第133話 謁見
パレード前の話です。
バートンのお見舞いを終え、シルビアの屋敷に戻ったが、シルビアはまだ帰って無かった。
少しでも情報収集と思い、メイドさん達に王妃様の好きな物を聞いて回ったが、目ぼしい情報は得られなかった。
弱ったなぁ、シルビアの為にも何とかしたい所なんだけど、情報が何も無いんだよな。
これは出たとこ勝負の行き当たりばったりだな。
いやいや、ダメだダメだ。出たとこ勝負だなんて、ボルトを筆頭にシルビアやライリィが言いそうじゃないか。出たとこ勝負最強とか言ってそうだし、オレはリーダーなんだからキチンと考えなきゃ。
情報が無けりゃ無いなりに、手駒を多く持っておけばいいんだ。そうすりゃ、同じ出たとこ勝負でも意味合いが変わって来るよ。
臨機応変って手持ちの駒が多けりゃ多いほど有効な手段の選択肢が増えるから、成功率も高くなるって事だよな。
そう、この辺が他の奴らとは違う所だよ。
料理よし、ケーキよし、紅茶よし、装備はいらないか。服は作れないな。道具よし、特に収納バッグなんか喜ばれそうだ。あと通信水晶だな。
でも、この辺の物って、その場で何とかなりそうなんだよ。武具、道具は三分、料理は一分で造れるから、聞いてからでもできちゃうんだよ。
今、持って無い物で言われて困りそうな物を考えなくちゃね。
装飾品なんかいいよな。指輪とか、ネックレスとか。
道具の項目にはあるけど、装備の物があるだけで、オレの造れるものって何がしかの付加効果が付いてるんだよな。そういう物の方が喜ばれたりするんだけど、王族の人なら持ってそうだしな。持って無い物か。
この世界に無い物なら日本の物って事になるけど、この世界には電気が無いからなぁ。
ミランダリィさんも喜んでくれた、ガンちゃん製造の『長寿の水』だったら高齢者らしいから喜ばれるんじゃない?
女性は美容に煩いからね。美容ね……
おお! 美容っていい線行ってない? 乳液は……項目に無いね。パックも……無いね。口紅……あるじゃん! チーク……無いね。アイシャドー……無いね。付け睫毛……無いね。
んー、口紅だけか。それでも十分アピールにはなりそうだよな。
『長寿の水』と口紅をセットで渡して、うまく行けばそこから好きな物を聞きだして持ってる物なら出す、持って無い物なら造る。
基本はこれで行こう。
おっ⁉ シルビアが帰って来たな。
この隣に止まった馬車はシルビアが乗って行ったやつだろ? 少し時間をおいて部屋に【御者】を送ってみるか。
「シルビア、どうだった? 謁見の約束は取れた?」
「うん、明日会ってくれるって王様が言ってた」
「おー、凄いな。シルビアやるじゃん」
オレが褒めると照れるシルビア。【御者】だから大声は上げられないけど、声を大にして褒めてあげたいよ。
いくら勇者の子だと言っても、可能性としては五分五分だと思ってた。王様から杖を直接貰える程の関係だった事を考えても、五分五分だと思ってたんだ。
だって、もう六年前の話だし、父ちゃん勇者もまだ帰って無いから、シルビア一人では荷が重いと思ってたんだ。
この国でのシルビアの、というより勇者の知名度と信頼度は相当高いんだな。
「それで、何時頃に行けばいいんだ?」
「…いつでもいいんじゃない?」
「そんな訳には行かないと思うけど……聞いて無いの?」
「……いつでもいいと思う」
聞かなかったんだな。でも、明日だって言うし、折角シルビアが許可を貰って来たんだ。朝から行って、聞いてみるしかないな。昼からだったら、一度帰って来ればいいしね。
折角褒めたのに、減点だな。
「それと、王妃様の好きな物は聞けた?」
「無いって言ってた」
「無いの?」
「うん、無いって。でも、お願いがあるって言ってた」
「お願い? お願いってオレに?」
「うん、私が頻繁にこの国に戻って来れるようにしてほしいって」
「シルビアが戻って来るのが王妃様のお願いなの?」
「そう」
どういう事? 自分の事じゃなくシルビアの事? それって、王妃様に気に入ってもらえて頻繁に会いたいって事かな?
ん? 戻って来れるように? それって出て行く前提の話になってる?
