第136話 馬車ダンジョンの日常
一郎視点です。
「整列! はい、全員いますね、結構です」
一郎の点呼から一日が始まる。
「今日は、本来、宗主様が戻って来られる日程を大幅に過ぎているのは周知の事実かと思います」
ゴブリンメイジ達も頷いて同意する。
「その説明を求められても私には分かりません」
「えー」「なんでー」「マジか!」「ハゲ!」「バカ執事!」「お前ぇ、もっと働け!」
ゴブリンメイド達からのブーイングを軽く聞き流し、一郎は続ける。
「私の勘ですが、そろそろ宗主様がお戻りになられるんではないかと思っております」
[[おおお!]]
一郎の、その場しのぎの単なる思いつきに歓声を上げるゴブリンメイド達。
「先日から続けて宝箱が出た事はあなた達もご存知でしょう」
「箒」「箒」「欲しい」「箒」「鍋」「箒」「箒」……
一郎の言葉に食いつくゴブリンメイド達。
「はい、分かっております。あなた達は箒が欲しいのですよね?」
全員が首肯する。「……鍋も」
「確かに素晴らしいものでした。私が管理して持っていますが、『伝説の箒』戦闘箒とでも申しましょうか。実に素晴らしいものでした」
[[戦闘箒!!]]
一郎の言った戦闘箒という言葉に更に食いつくゴブリンメイド達。
「……防御鍋」ボソッと呟く七郎。
「これも私の勘ですが、宗主様のパーティの中で戦闘箒を欲しがる方はいないでしょう。という事は、我々の誰かが頂ける可能性があります」
やんややんやと騒ぎ出すゴブリンメイド達。
「ただし! これは一つしかありません」
騒ぐのを辞め、静まり返るゴブリンメイド達。
ゴクリと生唾を飲む音まで聞こえる。
「各お部屋の掃除は終わってますか?」
[[はい!]]
「ガンキ様のお食事は大丈夫ですか?」
[[はい!]]
「ジョンボルバード達のお世話は大丈夫ですか?」
[[はい!]]
「宗主様のお部屋に変わりはありませんでしたか?」
[[はい!]]
「食材の確保はできてますか?」
[[はい!]]
「宜しい。ここまではいつも通りです。宗主様は偉大な方ですので、戦闘箒をお作りになれるかもしれませんが、今は一つしかありません。誰が頂けるか……」
ズイっと一郎に詰め寄るゴブリンメイド達。
「それを決めるのは私ではありませんが、もし、頂けるという話になれば、私から推薦をする事も出来るでしょう。推薦にはもちろん条件があります」
[[条件!?]]
声を揃えるゴブリンメイド達。
「はい、私が推薦してあげられる程の手柄をあげてください。宗主様に喜んで頂ける事であれば何でも結構です」
一気に場がざわめく。あーでもない、こーでもないと話し合うゴブリンメイド達。
それもそのはず、彼女らが宗主と崇める馬車には必要な物が無い。もしあったとしても、それは自分達で何とかしていてゴブリンメイド達の出る幕は無い。やいのやいのとゴブリンメイド達が相談するが何の結論も出ない。
「それと、私が命名した戦闘箒という名前はご内密に。宗主様を差し置いて命名する訳には行きませんからね」
[[あっ‼]]
「お戻りになられたようです。急いでお出迎えしましょう」
[[はい!]]
