声(れんこ)【耳を塞いでも聞こえてくる】
「おはようお父さん! お母さん!」
朝の挨拶をすると二人は目をむいて、お父さんは食べかけのご飯をポタッと落として驚いている。
「お、お、おはよう……ええっと、ほら、あなた、昨日言ったでしょ」
「……あ、ああ」
「ねえお母さん、今日は遅くなるんでしょ? 今日のお夕飯、わたしがつくるから心配しないで……二人とも、どうしたの?」
「お、お、お前こそ急にどうしたんだ……咲由」
そう聞かれても、わたしにも分からない。
「……朝がた変な夢を見たからかな?」
夢の話をしても意味が分からなくて、おかげで三人とも遅刻してしまった。
その夜、両親に初めてつくった夕飯を食べてもらった。なぜかつくれてしまったおみそ汁と野菜の和え物とごはん。お母さんは初めてにしてはおいしいってほめてくれて、テーブルの上に飾っておいた小さな花束にも喜んでくれた。
……仕事から帰って料理をつくり、わたしの分を部屋の前に置いて一人で食事をして、夜遅く帰るお父さんにぐちを浴びせる日々をどれだけ続けてきたのか……テーブルに花を飾ることなんてすっかり忘れていたらしい。
「でもお金はどうしたの? お小づかいあげていなかったでしょ」
「これまでにもらっていたお年玉があったの。恐竜の図鑑を買って、通りすがりにお花屋さんがあったから」
「そうなの。よし、じゃあこれまであげてなかった分、奮発しようかな」
一緒に食事をするあいだ、学校でみんながわたしのこと不思議がることを話して、この日も遅く帰ってきたお父さんも「ごくろうさま」と、出迎えると喜んでくれた。
この日を境に両親のいさかいは減って、別居の話もウヤムヤになっていった……。
しばらくしてわたしは、芽栄が通っている手話教室に通うことになり、手話を通じてボランティアにも参加し始めると、人間ってこんなに優しくていいものなんだって分かってきて、将来は福祉に関する仕事に就きたいと思うようになった。
そのためにはまだまだ勉強しなければならないことがたくさんある。志望校に向けてボランティアと勉強を両立させないといけなくて大変だけど、毎日が充実している。
「お母さんおはよう!」
「おはよう咲由。今日もご機嫌ね。そうそう、お父さん今日は早く帰ってこられるらしいから、頼んでみれば?」
「本当? うん、そうする」
実はわたしは以前から犬を飼いたかった。だけどわたしが人間嫌いだったからとても言い出せなくて……このあいだお母さんに相談すると、お母さん自身も飼いたかったらしく、あとはお父さんが許してくれればなんとかなるはず……のところまでこぎつけている。
「じゃあ行ってきます!」
「行ってらっしゃい、気をつけてね」
笑顔で見送られ、途中で芽栄と会い、犬が飼えるかもしれないことを話した。
「へえー犬かあ、だけど咲由、犬飼ったことはあるの?」
「ないけど、お母さんが飼ったことあるって言ってた」
「でも、どうして急に?」
「本当はずっと前から……だけど、犬を飼うには人と関わらないといけなかったから」
「そっか。じゃあもう飼う犬は決まってる?」
「決まっていないよ。本当に飼えるかどうか、お父さんが承知しないと……」
「じゃあ……雑種でもいいの?」
「うん。あ、ひょっとして知り合いに子犬が生まれたとか?」
「そうじゃないよ。でも、飼うんなら買う前に教えて。あんたなら大丈夫だと思うけど、犬を飼うってのはおもちゃを手に入れることとは違うのは分かってるよね?
