお!」」」
どよめくドワーフの三人。
自分達も火か土の妖精しか持って無いのに、エルフの娘が火の精霊を出して見せた事に驚いた。しかも光の精霊まで。
妖精持ちのドワーフだからこそわかる。大きさは変わらなくても、妖精と精霊の違いは一目瞭然。
バッカスは何度か王の持つ、火の精霊を見た事がある。もしかしたらこの精霊は王の持つ火の精霊より上かもしれないと思ったが、声には出さなかった。
光の精霊まで持ってるのだ、火の精霊も王の持つ火の精霊より上であってもおかしくない。
それもエルフの娘が持ってるのだ、判断は王に任せる事にして声に出す事はしなかった。
ナビゲーターの説明では、エルフやドワーフに召喚された妖精や精霊は普段から周りにいるそうなんだけど、姿を見せると召喚主の精神力を吸い続けることになる。この場合の精神力はMPで表示されている。だから、精霊使いのMP表示は魔力では無く、精霊力を表示している。精霊使いは魔力を使う魔法が使えないから同じ扱いになってるみたいだ。
妖精は姿を見せなくても、主の周りにはいるそうだが、話をする程度の事しか出来ない。
力を発動する時は姿を現すために主のMPを消費させる。術の発動の為の消費MPは妖精の中から消費されるから、どれだけ威力が高い術が発動できるのかは、妖精の位によるものが大きい。
それが精霊なら妖精などとは比べ物にならないぐらいの大技を発動できる。が、その精霊を呼ぶためには、それ相応の力がいる。
その事が分かっているドワーフの三人だから、さっきどよめいていたのだ。
メイビーの故郷の語り部の村で、妖精がずっと出てたって事は、ずっと召喚者のMPが消費されてたんだな。妖精とはいえその数が十体って、メイビーのお祖母さんって凄い人だったんだな。
《あのエルフの里の結界は、この場合のMP消費を非常に抑える結界に守られてたいました。エルフにも妖精にも優しい空間になっているから出来た事です》
そうだったんだ。でも、凄い事には違いないよ。
ここの王様も火の精霊持ちだって言うし、凄い人なんだろうな。
優しい髭モジャオヤジを想像し、オレ達はバッカスに伴い、無事ドワーフ王国に入る事が出来た。