惑(まどい)【見定めるべき方向を失う】
ものごころつく前から人には聴こえない『声』を聴いていた私には、それが当たり前だった。声のことを話す私を心配した両親に連れられて病院で検査してもどこも悪くなく、私はウソつきになった。
だから声が聴こえることは人に知られないほうがいいんだと、その時からよく分かった。
……あの恐ろしい声を聴いたのは、小学生の時に自転車で初めて通った場所でのこと。
《痛い! 痛い! 苦しいよ!》
《ぎゅうぎゅう詰めで身動きできないんだ》
《静かにしてくれ! 頭がおかしくなる!》
突然、たくさんの苦しむ声が聴こえ、私は驚いて自転車から転げ落ち、倒れたまま頭を抱えていると通りすがりの女の人が声をかけてくれた。
「どうかしたのか?」
その声は初めて聞いたはずなのに、とても懐かしく思えた。
「声が。苦しい。悲しい声が聴こえるの」
「ほう、オマエにはこの声が聴こえるのか。それはそうだろう。これは人間の罪業を代わりに背負うものたちの断末魔だからな」
当たり前のように女の人は答える。だけど言っていることが分からなくて顔をあげると、女の人は寂しそうに笑った。
「分からんか? 無理もない。生まれた時から当たり前だと思っていることに誰も疑問は感じんのだからな。見せてやろう。叫んでいるものの姿を。そして思い駆せるがいい、苦しむものに対する人間の所業を」
女の人が言ったとたん、周りがまっ暗になって、もっと大きな声がいっぱい押し寄せてきた……近くから、遠くから迫る苦しみ、悲しみの声に包まれて、わたしは気を失った。
……目を覚したのは、それからひと月以上もたった病院のベッドの上だった。私はブロイラー鶏舎の裏の道ばたで倒れてて救急車で運ばれたらしい。
女の人に出会ったことは誰にも話さず、何があったのかも話さないことにした……意識を失っているあいだ、女の人に連れられて教えられた声の正体が……これまでご飯の時にも聴こえていた、死にたくなかった、食べられたくなかったって叫び声が、殺された動物たちの、苦しみと悲しみに満ちた声だと分かったから。
それだけじゃなく、たくさんの実験施設の中で扱われてる犬や猫や猿やウサギたちの苦しみや、暮らしていた場所から遠く離れた動物園や水族館に連れてこられて、心が壊れてしまった動物たちの声を聴いてしまったからには……。
だけど、ショックが大き過ぎて、どうすればいいのか分からなかった……。
ある病院の一室を空中から少女が見おろしていた。
その外見にそぐわない鋭く叡智を漂わせた瞳と、全身から発する風格は、彼女が王であることを物語っている。と、王の隣の空間が不意に揺れ、姿を現したのは彼であった。彼もそこに誰かがいるとは考えていなかったらしく、しかも相手が王であったことに驚きの表情をあらわにする。
「これは……久しいな。このような時と場所でまたヌシに出会えるとは思いもよらなかったぞ」
長過ぎる袖と長く垂れ下がった耳たぶをゆらしながら、彼は話しかけた。
「オマエがここに現れるとはこちらも驚いたが、問いの答えでも見つけたのか?」
王も懐かしそうに目を細める。
「気まぐれにさまよっておっただけで、まだ見つかっておらぬが……あの娘に興味があるのか?」
「オマエには関係ないと言いたいところだが、偶然でもこの場にきたのだから何らかの縁があるのだろうな……。そうだ、あの者に興味があるゆえここひと月のあいだつき合っていた」
「一カ月とは、ずいぶんとのんびりだが、ヌシの担う世界を放っておいてもよいのか?」
「いつもとは別の方法できているのでな」
「別の方法とは?」
「これまで幾度か出会った時は、実体ごとこの世界に出向いていたのでのんびりしてはいられなかったが、こたびは準備する時間があったゆえ、担う世界とこの世界での時間の流れを変えているのでな」
「時間の流れを変えられるとは……ヌシはどのような世界を担っているのだ?」