飼った以上、一生家族として面倒見ないといけないのは当然だし、ご飯も食べるしフンもする。吠えて近所に迷惑かけることもあるし、運動させないとストレスがたまって病気になるんだから」
「それは、そうだけど……」
「まあ、それだけの心構えを持ってってことで、飼い主としての当たり前のマナーは守る。そうすればだいたい大丈夫よ」
「飼い主のマナーか……わたしあんまり知らないな」
「うちは昔から飼ってるから、いくつか注意すること教えてあげるね」
「うん! 教えて!」
その日は休み時間ごとに芽栄から犬の飼い方を教わり、犬を飼っているクラスメートからも話を聞けた。でもなんだかこんなに期待されて飼えなかったらどうしよう……。
学校から帰ってもお父さんが早く帰ってこないかソワソワして、帰ってきてからもドキドキしながら、どう切り出すか考えているうちに、お父さんのほうから声をかけてくれた。
「咲由。犬を飼いたいんだってな」
「え、う、うん」
「生き物だぞ、ちゃんと面倒見られるか?」
「分かってる。決しておもちゃを買うんじゃなくて、命を預かるってこと」
芽栄に教わった受け売りだけど、今はちゃんと自覚しているつもり。しばらくわたしを見つめていたお父さんは、ふっと優しく微笑んだ。
「生き物には寿命がある。そして残念だが犬は人間よりも短い。命を預かる以上、そのつらさも乗り越えなければならないんだ。それも分かるか?」
「……うん」
「なら、新しい家族を迎えようか。それで、どんな犬を飼いたいんだ?」
「……え? あ、ありがとう! だけど、まだ何も決めてないの。ペットショップで気に入った子にしようかと思ってる」
「オイオイ、あまり高いのはやめてくれよ」
「大丈夫、ちゃんと考えるよ」
「それなら実は評判のペットショップを知ってるんだが、今度の休みにみんなで行くか」
「あらあら、私には厳しいこと言ってた割にあなたもずいぶん乗り気ね」
「オレも子どものころ犬を飼ってたことがあるんだ。だから、楽しい思い出と別れる寂しさはよく知っているつもりだよ」
「お父さんも飼ってたことがあるの?」
「そうだ。アルバムも残っているぞ」
そう言って出してきてくれたアルバムには、子どものころのお父さんと柴犬の写真が何枚もあった。お母さんのアルバムにも白い子犬を抱きしめる姿があった……これからわたしたちはどんな家族に出会えるか、いつまでも会話を弾ませた。
「やったじゃない咲由!」
パチンと芽栄と手のひらをぶつけあった。犬が飼えることは昨日メールで知らせておいたけど、やっぱり会ったら話さずにはいられない。
「で、どこから犬をもらうか決めた?」
「まだ決めていないよ。お父さんが今度の日曜日にペットショップに連れて行ってくれるから、そこで直接選ぼうと思ってる。かなり評判のいいところだって」
「昨日も聞いたけど、雑種でもいいの?」
「うん。気が合えばどんな子でもいいよ」
「じゃあ、ちょっと見てもらいたいところがあるんだけど」
「どこのペットショップ?」
「ペットショップよりたくさんいて、タダで譲り受けられるところ。今日の帰りにちょっと足を伸ばせばすぐだけど行く?」
「ほんと? うん、連れて行って。どこ?」
「それは、着いてからね」
芽栄がどこに連れて行ってくれるのか一日中楽しみで、授業が終るのが待ち遠しかった。
「じゃあ行こうか」
「うん!」
案内された場所は『動物愛護センター』と、看板の掲げられた施設だった。
「ここ? なんだか公園みたい」
中にはわりと人がいて、子どもたちの声も聞こえてくる。奥に向かって歩いていくと、低い檻で囲った場所にカワイイ子犬が何匹も放してあって、子どもたちがなでたり抱っこしたりしていた。
わたしも近くまで行くと、茶色の子犬がチョコチョコと歩いてきた。毛並みはフワフワで柔らかい。鼻はまだ短いから顔がぺちゃんこだけど、まん丸のまっ黒な瞳がスゴくカワイイ! しばらく芽栄と交替で子犬をなでた。
「どう。ここだとタダで子犬くれるのよ」
「うん。どの子犬もすごくカワイイよ」
「じゃあここからお迎えしてもいいのね」
「もちろんだけど、どうして?」
「この施設がどんなところか知ってる?」
「動物愛護センターだよね。動物を守ってくれる施設じゃないの?」
「そうだといいね……ここに連れてきたのは、本当に知っておいてほしいことがあるから」
建物の中にうながされ、芽栄が壁に貼ってあるポスターを指した。
「これは、このセンターの生き物たちがどこからくるか示した表。よく見て、放浪や飼い主が分からなくて収容された生き物より、飼い主が飼えなくなったからって、持ちこまれる生き物、特に犬や猫がずっと多いこと」
本当だ。子犬が生まれましたとかで、もらいきれない犬とかはここにくるのかな?