「シルビア、それってもしかして、この国から出て行くって話をした?」
「したよ」
「そ、それで、出て行ってもいいって言われたとか?」
「うん、いいって言ってた。だから頻繁に帰って来れるように転送魔法陣を馬車さんに描いて欲しいんだって」
マジか! そこまで話ができてるのか。凄いなシルビアは。どんな裏技を使ったんだよ。
「シルビアが戻って来て何をするの? 王妃様に会うとか?」
「そう、だから王妃様の寝室に転送魔法陣を描いてほしいんだって」
ホントかよ、これは相当気に入られた? マジ凄ぇーな。オレの出る幕無いじゃん。
でも、転送魔法陣を描くにはオレが行かなきゃいけないんだけど、流石に城の中に馬車が入る訳には行かないよな。ルシエルに頼むしかないか。
「転送魔法陣を描くんだったらルシエルも連れて行かないといけないけど、ルシエルも一緒に行ってもいいのかな?」
「いいんじゃない」
「いいんじゃないって、ルシエルは呼ばれてないんじゃ……」
「でも、馬車さんが王妃様の寝室に入る事はできないよ。だったら描けるルシエルが行くしか無いから許可はすぐに下りると思うよ」
そんなに軽くていいの? 城だろ? 流石にそれは無理じゃないか?
でも、折角シルビアがそこまで話をしたんだ。付き合わせるルシエルには悪いけど、一日中待ってでも何とかしないとな。
「じゃあ、後は執事さんだな。作戦としては、王妃様を味方に引き入れて、王様にシルビアがこの国から出てもいいと説得する。そして、王様に執事さんやメイドさんに言ってもらうって感じだったね。王妃様を味方に引き入れるのは、もうシルビアがやってくれたから、次は王様だな」
「そんな話だった?」
「そうだよ」
「じゃあ、もう終わってる。王様がセザールに言い聞かせてやるって言ってた。国民にも発表するって」
いっ? そんなとこまで話ができてんの? シルビアって交渉の才能があったんだ。やっぱり貴族として育って来たから王様とも何度か会ってるんだろうし、物怖じしないぐらい慣れてるんだろうね。
しかし、国民にも発表するって……そんな約束まで取り付けたんだな。凄いよシルビア。
「じゃあ、あとオレがやる事って無い?」
「そうかも。でも、王様と会う約束はしたから行かないといけないよ」
「なんて約束したの?」
「リーダーが会いたいって言ってるって言ったら、明日にでも連れて来なさいって」
そんな軽い感じなの? 身内のお父さんかお祖父ちゃんに頼んでるみたいじゃないか。勇者と王家ってそんな感じなの? キュジャリング王国でも勇者は優遇されてたからそんな感じでいいのかな。ミランダリィさんも王妃様とは交流がある感じだったからな。
でも、会いたいとは言ったけど、それは交渉の為で、交渉が無くなったんなら会う理由がもう無いんだけど。
流石に王様の顔が見たかったなんて言えないし、話をするにしても相応の理由が無いと謁見なんて申し出ないからな。
これは参った。
それらしい理由を考えないといけないぞ。
で、いくつか理由を考えた中で、それらしい理由としては初めの掴みとして用意した『長寿の水』を献上したいで行こうと決めた。
ルシエルを伴い、【御者】、シルビア、ルシエルの三人で王城の城門まで来ている。
執事さんが自分が送りますと言っていたが、丁重にお断りした。
他の馬車で行かれたらオレが行けないし。
それに執事さん、体調が悪いのか酷くやつれていて、それを理由に断ったら他のメイド達も今日は休んだ方がいいと同調してくれたので、なんとか諦めてくれた。
三人で城門まで来ると、門兵がいて止められた。
流石に今日は四人乗りバージョンの貴族が乗っても恥ずかしくないやつ。シルビアの屋敷では幌馬車になってるから、途中で隠れてバージョンチェンジ。シルビアとルシエルが乗ったままでもうまくチェンジできたよ。
門兵がシルビアを確認すると、すぐに城門を通された。昨日は執事さんが詰所で待機していたってシルビアから聞いていたから、オレ達は昨日謁見が決まった所だし、最低でも半日は待たされる覚悟で来たから、肩透かしを食らったよ。
城内を走るオレ。城内と言っても城の敷地内ね。
今日はネズミやネコを出せないだろうから、どうしようかと考えてると、シルビアが全員で一緒に行くので馬車置き場まで全員で行って、そこから城に入ると兵士に言うと、すんなり受け入れてくれた。
でかしたシルビア! と言いたい所だけど、兵士達は勇者の子の言いなりだよね。勇者の子ってそんなに地位が高いんだ。そうじゃなきゃ、あんなデカい家には住めないか。
三人揃って城に入る。
シルビアが場所は分かるから案内はいいと言って騎士の案内を断わった。ホント自由だな、自分の家みたいだよ。
三人で訪ねたのは王様の執務室、謁見の間では無かった。そこには王様と大臣と何人かの文官がいた。
オレ達が訪ねると、王様は大臣が書類を読み上げるのを手で制し、オレ達に注目した。
これって普通に業務中じゃないの? オレ達、こんな時にこんな所に来て良かったの?