王は質問に答えず、彼と同じ視線まで浮かび、微笑む。
「オマエは吾と会うたびに質問攻めだな。たまにはオマエ自身のことも話してみろ」
「……この地上で起こる大抵のことはしてきたが、ヌシに話せるほどのものはあるまい」
「ならば聞かん。オマエもあまり聞くな」
王は病室に視線を戻す。
「特別な娘か?」
「人間にしては珍しく、人間以外の生き物の声が聴こえる。それゆえ今の人間たちが生き物をどのように扱っているか……特にひどい悲鳴をあげている場所を選んで世界中を連れ回してやった。
あやつはこのひと月のことが深く心に刻まれた。将来、すべての生き物のために生きるようになるかもしれん」
「ならぬかもしれんぞ」
「それならば仕方ない。自分の心をどう育てるかは本人次第だからな、だが種は蒔いた」
「やはりヌシの担う世界とはどんなものか知りたいものだな」
「すべての人間の手本となる世界である、とだけ教えてやろう。む、目を覚ましたな」
病室では、体を起した少女があたりの様子をうかがっていた。
「これでよかろう。では吾は戻るぞ」
「ヌシとは会うたびにすぐ別れておるな。この世界にはヌシ以外のものはこぬのか?」
「さあな。こられんこともないが、くることはないだろう」
「なぜだ?」
「あまり聞くなと言っているだろう……きたくともくるには理由が必要だからな」
「ならば、ヌシの理由とはなんだ?」
「……この世界に縁があるからだ。縁があれば世界を違えても行き来することができる」
問答のような会話に、彼はため息をつく。
「がっかりするな。オマエが答えを見つければ、すべて分かるだけのことだ」
「ではここで『吾は人間を含めすべての生き物を愛している』と答えたらどうする?」
「真に思ってもいない答えを言ったところで、見抜けん相手とは思っていないのだろう?」
苦笑する王に、彼も苦笑する。
「ヌシの担うすべての人間の手本となる世界とは、さぞかしよい世界なのであろうな」
「そうであれば、いいな」
向き合いながら、王は上昇を始める。
「違うのか?」
「いいや、間違いなくすべての人間の手本となる世界だ……」
答えながらはるか高みへと昇っていく王。あとを追うことはできるが、次にどんな出会いをするのか……せっかくの楽しみを減らすつもりはない。
王が去り、先ほどの病室を眺めると頭からシーツをかぶって震える娘がいた。窓辺まで近づくと彼女はシーツをはねのけ、彼と視線が合った。
《普通の人間には聞こえない声を聴くことができ、その苦しみを知ったそなたは、恐れておるだけでは何も変わらぬぞ》
「……だけど、これから私は、どうすればいいの?」
人間には聞こえないはずの声も、彼女には聴こえていた。
《決めるのはそなた自身だ。このまま見て見ぬフリ、聴こえぬフリをするもよし。どちらにしろ、今後そなたは多くの人間と同じには生きていけぬ。それはそなた自身が承知しておるだろう》
彼女は黙ってうなずく。このままなら生き物を虐待したり、殺したり、無意味な動物実験を行う者などを、彼女のほうが差別するだろう。
大人なら妥協できたかもしれない。しかし、この歳で心に刷りこまれたショックは生涯消えない。そうなれば彼女が選ぶ道は限られる……否定し続けるか、否定され続けるか。
その判断が任されるには、まだあまりにも幼かった。
高校の教室で席に座ったまま他の者と視線を交わさず、会話にも入ろうとしない一人の少女は、今日もこの場所で怯えていた。
……あと一年も通わなければならない学校なんて、なくなればいい。それどころか、この牢獄から解放されても進学や就職という次の牢獄に行かないといけないのは、恐ろしい……けれど、行かないといけないことだけは分かっている。
「人間が恐いなら家から出るなっつうの」
「自分が人間やめたらいいのに」
クスクス笑いとヒソヒソ話すクラスメートの言いぐさも気にする素振りはなく、視線を窓の外に向け、潤生咲由は体を震わせている。