「地域の広報紙で『不要犬・猫引き取り日』なんて見たことないかな? 今はたくさんの自治体が取り止めたけど、まだ多くの地区が行ってる。やむを得ない事情もあるだろうけど、置き去りにしたあとのことまで考える人は少ないのよ……考えたくないから。
だけど咲由。生き物を飼う以上は知っておいてほしいの。人間にとって不要になった犬や猫がどうなるのか」
「どう……なるの」
「ここへきて一日目は、この建物の奥にある一番手前の檻に入れられる。次の日になったら、一つ奥の部屋へ移されて、明日捕まったり捨てられた生き物たちがそこに入る……日本中でとてもたくさんの子たちが。
そうやって毎日一つずつ奥の部屋に移されて、七日目にこの施設から出るの」
……なんだか恐い話かと思ったけど、やっぱり一時的に保護してくれる場所なんだ。
ホッとしていると、芽栄は寂しそうに首を振る。
「出られるのは七日目にサツショブンされて、無言でだけどね」
……サツショブン? 聞き慣れない言葉にすぐ理解できなかったけど……意味が分かって、ゾッとした。
『殺処分』……それは七日目に、連れてこられた犬や猫たちが殺されてしまうということ……。
「イメージが悪いから違う呼び名にしてるけど、ここはいわゆる保健所なの。だけど本当は誰も殺したいなんて思ってないの。できるなら元の飼い主に引き取られるか、ちゃんとした新しい飼い主に引き取ってもらおうって努力してる。
だからここみたいに法律に従って処分する一方で、大切に引き取ってくれる新しい飼い主との出会いを探してくれるところがあるの。一番いけないのは無責任な飼い主だから」
「……もうすぐ引き渡し会があるんですよ。よかったら家族で見にきませんか?」
わたしたちの話が聞こえていたんだろう、職員さんが話しかけてきた。
「まあ、流行りの犬がいいとか、引き渡し会なんて面倒だしペットショップで買ったほうが後々のケアも安心というなら……ただ、失われる命が一つでも助かるものならね……」
処分される命を毎日見なければならない職員さんの言葉には、複雑で、すごく重いものが感じられた。事情を知ってしまったからには今すぐにでも連れて帰りたかったけど、両親に相談せずにそれもできず、今日は譲渡に必要なものが書かれたパンフレットをもらって後ろ髪引かれる思いでセンターを後にした。
……絶対に捨てたりしない。必ず引き渡し会にこよう。
「……私もこれを知る前は保健所に連れて行くってこと、もっと軽いものだと思ってたの」
芽栄が暗い顔で話す。あのあと職員さんから生き物が保健所で処分される方法をいくつか教えてもらった。
朝にスイッチが入れられるとその日に処分される犬たちが全自動でガス室に追い立てられ、夕方には焼却炉から骨だけ出てくる装置があるセンターの話や、そんな施設をつくるだけの予算のないところでは筋肉弛緩剤を注射してゴミ袋に投げ入れられたりするため、薬で窒息死するより先に仲間の重みで圧死することもある話。
七日間と決まっていながら、現実にはあまりの数の多さに二日で処分せざるを得ないところもあるという話はあまりにもかわいそうで……ただ最近、行政からあまり短い期間での処分は控えるようにとの指示があったことは少しだけ救いだった。
「……ありがとう。わたしぜんぜん知らなかった。これからもっと知ろうとしてみる」
「そうだね、だけどもう一度よく考えて。今は感傷的になってるから……一度飼ったら一〇年以上、二〇年近くは一緒に生活することになるんだよ」
「うん、そうだよね。でも芽栄、ありがとう。わたし知らなかったら普通にペットショップに行ってたところだよ」
「決してぺットショップがいけないんじゃないの。それは勘違いしないで。ただ……」
芽栄は曖昧な笑顔を浮かべて、しばらく何か迷っているようにうつむいてから顔を上げる。
「……私には、声が、聴こえるから」
「声?」
芽栄は小さくうなずく。
「……あんたなら、ねえ……これから、ちょっとウチにきてくれない?」
「芽栄の家? うん……いいよ」
