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王(サユ)【導くものと導かれるもの】

「……ずいぶんと長い芝居につき合ってくれた。王よ、礼を言う」

 凛とした声を響かせる天の咲久は、もはや先ほどまでの彼ではなかった。

 自ら封じた記憶を取り戻した彼に、もう迷いなどない。

「何をいまさら。オマエがそうしたことで滅びる寸前だった吾らが救われたのだからな。今後、オマエは真の意味で物理的な世界を担う。だが、吾らは決して神ではない。この宇宙という大自然の中に意思として存在している生命の一つにすぎん。

 神とは、大自然であり宇宙の進行そのものだ。吾ら世界を担うものとは、自然から与えられたものに感謝し、よりよき変化を与える義務を持つものだと考えている。

 それゆえ吾は王と呼ばれることを望む……吾は世界を『負う』ているにすぎん」

「ならば吾も王と呼ばれることを望もう」

「吾らの世界とて完全ではないが、物理的な世界に暮らす生き物の中で、人間は善悪の両方に足をかけ、食物連鎖から逃れ、大地を貪る厄介ものそのものだ。そんな世界をたった今、記憶を取り戻したばかりの最も厄介ものだった天の咲久、オマエが担う。

 追いやられたものばかりが集まって、いったいどんな世界になるのか……掘り出されたばかりの、まだ磨かれておらん玉石であることを祈る」

 王の悪し様な口ぶりは、相手を奮い立たせる激励であることは分かっている。

「玉石だけではなく、ただの石コロとて輝き出す世界をつくって見せよう」

「楽しみにしている。でなければオマエに従っていた甲斐がなくなるのでな」

「ヌシが吾に従っていた?」

「吾らが救われる方法を考え、四人が消滅したドームでの崩壊の中で、人類の祖先を助け出すほどの力を持っていた……オマエが吾ら意思のみのものの統率者だったのだからな。

 だからこそ吾らはオマエを恐れ、二度と戻ってこられんように四人の足もとに据えた。

 一方オマエは消滅した四人に申し訳がたたんと人間にこだわった。オマエの無意識の罪悪感が、天の邪鬼として自ら四天王の足もとに這いつくばらせたのかもしれん……今ならばそれも受け入れられよう?」

 黙ってうなずく彼に王は微笑む。

「これまで王が不在だったため不安定だった物理的な世界だが、オマエが安定させるまで他のものが入りこむと別の影響を及ぼしかねん。寂しかろうが当分からかいに行けんな」

「なんのヌシこそ寂しかろう。吾はこれからやらねばならぬことが山ほどできた。ヌシを相手にしているヒマなどない」

「それは好都合だ。だが地蔵は……地球のことは決して忘れるな。自らを生かす基盤だからな。物理的な世界が安定すればやつのところへも顔をのぞかせてやるがいい」

「言われなくとも、当然だ」

 王は安堵のため息をつく……人間の祖先を託されたあの時、次の段階がくる時までどうか堕ちた者を救ってやってほしいと、もう一つのことを託された地蔵もまた、この長い芝居を演じてきた一人だ。

「尋ねるまでもないが、これからつくるべき世界の変化のさせ方は分かっているな」

「変化する世界に暮らせる生き物は、その環境に適応しているもの……ヌシが恐竜を例にあげて、自らの恥を捨ててまで教えてくれたではないか。その変化は痛みを伴うものであってはならぬ。痛みは調和を乱す種となる……吾が担う世界のものたちは、すべて吾が子なのだから」

「ならばこれからは名前を変えるがいい。新しい世界の王が天の咲久……天の邪鬼では、人間も生き物も居心地が悪かろう」

「分かっている。だが今すぐには思いつかぬ。吾が吾である証だ。軽々しくつけるわけにはいくまい。じっくり考えることにしよう」

「そうだな。では、行くがいい……もう地球に月は落とさんでくれよ」

「当然だ」

 たがいに小さく微笑むだけで気持ちは通じ合える。世界がどう変化しようとも、友であることに変わりはない。

 これから彼が自らにつける名前は決まっている。

 はるか昔から広く知れわたっているが、しかし、それは聞く者にとって自らを救済するものの名前として様々な形で聞こえるだろう。

「ところで、阿修羅王とは争いの世界の王との意味であろう? 本当の名前を教えてくれぬか」

「好きに呼ぶがいい。吾には担うべき役目があり、人間がつけた名前ならたくさんある。他のものも阿修羅王と呼ぶので不自由はしなかった。オマエや地蔵が呼ぶヌシならばそれでもいい……吾もまだ、吾の名前を決めてはおらん」