「王様、おはようございます。昨日、お約束しました謁見の件で参上致しました」
「うむ」
シルビアの挨拶に王様は返事をすると【御者】をギョロっと睨む。
怖ぇーな、シルビアは優しいって言ってたけど、厳しいとも言ってたな。今の所、優しい要素が見えないよ。
「王様、おはようございます、お目にかかれて光栄です。キャリッジ冒険団のリーダーをしております。本日は急なお願いにも関わらず、謁見をお許し頂いた事、誠に感謝しております」
「うむ」
オレもまぁまぁ出来るようになってきただろ? キュジャリング王国で散々言われたからな。すぐにボロが出そうだけどね。
名前? 言っても忘れるからいいんだよ。
「本日は其方から願いがあると聞いておるが、先に余の話をしてもよいか?」
おっと、いきなり予想外の展開だが、こっちにとってはその方が都合がいいぞ。
「はい、構いません。お願いします」
「では」と王様は咳ばらいを一つ入れ。
「実はそこにいるシルビア・クロスフォーの事だが、昨日旅に出る許しを与えた。条件付きだがな」
「はい、伺っております」
「転送魔法陣であるか……中々優秀な冒険者のようだの。その事でちと話がある。その転送魔法陣だがな、余の寝室にも……」
「陛下」
声のする方へ視線を向けると、入口に女性が立っていた。
いつ来たんだ? まったく気づかなかったぞ。オレは【御者】の視界だけとはいえ、音にも気付かなかったし、この部屋の誰も気付いて無かったんじゃないか?
「お、王妃……」
あれが王妃様なんだ。怖そうな人だなー。
「転送魔法陣がどうなさったのですか?」
「あ、い、いや、その、便利な魔法だとな。優秀な冒険者だと褒めておった所だ」
「はい、便利な魔法でございますわね」
と、ニッコリと微笑む王妃様。
やっぱり怖ぇーよこの人。
「もうお話は終わりましたの?」
「い、いや、うむ。終わったと言えば終わったかもしれぬが……おっ、一つ忘れておったぞ。触れの事だ。パレードの日にシルビア・クロスフォーは冒険者だと大々的に発表する。これはその時のシナリオだ。しっかりと覚えておくように」
王様が紙を一枚大臣に手渡し、大臣が文官にその紙を渡す。そして文官がオレに手渡してくれた。
【シルビアの旅立ち計画】? なんだこりゃ。
ふむふむ、これは確かにここまでやればシルビアは旅に出ても安心して戻って来れるな。でもシルビアの台詞が長いなぁ。大丈夫かなぁ。
しかし、王様がここまで親身になってしてくれるって……なぞだ。
「陛下、それでお話は終わりですね? では、その者達を連れて行きますわね」
「う、うむ……いや、あの、しかし、むぅ……」
なにやら煮え切らぬ王様を残し、オレ達は王妃様に連れられ、王妃様の寝室へ。
オレの話をまだ聞いてもらってないけど……逆にそれでいいんだけどね。
王妃様の寝室にはルシエルが転送魔法陣を描いた。
ルシエルの転送魔法陣はペアでないと使えないが、相手側をその都度消しておけば、次に新しく描けばその場から転送できるからルシエルの転送魔法陣でも問題無い。
魔石はオレがサービスしておいた。魔力を通しておくより長持ちするからだ。
その後も、何かと理由を付けて帰してくれないから、さっき王様にもらったシナリオの練習に付き合ってもらった。シルビアの台詞が長かったからね。王妃様は嬉しそうに付き合ってくれたよ。
本当は優しい人だったんだね。さっきの冷たい態度は何だったんだろ。
その間も、ケーキや飲み物を出したり、昼時には料理を振舞ったり、途中で王様が乱入して来たり。
なんなの、このシルビアに対する態度は。本当の身内みたいじゃないか。
ま、シルビアが気に入ってもらえてるようでオレも嬉しいんだけどね。シルビアのお陰でオレの無礼な態度にもお目こぼししてくれてるみたいだしね。
『長寿の水』も渡しておいたよ。
たぶん、二人共六十歳ぐらいなんだろうけど、皺が減ったし白髪も減ったから喜んでくれたよ。特に王妃様がね。