そういえば、これまで一度も芽栄の家に行ったことなかった。それはわたしに原因があったんだけど……。
彼女の家に着くと中から五匹の犬が歓迎してくれた。濃いグレーの模様がある子や茶色の短い毛の子、白いポワッとした子やお父さんが飼っていた芝犬とこげ茶と黒のしまの子たち。みんな眼が輝いていて、大切にされているのがよく分かる。
「みんな、捨てられてたのをうちでお迎えした子ばかりなの」
「捨てられていた……」
芽栄になでられながら嬉しそうにする五匹の犬たち。それから2階に上がって折り畳みベッドと本棚と机がはしに寄せて置いてあるシンプルな部屋へ案内してくれた。
机にはノートパソコンとプリンターがあって、机の右の壁にはさっきの犬たちの他にも猫やハムスター、その他の生き物の写真が貼付けられているけど、壁や柱、クローゼットの扉がずいぶんとボロボロなのは、芽栄らしくないように思う。
「お茶、いれるね」
「手伝うよ」
二人でキッチンに立っていると、犬たちが嬉しそうに足もとに寄ってくる。ふと見ると冷蔵庫の上に三毛猫が、リビングのテレビの上には黒っぽい灰色の猫が乗っている。
「猫もいるんだね。それに大きい犬も家の中でずっと放し飼い?」
「家の中で暮らすほうが病気を防げて健康管理できるから長生きするし、家族に首輪をつけて外で生活させるなんておかしいでしょ。
ハーネスをつけるのは、車や人からこの子たちを守るための散歩の時だけ。だからうちの子たちはハーネスを見せると喜ぶのよ」
つやつやの毛並みの子たちは、これが当たり前! というように笑って(?)いる。
部屋に戻ってから、犬や猫がたくさんいるのは小さいころから芽栄が、捨てられたり里親を募集したりしているところを見つけては連れてきて、飼いたい、引き取りたいと言い続けているうちに両親もだんだんその気になって、いつの間にか家族みんなで、さっきの動物愛護センターだけじゃなく、民間で生き物を保護している人たちの手伝いをするようになったからと説明してくれた。
だから今いる犬や猫だけじゃなく、一時的に預かる子もいてしょっちゅう家族の数が変わり、悲鳴をあげたくなるくらい賑やかになる時もあるし、嵐の去った後の静けさに寂しくなることもあるんだそうだ。
部屋がボロボロなのは、引き取った子たちがところ構わず噛んだり引っ掻いたりするからで、その場所を空けるために家具がはしに追いやられてしまい、わたしも犬を飼ったらそうなるぞなんて話で盛り上がった。
そのうちにふと会話がとぎれ、お茶をすすりながら、なんでもないように芽栄が話し始める。
「……うちで預かってた子が新しい家族に引き取られたって話を聞く時はいいよ……その反対にどうしても引き取り手がなくて処分されたなんて時には本当に哀しくなるの。
いっそぜんぶの子をうちで世話してあげられるんならそうしたいけど、それはどうしても無理。そんなことすれば私たちも引き取った子も不幸になるから。だけど、動物愛護センターにいる子たちみたいな、あんな声は、もう聞きたくないから……」
芽栄は両手で自分の腕をきつく握りしめながら体を震わせる。こんな姿は見たことない。
「め、芽栄……」
「……ごめん、驚かせた。大丈夫よ。他の人の前だと強がれるけど、あんただとダメだわ」
「わたしだけはダメ?」
「咲由、あんた犬や動物たちの言葉が分かればいいなって思う?」
「うん。話ができたら面白いだろうね」
芽栄は寂しそうな笑顔を浮かべる。
「……私はね、分かるのよ」
「……分かる?」
小さくうなずく。
「うちの子たちの話も分かるし、どれだけ理解してくれてるかも分かるよ」
「え? だけど分かるって……犬と、話ができる……の?」
「犬だけじゃないよ、猫も……植物や鉱物たち生き物みんなの声が聴こえるから」
「犬や猫、植物……だけど鉱物の声ってどういうこと?」
「言葉どおり石の声。道ばたの石でもみんな、声を出してるのよ」
「だって、鉱物なんて生き物じゃないよ」
突拍子もない話に、わたしは目をパチパチさせる……まさかとは思うけど、からかっているのかな?
