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霧雨花火の隣人  作者: イタドリ
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ツジギリ 2

「結論から言えば、代理殺人だ。妖刀の怪などではなかった」

2日後、アパートを訪れた刑事は、淡々と述べた。

「展示されている刀のうちの1本、刃と柄を繋ぐ金具の隙間から僅かに血痕が見つかった。この刀を凶器として使いまわしていたらしい」

「同じ凶器が使われ、同じ時刻に犯行が起き、事件の発生現場が限られているからと言って、同一人物の犯行とは限らない」

先生は相変わらず寝転がって漫画を読んでいた。少年が持ってきた漫画本の入った紙袋に手を伸ばし、顔の上で開くと、陶器のような青白い顔に影が落ちた。

「ただ、そう見せかける意図があり、それに我々はまんまと引っかかった、というわけだ」

刑事は悔恨の情など微塵も見せず、仏頂面のままで、ただ音声ガイダンスの様な無機質な声だった。

「最初の被害者は20代の男性、だったか?」

特に興味もなさそうに、先生は漫画を読みながら木の無い声で尋ねる。刑事はビジネス手帳を取り出して、真面目に答え始めた。

「被害者はフリーターをしながらバンド活動をしていたが、隣人の男性との間に騒音トラブルを抱えていた。その隣人というのが、5番目の事件現場の近くのゴミ集積所の防犯カメラに映っていた人物だ」

70代で一軒家からアパートに移住し、一人暮らしをしていた男性は、隣で連日の様に聞こえる騒音や生活音に耐えられないと、アパートの管理人に苦情を申し立てて、本人とも言い争いになる場面を目撃されていた。

「2番目の被害者は50代の会社員で、4番目の事件現場近くの自転車置き場の監視カメラに映っていたサラリーマンの直属の上司だったそうだ」

サラリーマンの男性は、会社で上司から叱責を受けていた。目の敵にされていたらしい。

「3番目の30代女性は最初の事件で深夜にランニングをしていた男性の目撃証言から浮上した20代の大学生と恋愛関係にあったようだ」

大学生には、学校で知り合った同世代の恋人がいたと、同級生の証言が取れていた。新しい恋人が出来て、邪魔になったと証言している。

「4番目の被害者は…」

「もういい。どうせ逆恨みとか愛情が憎悪に変わったとか借金の返済を迫られていたとか、そんな取るに足らない事情なんだろう?」

黙って聞いていた先生は、流石に読書の邪魔だという様に少し苛立った口調で言った。刑事も特別話して聞かせたいわけでもないらしく、黒い革張りの手帳から顔を上げた。

「大方はそんなところだ。そして、その支援をしていたのは、美術館の学芸員だった」

7人全員にそれぞれの面識は無かった。ただ、それぞれ同じ人物の名前を挙げたことで、日本刀展で展示品の管理を任されていた学芸員の男性が首謀者として呆気なく浮かび上がった。

「捕まえたのか?」

当然だろうと少年は思ったが、刑事の言葉はその思惑をあっさり打ち砕くものだった。

「いや、今は行方不明だ」

黙って聞いていた少年が不意を突かれたように顔を上げて驚きの声を上げる。

「ちょっと待ってくださいよ!?首謀者は行方不明ってことですか?」

「その通りだ。鋭意捜索中というところだ」

名前とか、顔写真とかは無いんですか?少年が尋ねると、刑事は淵なしのメガネを少しだけ上げた。

「残されていた履歴書から、経歴も名前も全く別人のものだという事が判明した。当人は現在、カンボジアで発掘作業に従事していると確認が取れた」

なんともお粗末だと少年は呆れた心情をつい顔に出してしまった。

「監視カメラから顔は分かる」

「顔などどうにでもなるだろう?」

刑事の発言に先生が水を差して、退屈そうにページを捲った。

「取り敢えず、見かけたら連絡をくれ」

刑事は懐から四つ折りのB5用紙を取り出して少年に渡した。

似顔絵を受け取った少年は思わず困惑した眼差しを刑事に返した。

「これ、男性…ですよね?」

似顔絵の中の人物が微笑みかけていた。肩まで届かない髪を横に分けて、大きな瞳に薄い唇の奥から三日月のように白い歯が覗いている。

「今は不明としか言いようがない。このご時世、顔にしろ性別にしろ、どうとでも出来てしまうからな」

刑事は淡々ととんでもない事を言い放った。

「影の薄い人間で、美術館の館長も履歴書が見つかって初めてそんな人間が居たと気づいたようだ」

既に捕まえるという望みはほぼ絶たれているんじゃないかと少年は思ったが、口には出さなかった。

「では、私はこれで失礼する」

刑事は最後まで淡々と、冷酷なまでの口調のまま、四畳半の部屋から去って行った。

「犯人、捕まりますかね…」

少年は窓に凭れかかって天井を仰いだ。先生と呼ばれている少女は読み終わった漫画を自分の髪が広がった床の上に置いて、二巻に手を伸ばした。

「捕まるだろう。キミが思っているよりも、日本の警察は存外優秀だ」

先生は心にもない事を言って、漫画の中へ意識を戻した。


翌日、いつもの様に起床した少年は顔を洗い、着替えを済ませると学生鞄を持って部屋を出た。と、隣室のドアの前に傘が立てかけてあるのを見つけて足を止めた。ドアを叩くと、薄っぺらいドアの向こうから声がした。

「おお、丁度いい所に来た」

ドアノブに手を掛けると、簡単にドアが開いた。

先生の長い髪が少しだけ避けられて、空いたスペースに若い女性が正座していた。フリルの付いた水色のワンピースに白いアウターを羽織っていて、脇には麦わら帽子が置いてある。

「七並べにもそろそろ飽きて来たところだったんだ」

赤い紅葉が散り、赤く積もった京友禅の黒い着物を羽織った少女はトランプの手札を床に置いて少年を手招きした。

「あっ!せっかく勝っていたのに!」

女性は少し怒ったように頬を少し膨らませて抗議した。

「えっと、誰ですか?」

少年が尋ねると、女性は明るい栗色の髪の奥から顔が覗いた。

「新しい隣人、だそうだ」

先生が言って、女性は少年に微笑んだ。

「ちょっとわけあって引っ越してきたんだ!よろしくね?」

コーヒーの水面の様な大きな瞳、薄い唇の奥から三日月のように白い歯が覗いた。

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