……人間が恐い。でも、どうしてこんなに恐くなったんだろう。分からない……ううん、思い出したくない。
幼いころに恐ろしい体験をしてからだけど、あまりに恐ろしくて記憶から消して、ただ原因が人間だったっていうイメージだけが残って、恐いとしか思えなくなった。
「おはよう咲由!」
「……お、おはよ、芽栄」
声をかけてくれたのは、同じクラスの粟児芽栄。五年前、中学に入学して初めて会ってからずっと一緒のクラスで、わたしにとってたった一人の少し恐くない人……。
芽栄は、わたしのことを分かってくれて何かと気づかってくれる。そんな芽栄がクラスメートに声をかけると、その周囲のみんなはパッと明るい笑顔に変わる。
……どうして人間はこんなに違うんだろう、みんな同じだったらいいのに。同じこと考えて、同じことをしていれば、好きも嫌いもなくなるし、争ったりすることもないのに。
本当は学校なんてきたくないけど、自然や生き物は大好きだから閉じこもり続けるのは、息苦しくて耐えられない……もう何度も試した。せめて行き帰りに出会える日の光、生き物や花たち、雲や月のおかげで気をまぎらわすことができるから……。
昨日の夜も遅くに帰ってきたお父さんとお母さんが言い争っていた。くるのがイヤで仕方ない学校だけど、帰らないといけない家にも、もううんざり。
……自然の中の、人のいない場所に行きたいな。誰も気にしなくて、誰にも気にされない場所に。だけどそんなの手に入らないし、手に入れても生きていけない……だから、代わりにいつも誰もいない海岸を想い描いて、その風景の中で暮らすことにしている。
……蒼い空、寄せては返す波の音、汐の香り、カモメの鳴き声。砂浜に寝ころんで、温かい日射しと気持ちいい風を頬に感じているうちに、知らないあいだに潮が満ち、いつの間にか波にさらわれて、気づかないあいだに死んでしまい、自然に還っていく……。
「よーし、みんな席に着け!」
せっかくの空想をかき消して村上先生が入ってきた……。
今日の午後の授業は年に一度の討論会の日。教室ごとにテーマが振り分けられて、一年から三年生まで一緒になって、二時間かけて討論する行事が組まれている。わたしが選んだのは「戦争と平和」。芽栄がそれを選んだから……せめて恐くない芽栄と一緒にいたいから。
討論会が始まり、わたしは芽栄の左に隠れるように座った。
ひととおり自己紹介を終え、まず戦争についての考えを発言するよううながされる。みんなの意見は当然、戦争は反対だっていうことが形を変えていくもの……ひと回りしてから次になぜ戦争はいけないかについての議題に移る予定らしい。もちろんわたしも戦争は嫌い。元々他人と競うことも好きじゃない。
「せ、戦争は……こ、恐い、です……」
うつむいて立ち上がり、震えながら言えたのはそれだけ。結局そのひとことだけで二時間が過ぎた。
……討論会が終って、なぜか一緒に帰ることになった芽栄が話しかけてきた。
「……平和を維持するために戦わなきゃいけないみたいな意見もあったよね。あれって矛盾してると思わない? 平和を守るために戦うって、結局、戦っちゃうんだもの。
もちろん、守らないといけないものはたくさんあるけど、争ったどっちかに痛みが残れば必ず遺恨が残るもんね。本当に戦わずにいたいのなら解決方法は平和的でないと絶対にダメ。戦うことは結局、新しい戦いを招くだけなのよ」
さっきの興奮が冷めないのか……討論会で芽栄は、いきなり戦争を部分的に肯定する意見を言い出して、教室にいたみんなからひどく責めたてられた。でもそれは、一つの意見でまとまっている中で違う意見を言ったら吊し上げられる、つまりは戦争に発展する過程を体験してもらうための演出だった。
わたしはホントに芽栄が責められていると思っていても、オロオロするだけで何もできなかったけど……。
「討論会であんなこと言ったのも、昨日テロのニュース見たからなのよ。一般市民の女の子が道ばたで血まみれで倒れててそばで家族が泣き叫んでるのに、お医者さんも薬も間に合わなくて、結局死んじゃったの。
