第137話 髪の毛との交換
『伝説の箒』の最後の素材の為、精霊女王に会うべくエルフの里に来たわけなんだけど、オレ達への歓迎っぷりが半端ない。
オレ達っていうより、メイビーに対してなんだけどね。
前回、来た時に、メイビーの中にダークエルフの伝説の女王ハーベレイ・インダスタンスがいる事をエルフの女王ウィザーランリットに知られる事となった。
クレオが悪乗りして騙したんだけど。
一応、内緒にしてはもらってるみたいなんだけど、エルフの里全体は知ってて、エルフの里以外には内緒という事に変わってた。
誰にも言わない約束じゃなかったの? んー、約束まではしてなかったかもしれない。でも、普通言わないよね。
オレは、その場にいた人以外には言わないだろうと思ってたんだけど、エルフの女王ウィザーランリットが嬉しすぎて言っちゃったみたいなんだ。
誰にって? 里全体にだよ。エルフだから念話で一発なんだって。
村の有線放送の無線版みたいなもんなんだろうね。しかも、もれなく全員に聞こえ渡るというチートな放送。
普通にメイビーの名前もハーベレイ・インダスタンスの名前もバレてるし、キャリッジ冒険団の名前まで知れ渡ってた。
まぁ、エルフの里以外には漏らさないとは言ってくれたけど、どこまで信用できるんだか。
まずはメイビーの語り部の村で一晩。中央部の城で一晩。
歓待を受けて悪い気はしないんだけど、メイビーじゃなくクレオが出て来てて、しかもダークエルフの女王の姿でしこたま飲みまくるもんだから、逆に申し訳なくて。
伝説の女王が地に落ちる所に立ち会えただけでも、来た甲斐があったよ。
それで、精霊女王の所にはもちろん行ったんだけど、二日続けてずっと飲み通しだから、パルは全く動けない状態だ。メイビーもクレオがずっと飲んでたもんだから、パルより酷い状態になっている。
飲むのはクレオ、宿酔いでグロッキーになってるのはメイビー。
可哀相だけど、そこはあなた達二人の問題だからね。
オレ? オレは飲めないけど、飲む振りが凄く上手くなった。
何度か晩餐会にも出たからね。食べた振りや飲む振りが上手くもなるよ。
【御者】で飲み食いする振りをして即収納。モグモグもゴックンもしないけど、元々【御者】に注目が集まる事は無いからね。これで十分。
そんなグロッキー状態の二人を連れて、精霊女王の元へ。
今日は、世界樹の前に直接行けたし、精霊女王もいた。普通に標準語の精霊女王だった。
「よく来ました。今日はどうしましたか?」
平伏する三人に対して声を掛ける精霊女王。仕方が無いからオレも【御者】に真似させた。
エルフの女王が代表して質問した。
「精霊女王様、今日はこの者からお願いがあるという事なのでお連れしました」
「お願いですか。分かりました。どのような願いですか?」
「はい、精霊女王様の髪の毛を少し分けて頂きたいのです」
少し考える精霊女王。
『なんで、うちの髪の毛がいんねん。ちょっとぐらいやったらかめへんけど、土産は持って来てるんやろな』
え? 念話? 目の前では普通に話をしてるよ?
『並列思考』⁉ オレだって使えるんだ、妖精の神なら使えてもおかしくはないか。でも、土産ってなんだよ。
じゃ、オレも『並列思考』を使って、目の前の精霊女王には【御者】で答えて、念話には念話で返そう。
『お土産って……すみません、何も持って来てないです』
『なんやて! あんた女の髪をなんやと思てんねん! タダで貰おと思てたんか。ド厚かましい奴っちゃのー。あんた、女にモテへんやろ』
グサッ! モテないのは今は関係ないだろ! 髪の毛の話じゃないか!
『お土産が無いと髪の毛は貰えないんですか?』
『当たり前や! なんか持ってるやろ。何でもええわ、持ってるもん言うてみ』
なにこれ、オレ恐喝されてる?
『何でもって……』
『あんたやったら、何か持ってるやろ。何でもええわ、女が喜びそうなもんで持ってるもん言うてみ』
これって、気に入ったものがあったら無条件で取られるやつだよな。やっぱり恐喝じゃん。
『えーと、シャンプー&リンスは女性に喜ばれてますね。あと、『長寿の水』も。ケーキも女性には喜ばれますね。それから、デザイン的には可愛くは無いですが、アクセサリーも少しは持ってます』
『シャンプー&リンス⁉ それええがな。『長寿の水』? それもええな。ケーキは必須や、ぎょうさん置いて行き。アクセサリーはいらんけど、酒は持ってへんのか』
『一応、持ってます』
『それぐらいで負けといたろ。ほんで、うちの髪の毛で何すんねん』
『伝説の箒っていうアイテムなのか武器なのか、よく分からないものが造れるんです』
『おお! 伝説の箒か! あんた、そんなん造れるんか! 伊達に馬車やってへんねやな。よっしゃ、それも貰といたろ』
根こそぎ持って行かれるの? 髪の毛だけだろ? 厚かましすぎない?