「生き物はミネラルがないと生きていけない。命をつないでくれるもの、命にとってなくてはならない役目を持ってるものには命があるの……信じられないのは分かるよ。聴こえないほうが当たり前だから」
「芽栄のこと、疑っているわけじゃないけど」
「分かってる……咲由が今思ってるのは……信じられないけれど、私がそんなウソをつくはずない。その反面……生き物の話が聴こえるなんていいなあってホントに思ってる。私には人の心の声まで聴こえるのよ」
人の……どういうことだろう?
「どんなに口で優しいこと言っても、私には隠せない。口はウソをつけるけど……心はウソをつけないから」
だとするとこれまでわたしの思っていること……考えていること全部、芽栄に聴こえていたの?
「私は幼いころ、誰かに犬や猫たち生き物が人間のために殺され、人間の欲で仲間からさらわれて心が潰されていくところを見て回らされた……だから私はこんなこともうさせない……生き物のこと守るって決めたの。
だけど、『ただ動物だけを』なんて極端なことはしないよ。私が人間である以上、まず人間の幸せありきで考えないと本末転倒になるもの。人間は万物の霊長だって言っても、人間のために何をやってもいいなんて、それこそ人間の誇りを踏みにじることだと思う。
私、一人じゃないもの……同じ思いの人たちがいてくれるから頑張れる……ごめんね咲由、心の声が聴こえるなんて、気味悪いよね?」
芽栄は涙目になりながら視線をそらす……そうだったの……。
「気味悪くなんてないよ。芽栄にはずっと感謝してた。それに心が聴こえるなんて話してくれたってことはわたしを信用してくれているってことだよね。教えてくれてありがとう」
……だけど、どうして芽栄はわたしを信用してくれたんだろう?
「あんたは心の中でも人を傷つけたりなんかしない。それに明るくなる以前の咲由は、殺される生き物たちとまるで同じだった……人間が恐い、助けて助けてっていつも心の中で泣いてた。だから初めて会った日から、大丈夫、もう大丈夫って心の中に送ってたよ……。
それに咲由は見てないだろうけど、うちの学校にも裏サイトがあって、私けっこうヒドイ言われようなんだよ。私が肉食べられないのは偽善だとか、幼稚園のころに生き物の声が聴こえるって言ってたうわさも残ってて、キモイとか言ってるクラスの子も……そんなところに書かなくても全部聴こえてるんだけどね……ずっと昔からだし、覚悟はできてるから気にしないけど。
それより、私の言うこと信じてくれる咲由がいてくれることが嬉しいの。これまで、こんなこと気味悪がらずに信じてくれる人なんていなかったから……」
鼻の奥が痛くなって涙があふれてきた。
……そうだったの。だからわたしは芽栄のことが恐くなかったんだ……。
……ありがとう……ありがとう……。
感謝で言葉にならなかったけど、この気持ちは芽栄に聴こえている……。
二週間後、両親と動物愛護センターに行くと、芽栄も両親ときていた。
一緒に暮らしたい子犬に入札し、他の人とかち合ったら抽選になる……祈る思いで入札して無事当選。
誓約書がわたされて飼い方を説明され、うちの両親と芽栄とその両親とで一緒にごはんを食べながら、困ったことがあったらいつでも相談にのるって言ってくれた。
帰宅してから新しい家族となった子は初めての場所におっかなそうにしていたけれど、すぐ元気に家の中を走り回り始めた直後、いきなり床にオシッコをしたのには驚いた。でもこれからはトイレのしつけも含め、ちゃんとつき合っていかないといけない。
名前は、毛がムクムクなのと、わたしも今の気持ちを忘れないように、無垢……『むく』と名づけることにした。