【空海】こうして孤高の王レナートは誕生した。
率直に言うと、私は海賊だ。だけど、どうか怖がらないでほしい。
まず、海賊っていうのは、やっぱり海上の盗人だと思われるが、実は違う。
確かに盗みも時々やるが……まあ、毎日やっていることは”領土争い”だ。
だから、国民が死ぬことはまず無い。
…えっ?いや、盗ませてもらう時もあるけど。生きるためだから仕様が無いさ。ねえ?
まあ、そんなこんなで今日は”子供”を盗んできた。
セリにかけられていた所を、拳銃一本で助けてきたんだ。
んふふふふ。私は悪い海賊じゃあないからね。
「……改めまして…、こんにちは…。僕が、Fredericです。」
私に会釈したその少年は、とても昏い目をしていた。
ああ、それでもーーーとても綺麗な色だ……。一瞬で惚れ込んでしまったよ。
まあ、目付きが少し悪いのが残念かな…。彼の目は相変わらず私をじっとり睨み付けている。
「……名字は言わなくてもいいですよね。別に。…言いたくもないですし。」
僕はピンと考えが付いた。
…ああ、この目は。…長い間、虐げられ生きてきた人の目だ。
そう、私ととても似ている。
…瞳を見ただけで、彼の壮絶だったであろう人生が、何故か走馬灯のように僕自身の脳内に流れ込んできた。
「僕の話、聞いてないですよね。」
彼の言葉に、やっと走馬灯が止まった。…そもそも、彼の目に魅入ってしまっていたせいか、何も聞こえていなかったよ。
「んふふ…、私の名前はАлександр Григорьевич Па́влов(アレクサンドル・グリゴリエヴィチ・パヴロフ)。
……よろしく、見た目からして弱そうで儚い男の子くん?君、名前は??」
と、両手で頬杖を尽きながら微笑みかけてみると、失礼な事に少年の口からは大きなため息が漏れ出でた。
「やっぱり………聞いてないじゃんか。二度は言いませんよ。」
あ、あっ。もしかして~…私が悪いのか?
でも。こんな時でも、私のような人は謝ってはいけない。
…”船長が謝っている”場面を船員なんかに見られたら、下剋上を仕掛けられるかもしれないしな。
自ら犯してしまったしまった誤ちも、私達は絶対に肯定しなければいけない。
「もう一度言ってごらん、ヤケに白くて怖い目付きをしている少年くん??
…今度こそはしかと聞いてあげるからさ。」
私が毅然とした態度でそう促すと、少年は面倒臭そうな顔をしながら言い放った。
「……。僕の名前は、Fredericです。一応、Firobisherの家にいました。」
……Firobisher……?なんか…聞いたことある名前だな……。
ま、それよりも。
「その名前は英語圏の物だね…、喋りも英語訛りしているし。でもすごいね、なんでロシア語がわかるんだい??」
「…………。」
「黙り込んじゃダメだよ。…船長命令だ、何故ロシアの言葉がわかるか教えて。
……口を閉ざすなら、敵海賊から送られて来たスパイと考え、今すぐにでも始末するよ。」
「…………!」
銃口を向けた途端、少年はビクリと身体を震わせた。
肝は座ってないようだね…、こんなんじゃあ船長には相応しくない。やはり次期船長は下剋上によって決まるしか無いのかな。
「あ、あの、……僕、は………!」
「ああ、天才です?そんな事は聞いてないよ。ああ、イライラしてきたなあ。早く話しておくれよ。」
「ぼ、僕……!…一回死んだんです…………!!」
シン、と辺りが静まりかえった気がした。銃で脅されたオオカミ少年は、可哀想に撃ち抜かれてしまう事だろう。
「…………はあ?」
だけど。……このオオカミ少年の”嘘”は随分と滑稽であった。…………飛びかかったオオカミの牙を引き抜く程に。
「僕は…………、一度死んで、息を吹き返したんです。……ははっ、どうせ信じてくれませんよね。」
「………。」
「でも、その時に…いや、…その時から、僕は脳だけ挿げ替えられたかの様に、知能が発達したんです。」
へえ、またなんとも滑稽な。
「ふぅーん。じゃあ、一つ聞いていいかな。」
「……なんでしょう。」
「『もし僕に下剋上を仕掛けるとしたら、君はどんな作戦を立てる?』」
少年の表情が一瞬だけ強張った。知能が発達しているのなら、こんな質問に回答する事は容易な筈。
だけど……的外れな回答をしたなら………………君の命はここで終わりだ。
少年は鉄で出来た黒い眼窩を眺めながら、重々しく口を開いた。
「僕は、貴方に従います。だから」
「助けてください、なんて言ったらトリガー引きたくなっちゃうからさぁ。……真剣に考えてよ。」
誤魔化そうとしても無駄だよ。君が考えた”作戦”が優秀なら、ココに置いてあげる。
コレは所謂、入社試験なんだよ。
頭の回らない奴はこの船には要らない。子供はアホだから奴隷やら金にするしかないが……、まあ、精々私を満足させてみてよ。
「僕は先ず。」
「あぁ。」
その綺麗な瞳が、鈍く光る。
「僕は先ず、後輩という立場を生かし、船員達に媚び諂います。そうすれば彼らと直ぐに仲良くなれるはず。
振る舞いに気をつけ、謙遜を忘れなければ、嫉妬される事も無く、可愛がられる筈。」
「それで?」
「貴方の評判を下げていきます。褒美を振る舞え無いよう、お酒を捨てたりして。
信憑性の高い噂を流したりするのも良いと思います。」
「そして、反乱分子を沢山生み出して、僕自身が闇討ちか謀反を仕掛けます。
………他にも、貴方様の家族を殺したりなんなりして、冷静な判断が出来ない様な状態に仕立て上げます。毒を盛るのも可能でしょうし、殺す手段なら幾らでもあります。
ですが、船員を全員味方に付けていないと、僕が弱いと判断されて吊るされてしまうので。……時間は掛かりますね。」
小さな少年の言葉を聞いて、口元が綻んだ。いや、綻んだどころじゃない。
くつくつと喉が震え、噛み締めたような笑い声が口から漏れ出でた。
ああ、駄目だ。滑稽すぎて笑える。……とてもとても滑稽で、そして…実に危険だ。
自分でも目の色が変わったと思う。笑い顔のまま、私は銃の引き金を引いた。
ああ、良い音だ……。
いや、でも景色が悪いかな。
私の目には、無傷の少年しか映っていないし。…まず、私が狙いを外す訳が無いから…………コイツ、弾を避けたのか……?