それなのに私はテレビをはさんで安全なベッドに座って、明日になったら何事もなかったような顔して学校に行くんだって考えたら、何してるんだろう私って思って。何もできない……してない自分がもどかしかったのね」
わたしは何もしてないどころか、そんなことさえ知らない……知ろうとする勇気がない。テレビでも人間の姿をしているものは恐い。戦争だろうとなんだろうと、人間はただ恐いだけから……。
家に着いてドアを少し開き、そっと中をのぞいて誰もいないことを確かめてから入る。両親は共働きだけど勤務スケジュールによって時々お母さんがいることがあるから……。
手を洗って、うがいをして部屋にカギをかける。部屋には自然の風景のポスターが貼ってあるけど人間のものはなく、テレビもない。ポスターはどれも両親が誕生日に買ってきて部屋の外に置かれていたものばかり。
少しうす暗くなるとすぐに厚いカーテンをひいて窓を覆う……わたしの姿っていう人間が窓に映るのは避けたい。
食事は廊下に置かれることになっていて、誰もいない時を見はからってそっと部屋に持ちこんで食べる。それから両親が寝静まるのを待ってシャワーを浴びる。トイレに行く以外、学校に行くまでこの部屋からは出ない……。
こんな生活だけど、わたしは決して家族から嫌われたり虐待されたりしたわけじゃない。それどころかとても大切にされてきた。ただ、失った記憶の次に両親と祖父母に囲まれて口々に「良かった」と、安心して笑ってくれている光景が焼きついている。だからそれ以来、わたしにとって家族が一番恐ろしい人間として刻みこまれてしまった。
カウンセラーにも相談してくれていた両親も、もうあきらめたらしい。でも階下の二人の声は聞こえてくる。最近うまくいってないみたい。原因がなんなのか分からないけど、時々わたしの名前も聞こえる。
だけどいつも部屋にいるあいだは宿題と、仕方なくする勉強以外はあの海辺にいる空想にどっぷり浸かっていることしかできない……。
次の日の朝、着替えを済ませてお弁当をつくるためそっとキッチンをうかがうと、お母さんがイスに腰かけていた。廊下に戻って深呼吸してから姿を見ないように中に入っても、お母さんには声をかけない。悪いとは思っているけど、会話なんて恐ろしい。
わたしのお弁当は前日の夕食の残りと決まっている。中学生になった時に、恐ろしさを必死にがまんしながらお母さんも夜勤が多く大変だからという理由で、お弁当は自分でつくることにしてもらった。
だから中身の見た目がカワイイとか関係ない……食べられればなんでもいい。いつもはこの後、おにぎりをつくって食べているけど、お母さんがいるから食欲がなくなった。
「……咲由、聞いてくれる」
出て行こうとしたわたしを、お母さんが呼び止めた。
「………な………に?」
ドキドキしながら振り返り、視線をそらして返事をすると、お母さんはしばらく何も言わずに頭を振ってため息をつく。
「いいわ、まだ……行ってらっしゃい」
小さく頭を下げて出て行く時にチラッと振り返ると、お母さんは頭を抱えていた。
お弁当の時間になると、わたしはみんなと離れる。会話をしながら食事なんてできない……芽栄も離れて友達と食べてくれている。
午後のホームルームで来週の校外学習のプリントが配られると、歓声をあげる人とため息をつく人に分かれる。わたしはもちろん落ちこむほう……行き先は今話題の恐竜博が開催されているイベントホール……先週、多数決で決まった場所。
「電車の中で騒ぐんじゃないぞー!」
村上先生の注意にさらに落ちこむ……恐竜なんて興味ないし、知らない人がたくさん近くにいる乗り物なんて……団体で並ばされて、ギュウギュウに押しこめられるなんて想像するだけでも恐い。行きたくない……。
……校外学習当日。
