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霧雨花火の隣人  作者: イタドリ
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ツジギリ

ダークヒーローと悪役は何が違うと思う?

悪役は所詮悪い役でしかない。最後は英雄に殺されて死ぬためだけに生まれてきた存在だ。

ダークヒーローってのは、ダークナイトで言う所のジョーカーみたいなやつの事だ。ロンドンの切り裂きジャックみたいなやつの事だ。眠狂四郎みたいなやつの事だ。大菩薩峠の机龍之介みたいなやつの事だ。

「オレの事じゃない」

石戸了介の目の前に立つ男は、不敵な笑みで彼をただ見ていた。

「オレには本分が無い。だから反省が出来ないらしい」

LEDに変わった街灯は目に痛いほど白々しく、足元を昼間よりも明るく照らし、その奥に居るはずの男を真っ黒なカーテンの奥に隠していた。

「復讐の為とか、間違った世の中を正すとか、そういう本分が無いなら、なんでこんな事をするんだろうな?」

石戸の頬をぬるい汗が伝って、顎から落ちた。スポットライトに照らされたリクルートスーツの肩が灰色に光っている。質問に対する答えは出てこなかった。ただ、1週間で6人の犠牲を出している連続殺人鬼が目の前に現れ、そして自分を狙っているという事だけが、混乱する脳細胞を酷使して、かろうじて理解出来ている状態だった。命乞いの言葉は浮かぶが、脳が上手く喉や唇に指令を伝達できないようで、小さい呻き声しか出てこない。静か過ぎる夜、耳鳴りがうるさかった。

微かな足音がして反射的にその方向へ顔を向けると、5メートルほど先の街灯の下に、人影が立っていた。

「たとえば、新しい靴を買ったら、少し歩こうかとか思うだろ?気に入った洋服とか買っても、家で一人で眺めるだけじゃあ意味ないよな?」

光の下に立った男の右手の先に、銀色に光を撥ね付ける刃が見えた。

「刀を持ったら、斬って見たくなるもんだ。そうは思わないか?」

ふっとスポットライトの下から役者が消えた。石戸は目を見開いて消えた人影の行方を探そうとしたとき、ふと首元に生温かさを感じた。痛みを感じる頃には、既に頭は体を離れて街灯の下から転がり落ちていた。

朱に染まった刃が滲んで闇の中へ消える。

「オレには本分は無いが、本望はあるんだぜ?」


「というわけで、犠牲者は昨日の晩で7人になった」

薄汚れた4畳半の部屋の隅、三和土に立ったままで捜査一課の刑事が淡々とした口調で告げた。

「機動隊まで出動する騒ぎになっている。犯人はこの近辺に潜伏しているのではないかと思われるが、率直な感想を聞きたい」

客人が来てもお茶を出すどころか、別段起き上がる事も無いまま、部屋の真ん中で漫画を読んでいた人物は憂鬱な表情を浮かべた。

「感想も何もあるか。近辺に住んでいると目星を付けた理由は」

ダークグレーのスーツに黒いネクタイという礼服のような格好の刑事は、内ポケットからビジネス手帳を取り出し、縁なしの眼鏡の奥の目をそちらに向けた。

「最初の被害者から昨日の被害者まで、この地区の半径1㎞圏内で起きている」

「それだけか?」

「それだけだ」

目撃者もいない。周辺の監視カメラにも怪しい人物は映っていない。

「じゃあ、連続殺人では無いのだろう」

寝返りを打った拍子に、畳の床に紅葉の様に広がった髪が引っ張られて渦を描いた。

「バカなことを言うな。手口も時刻も同じなんだぞ?みな鋭利な刃物で首や胴を裁断されているんだ。相当な剣の達人かなにかじゃなけりゃ、出来ない芸当だ」

刑事は言葉とは裏腹に静かな口調で事務的に言った。部屋の主は積み上げてある漫画本の高い方に読み終わった本を置き、低い方の天辺を取って再び仰向けになって読み始めた。

「鋭利な刃物とはなんだと思う?」

「検死の結果、切断面から刀剣の類いと思われている」

漫画をパラパラめくりながら、部屋の主は脇に置いている小皿の中から棒付きの飴を取りだして包みを開けて口に加えた。

「怪しい人物は映っていないと言ったが、本当か?」

「あの時間帯に出歩いている人間はいたが、初老の男性から女子高生までバラバラだ。同一人物など…」

そこで刑事の切れ長の目が僅かに開く。部屋の主は漫画から目を離さずにモゴモゴとした声で言う。

「2週間前から、近くの博物館で日本刀の展示を始めたと隣人が言っていた。物は試しだ、調べてみろ」

刑事は合板に木目調の壁紙を貼っただけの薄いドアを突き破りそうな勢いで出て行った。すれ違いに入ってきた高校生の少年が振り返りながら部屋の住人に言う。

「なにかあったんですか?先生」

「いや、事件の感想を聞きに来ただけだそうだ」

少年は黒い渦が広がっている部屋の中で、唯一日に焼けた畳の見える空間を飛び石を渡る様に跳んだ。

「それで、日本刀展はどうだった?」

少年はお土産の袋を脇に置いて、苦笑しながら感想を述べた。

「いやあ、なんていうか、長い包丁ですね」

「キミは、魅せられる事は無かったようだな」

僅かに微笑むと、部屋の主である少女は、少年の買ってきた博物館のお土産の煎餅の包みに手を伸ばた。

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