私が再び少年に銃口を向けた時、彼はじっとトリガーにかかる私の指を見つめていた。
「………………………。」
「………………………。」
まあ、いいや。
生意気なクソガキだけど。
……とても気に入ったよ。
「ちゃんと従うなら、ココに置いてやらない事もない。…私の言う事をちゃんと聞いてくれるかい?」
「……はい…。」
最近は、生活に刺激が無さ過ぎてつまらなかったしな。
仕方ない、
「精々生き延びてみせてよ?」
そう言って私は、懐に銃を戻した。
Frederic Firobisher………か。十代前半の様な佇まいだが、…本当にコイツ、一回死んでるのか…?俄かには信じ難いな。
「…あぁ。そういえば君。自分の名字が嫌いなんだっけ?」
少年は暗い目のまま、こちらを見上げた。
私の妙案にはまだ気付いていないようだ。
「ええ、勿論。……親が嫌いなので。
だから本当の事を言うと、自分の名前も嫌いです。」
「へえ…じゃあさ、私が名前をつけてあげてもいいよ。まずは名字ね。Па́влов(パヴロフ)は決定事項だから。」
そこでやっと、彼の目が見開かれた。
「あの、貴方と同じ名字は「そして。」
口答えする少年の言葉を遮る。
「ミドルネームは……Александрович(アレクサンドロヴィチ)、そして名前は……”蘇りし王Ренат(レナート)”だ。」
「僕の名前は……レナート……。」
「そうだ。……君は、Ренат Александрович Па́влов(レナート・アレクサンドロヴィチ・パヴロフ)だ。パヴロフの名に恥じないよう、言動に注意したまえよ。」
少年は暗い目をしたままだったが、その表情は少しだけ綻んでいた。
…余程、親が嫌いだったらしい。
ま、我が子を売るくらいだ。
親もレナートの事が嫌いだったのだろうね。
さて、この海賊船長の原石にどうやって磨きをかけるか…考えるのが楽しみだ。
あ、そうだ。
「レナート。そういえば、さっきの”下剋上計画”。穴があったんだよね。」
「………あっ、レナートって僕か。
……はい、なんでしょう?」
私は、背後の机に乗っている写真立てを手にとって眺めた。
「君は、さ。私の背後にある、この写真を見て”家族を殺したりなんなりする”って判断したんだろう。……観察力もあって、凄い良い判断だ。」
「あ、ありがとうございま「でも。」
「それはこの写真の中の人が生きていたらの話だ。だから…
君の下剋上計画は失敗だ。」
「……………………。」
彼は私の表情から何を感じ取ったのだろう。レナートはなんとも言えない表情をしていた。
「あと、君にパブロフの名を付けたのは保険でもある。
実は私は、船員によく思われてなくてね。君を私の息子として紹介すれば、君の話した作戦も難しくなるだろう。」
レナートは小さく「うぐっ」と零した。いやはや、すぐに殺されるつもりはないんでね、私は。
「まあ、完全犯罪計画ならぬ、完全下剋上計画、頑張って作ってみてよ。受けて立つからさ。
今更、命は惜しんでないし。命を惜しんでいたら海賊はやっていけないしね。」
「は、はい。頑張ります…!」
こうして、僕とレナートの生活が始まった。
(それから私の事はパパと呼べばいいんじゃないかなぁ?)
(って!は、はぁ!?嫌ですよ!呼ばないよそんなの!)
(いや、ミドルネームって父親の名前入れるもんなんだよね。アレクサンドロヴィチ……うん、いい響き)
(ハッ…!そういえば貴方の名前アレクサン)
(だから君は逃げられないんだよ、ほらほらパパって呼んでよ)
(うわぁ、やだぁ)