宗主様への報告も終わり、戦闘箒は作って頂けるようです。流石は宗主様、神級の物でもお作りになれるとは。
これで、ゴブリンメイド達も更なる戦力となれるでしょう。もちろん私も頂きますよ。私も掃除は得意なのです。
「宗主様、それではお部屋にご案内致します」
「えー、嫌だよ。部屋ってボス部屋だろ? あんなとこでいたくないよ」
また我儘をおっしゃいます。ダンジョンマスタールームにある玉座。宗主様以外、誰があの玉座に座れると言うのでしょう。宗主様にこそ相応しい玉座だというのに。
いえ、この謙虚さこそ、宗主様のいい所でもあるのです。我々は、宗主様のお言葉に従うのみ。
君臨すれども統治せずの逆を行く律儀なお方。
本来、すべてを我らに任せ、宗主様は何もせずとも宜しいのに、少し気を抜けば料理をボルト様に出しておられるし、皆の行動を統括しておられるにも関わらず強制をしない、その懐の深さ。
旅でもパーティの運び役となって皆を乗せて行く、その凛々しいお姿。
今回の戦闘箒の件でも、最後の素材が行きたくない所にあったにも関わらず、嫌な顔一つ見せずに我らのために率先して動いてくださる。我らには勿体ないお方でございます。
今日もいつも通り、一階層の食堂兼ミーティングルームで寛いでおられる様子。
宗主様からは、他の方々のお世話もするように言い使っておりますので、ゴブリンメイド達を付けているとはいえ、少し様子を見て来ましょうか。ここは、七郎改めナナと三郎改めミーナに任せて見回りをしてきましょう。
地上に出てみると、いつも通りガンキ様がおられますね。その周りにはジョンボルバードが飛び回っております。
また卵を産んだと十郎改めジュリアから報告がありましたね。宗主様はどこまで増やす気なのでしょうか。
いえ、これはいらぬ詮索でした。何か深い考えがお有りなのでしょう。もしかしたら、ジョンボルバード部隊を作って、どこかの国を攻め落とすのかも知れませんね。
そんなものを作らずとも、国の一つや二つ、我らが攻め落としてご覧にいれるものを。
今日の風呂の係は四郎改めシロだったな。ん、関心関心。シルビア様達が遊び終えた後、すぐに入れるように準備ができているな。ボルト様、セン様、ハヤテ様、キュート様は下に降りて、いつもの様に魔物狩りでございますな。二郎改めジニー、五郎改めゴディバ、六郎改めローリィ、八郎改めハーティが付いていますね。結構結構。皆様が倒した魔物はすぐに収納、倒した数をカウントして持ち帰り解体、そして料理をする。狩りをした後は、その獲物で料理を楽しむ。これぞ狩りの醍醐味ですからな。
「一郎、お願いがあるんだけど」
「これはシルビア様。如何されましたか?」
シルビア様は、私にはこうやって偶に声を掛けてくださるのです。
「今、お祖母ちゃんと話をしたんだけど、ここに呼んでもいいかな」
シルビア様のお祖母様? お話しをされたという事は、何か魔道具でも使われたのでしょうか。
この場所は、特に秘密という訳では無いようですが、果たして私の判断で決めてもいいものでしょうか。
「シルビア様のお身内という事でございましたら、ご招待されても結構かと存じますが、宗主様はご存じなのでしょうか」
「ん~ん、言ってない。驚かせようと思って」
所謂サプライズという事でしょうか。
「そういう事でしたら結構なのではないでしょうか。宗主様もお喜びになられるのでしょうね」
「うん」
「では、ご内密にという事でございますね。何か必要な物はございますか?」
「転送魔法陣を描かないといけないんだけど、ルシエルは今、飛んでっちゃったから描いてくれる人がいないんだ。ルシエルを呼び戻したいんだけど」
転送魔法陣でございましたか。
「そういう事でございましたら、私にお任せください。私、最近『執事の嗜み』というユニークスキルに目覚めまして、その中に宗主様の描かれた魔法陣と繋げる転送魔法陣を描く事ができる能力も備わっておりました。どちらの方でございますか? 私が連れて来て差し上げましょう」
「一郎って凄いね。じゃあ、私も一緒に行く。エンダーク王国まで連れてって」
「エンダーク王国でございますね。畏まりました」
私はエンダーク王国の町の外に描かれた宗主様の魔法陣と繋がる転送魔法陣を描いた。
「では、参りましょう」
シルビア様と転移した先からエンダーク王国の王都エイベインの門まではすぐの距離。門まで行くとシルビア様が私も一緒に入るよとおっしゃってくださり、入門の列に並ぶ事無く門をパス。
そのまま王城へ連れて行かれ、城門もパス。
シルビア様とは、どういうお方なのでしょうか。人間の国の仕組みは生まれた時からある程度知っておりますが、城とはこんなに簡単に出入りできるものでは無いはずですが……
シルビア様は、そのまま王妃様と面会されて、ルシエル様の描かれた魔法陣の横に、もう一つ私が転送魔法陣を描き、元の地上階へ戻って参りました。
自分の描いた魔法陣に戻るのは簡単ですから。
招待した王妃様は非常にお喜びで、シルビア様もご満悦のご様子。後は宗主様へのサプライズが成功する事をただ祈るばかりです。
王妃様はシルビア様とジョンボルバードで空のお散歩を楽しまれた後、皆様とご一緒にお風呂を堪能されました。
そして、夕食の時、ようやくサプライズの時間がやって参りました。
「な、なんで?」
サプライズは成功のようです。
宗主様もお喜びのようです。その表情からは読み取れませんが、気持ちが高ぶっているのが、こちらにも伝わって参ります。
執事として、いい仕事ができて私も満足しております。
ナナとミーナは悔しそうにしていますね。今日は宗主様の一番近くにいた二人ですが、何も活躍はできなかったようですね。
おっと、私もついドヤ顔になっていたようです。
宗主様もこちらを見ておられますね。
いえいえ、私は大した事はしておりません。
これで、ご恩の一つも返せたでしょうか。
宗主様。今後も、我らは貴方様の為に力の限り全身全霊をもってお役に立ってみせます。