雨が降ってくれればホールの見学だけになったのに、まぶしい太陽の光はクラスみんなで行われるオリエンテーションがなくなる期待を打ち砕いてくれた。
力なく背負うリュックの中身はお弁当と水筒だけなのに、やたら重い。いつも以上に騒がしい教室に着いて空想の世界を思い描くと、今日はいつもの波の音じゃなく、初めて見る森のざわめきが浮かんできた。
……静かな森、小鳥の鳴き声。爽やかな風にあおられる木の葉のこすれ合う音、小さなせせらぎ……ここはどこの森だろう、こんなところがあるなら行ってみたいな……。
電車に押しこめられているあいだ、今日浮かんできた新しい世界は気分を少し楽にしてくれた。
ようやくイベントホールに着いて中に入ったとたん、上から大きなトリケラトプスのバルーンが迎えてくれる……ホール内は恐竜たちが全盛だった時代が再現してある。
わたしは両手で頭をかばって小走りに入場して、人だかりができている恐竜博の目玉のティラノサウルス・レックスの骨格模型から離れて人の少ない場所を探していると、巨大恐竜の全身骨格が目に入った。
マメンチサウルス……中国で発掘されて、今回特別に借りたジュラ紀後期に生きていた恐竜は、ただ彼らが生きていた時代があったことを、その骨だけで証明している。
……ドクン! と胸が高鳴った。
初めて目にする本物の大きさと迫力に目が離せない。わたしは高なりとも恐怖ともつかない緊張感に包まれる。
……カツテ、滅ボシタモノ……。
意味不明の言葉が頭をよぎったけど、わたしは頭を振り、改めて恐竜を眺める。
……こんなに大きな生き物が、どうして滅びたんだろう?
「どうしたの咲由、金縛ってるよ?」
芽栄に話しかけられて我に返った。握りしめていた手のひらは汗でじっとり濡れている。
「……こ、こんな大きな、生き物が、地球にいたんだ……」
「そりゃ恐竜っていうくらいだから大きいんでしょ? CGで動いてるのもやってるよ」
「ど、どうして、ほ、滅んだんだろう」
「さあ? それならあっちでいろんな解説してるよ。見に行く?」
「あ、あるの? ……うん、行ってみる」
骨格からなかなか目を離すことができなかったけど、また戻ってこようと思い、解説コーナーに向かうと、そこはすでに多くの人や生徒で賑わっている。
普段なら絶対に近づかない人だかりの隙間からそっと画面をのぞくと、恐竜が絶滅したのはインドのデカン高原での大規模な火山の爆発だったと解説されていた。
他にも、地球の気温が下がり大陸に多くの氷河ができて、その氷河が太陽の光を反射していっそう寒冷化を招いた説や種が老化した説、植物が変化して消化不良で便秘になった説なんかを含めてたくさんの説が並んでいる。
その中で今現在、一番有力なのは巨大な隕石が地球に衝突して舞い上がった塵や煙が、何年も地球を覆い、光をさえぎり続けた煙が濃い酸の雨になって数年間降り続け、光が射さないため植物が滅び、植物をエサにしていた草食の恐竜が滅んで、草食恐竜をエサにしていた肉食の恐竜たちも滅んだ……メキシコのユカタン半島に残る巨大なクレーターの跡からも天体の衝突があったことは間違いないっていう説。
……ゾッとした。あんな大きな恐竜が隕石の衝突だけで絶滅するなんて……人間のいなかった恐竜の世界ってどんな世界だったのかな。
想像しながらマメンチサウルスのところに戻って、周辺の展示品を眺めていると、時おり最初に感じた変な感覚がよぎる。だけど、意味が分からない。会場のスタッフさんが無料で配っていた恐竜のストラップも、芽栄がそばにいてくれるから、必死にガマンしながら受け取れた。
「あんたがこんなことできるなんて、よっぽど恐竜が気に入ったみたいね」
「うん、これまで、興味なかったけど……急に、し、知りたく、なってきた……から」
……一億年以上も繁栄していたのに、あっと言う間に滅ぶなんて……。
……滅びることが、できるなんて……。
黒くくすんだ光を放つ化石を、わたしはずっと見つめていた。