 ともに人間をつくり、今なお担う世界の進歩を信じて疑わず見守り続ける少女は、嬉しそうに答える。

 彼は笑いながら、新しく始まる世界へと足を踏み出した。


 ……竜神さまのお怒りを鎮めるため簀巻きにされ、崖から投げ出されたワタシは、水の中なのに、息が苦しくないのがとても不思議で……湖の底には簀巻きにされたワタシが沈んでる。

 ……ワタシ、ここにいるのに。

 村人たちに見つからないよう落とされた反対の岸から上がって、そっと村の様子を見に行くと、村人たちが重い足どりで帰ってくる。ワタシは物陰に身を隠して彼らが通り過ぎるのを待った。早くおっとうとおっかぁにワタシが無事なこと教えたい!

 ……でも、家に帰っても、おっとうとおっかぁは泣くばかりでワタシに気づいてくれない。どんなに話しかけても、どんなに叫んでも二人は気づいてくれない……。

 どうしても声が届かなくて、ワタシは家を出た。どこにもあてはないけれど、もう、この家にいることが悲しくなったから。

 あれからどれだけたったんだろう。もう何もかもどうでもよくなった。

 そんなある日、ワタシに声をかけてくれた子がいた。その子も道に迷ってて、どこに行けばいいか尋ねてきたけど、ワタシは気づいてくれたことが嬉しくて、これまでのこと話した。でも、なぜかその子は気を失ってしまった。

 ……ワタシいつまで、こうしてるんだろう。

 ……いつまでワタシ、こうしてなければならないんだろう。

 これからもずっと、ワタシのことなんて誰も気づいてくれないんだろうな……。


「ずいぶん永き時をさまよったな、サユよ」

 ……この声は、あの時の?

「まったく、言うことを聞いておけばさまようこともなかったろうに。しかし、吾がこの世界の王となったゆえ、そなたへも行き先を与えられよう。サユよ、そなたの行かねばならぬ場所へ行くがよい」

 この世界の王……? そんな偉い人がワタシを導いてくれるの? ワタシの行ける場所なんてあるの? ワタシはもう誰からも見捨てられたはず、なのに……。

「ふむ、ならば吾が手を取るがよい」

 差し出された手は大きくて、温かい。

 ワタシの目の前には、これまで見たこともない光り輝く世界が広がってる。こんなところにワタシなんかがきてもいいの?

「臆するな。己に自信を持つがよい」

 トンと背中を押され、ヨロヨロ光の中に足を踏み入れたとたん、とても幸せな気持ちになっていく……。

 やっと“ワタシ”は……“わたし”の居場所に還ってこれた……。



 大木の穏やかな木陰で会話を弾ませるわたしと芽栄のそばを一頭のオオカミが横切って、少し離れた木漏れ日のところで幸せそうに眠っている女の子と男の子の隣に寝そべった。二人が起きたら声をかけてみようと思う。

 木の根もとにはうす紫の小さな花がそよぐ風に身をまかせ、自らを精一杯咲かせている。

 力強く広げられた太い枝には赤い翼の小鳥がさえずり、二本の黒い角を持つ昆虫が蜜を吸い、うす黄色の蝶は花々のあいだを舞い飛ぶ。

 丘の向こうに広がる美しい田園には金色の稲穂がその重さで深く大地に頭を垂れ、人々はみんな豊かな恵みに感謝している。

 昼間のにぎやかで陽気な太陽が沈むと、静かで気高い月の光に照らされて、夜に暮らす生き物たちが命を謳歌する。

 緑豊かな大地は、いつしか争いという厄介ごとが失われ、鉱物、植物、動物や人間がたがいに助け合う喜びに満ちあふれていた。


 世界がいつからこうなったのか、誰にも分からない。


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