『わ、わかりました。それで、この前お願いしていた件はどうなりました?』
『この前の件って何の事や』
『オレの名前を教えてやるように言ってくれるって』
『あっ! そ、それな。そんな事言うてたな。……ちゃーんと覚えてるで、泥船に乗った気で任せとけって言うたやろ』
『……』
絶対、忘れてたな。キッチリ泥船だったみたいだね。
『まだ言ってくれてないんですね。じゃあ、今回はどれか一つと交換でお願いします』
当然の要求だよね。
『しゃ、しゃーないな。一つに負けといたるわ』
勝ったー!
『どれにします?』
『そら、あれやん』
『あれって?』
『あれってあれやん。これかな。いや、こっちもええしな、いやこっちのも捨てがたい。ん――、分からんわ。もうあんたが選んで』
『……じゃあ、長寿の水にしましょうか』
『そやな……いや、ちょっと待って。やっぱケーキ』
『はい、ケーキですね』
『いやアカン。それやないねん、リンスが……いや、伝説の箒……』
なんだよ、ギャーギャー言う割に、意外と決断力が無いんだな。
『わかりましたよ。では、全部出しますから、必ず名前の事を言ってくださいよ。それと髪の毛は多めに頂きます』
もうあんまり来たく無いからね。多めに貰っておけばいいだろ。こいつは宛にできなさそうだし、ダメ元ぐらいで考えてればいいだろ。
『よっしゃ、わかったで。やっぱりあんたは話の分かる男やったんやな。名前の事は任しとき』
……調子のいい奴だな、宛にしないで待ってるよ。
『どこに出せばいいですか? オレって本体はここにいないんで出せないんですけど』
『何言うてんねん。ここに来たらそっちが本体になってるやろ』
そうなの? 前回も視線画面が全部消えて、【御者】の視線だけになったからおかしいとは思ってたんだけど、今は【御者】が本体?
『期待したらアカンで。ここはうちの支配する空間やから、一時的にそうなってるだけや。前にも同じ事があれへんかったか?』
『うっ……』
そりゃ期待もするだろ。人間になれたのかと思っちゃったよ。でも、ユグドラシルの試練の時に一度あったな。あれも精霊女王の支配する空間って事?
『あそこはあいつの空間に繋いでたかな。ま、うちらの空間っちゅうこっちゃ』
神と妖精の神は一緒の所にいるって事?
『それなら一度、そのあいつ…神様と話ができるように伝えてください』
『お安い御用や。任せとき!』
あ、無理そう。なんとなくそう思ったけど、たぶん合ってる気がする。
『それで、どこに出しましょう』
『この世界樹の裏にでも出しといて。先にうちが裏に回って髪の毛を置いとくから、代わりに置いといてくれたらええわ』
『わかりました』
皆には少し待つように言って、精霊女王が世界樹の裏に回った。
皆との会話はたわいもない話で、オレが髪の毛が欲しいって話は「後で差し上げましょう」で早々に終わっており、今はエルフの女王と話をしている。パルとメイビーは立ってるのもやっとだからね。
戻って来た精霊女王の見た目には殆ど変化がない。
あれ? 髪の毛を切って来たんじゃないの?
『早よ行って来い』って言われたから世界樹の裏に回ると、大量の髪の毛が束ねて置いてあった。
どう見ても人間一人分どころの量では無い。
どうやったのかは分からないけど、約束通り精霊女王の髪の毛なんだろう。
オレは髪の毛を収納して、代わりにシャンプー&リンス、長寿の水、ケーキ、BASHA酒を置いた。
伝説の箒は、今ここで造れないから諦めてもらおう。
戻って来ると、その事だけでも報告と思い、念話で話しかけた。
『伝説の箒以外は置いてきました。今、造れないので』
『ほうか、そらしゃーないな。また今度取りに行くわ』
え? 来んの? いや、それは勘弁してほしい。
『そ、それは……でも、大量の髪の毛でしたね。どうやったんですか?』
『そんなもん巨大化したらしまいや。デカなってちょこっとだけ切ったやつや』
えー! そんな事ができるのに、オレから色んな物を取って行くの? そっちは殆ど損が無いじゃん。
もう絶対に来ないぞ。
それからすぐにオレ達も帰る事になったけど、最後に出て行くオレには聞こえた。
「ムッホー! こらええわ! あんなちょっとの髪の毛でこんなええもんを一杯貰えるんやったら、また貰いにいこ」
来なくていいよ! それにオレの頼みはもう忘れてるんだろうね。
今度、もし来てもそれを盾に断ってやろう。
でも、どうやって来るんだろうね。




