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璞(あらたま)【まだ磨かれていないだけの宝玉】

 まっ暗で凍てついた夜の大地に、半球状のドームが輝いている。その中には木々が育てられ、選ばれた生き物たちが暮らし、すでに、ほ乳類が生き物の主役の座に着いていた。

 ドームの天井や壁はすべて透明で、中からも外の様子がよく見える。周囲は見わたす限り荒涼とした大地が広がり、空気のないそこに生きるものの気配は何もない。

 天井付近まで伸びた木の枝に登っていた小さなサルの仲間が空を見上げると、そこには、蒼く輝く美しい地球が浮かんでいた。


 まだ初期のは虫類が生まれたばかりの地球に比べ、ドームの中での進化は異常に速い。

 生き物は意図的に進化させられていた。

《今後も内部の安定が続くようなら、早めに次の段階に進化させてはどうか?》

《それは急ぎ過ぎではないか? やはり時間は計画どおり守らねばならぬ。あわてて失敗しては取り返しがつかなくなるぞ》

《分かってはいるが、急げるものなら急ぎたい》

 計画を前倒しにしようとの意見に他のものからも賛成が相次ぎ、彼らは予定を少し早めることにする。

 声なき声で話し合う彼らの姿はどこにも見あたらない。彼らは肉体を持たない『意思』のみの存在だった。


 ……宇宙が生まれたと同時に同じ大きさで漂い漠然とうず巻いていた、まだ意思とは呼べない『もや』があった。

 それは宇宙が変化するに伴い、たがいに似ている部分や引き合う部分が集まり、集まった部分の中でもまた引き合うものどうしが集まり、その濃度に差が出始める。

 そうして集まっていくうちに、集まったもやの一つひとつは、別のもやとは違う存在であることに気づく。

 意識の始まりであった。

 大きな意識の中には、さらに引き合う小さな意識が集まり、その中にもっと引き合う小さな意識が生まれていった。

 そして集まりはついに終りを迎える。

 物質というこれ以上集まることができないものが誕生したのだ。

 以降、宇宙には二種類の意識を持つものが存在することとなる。意思のみの意識と、物質を持った意識。

 声なき彼らとは意思のみのものであった。

 物質は形あるゆえに生まれ、消えていくのに対し、彼らは意思のみであるため滅ぶことはなく、永遠に続くと考えられていたが、ある時、なんの前ぶれもなく消滅するものが現れ始めた。

 原因は何か……調べた結果、意外なことが判明した。

 ……永遠であるがために消滅する……。

 相反する矛盾に困り果てていた時、あるものが解決策を見つけた。

 吾々が、永遠でない時間を手に入れることができればよいのだ、と。

 彼らはその意見を受け入れ、環境を意図的に変えられるドームをつくり、まだほんの小さな生命の種を生み出したばかりの地球から生き物を選び出し、進化の過程をたどらせることにしたのだった。


 ドーム内の進化も順調に安定し、次の段階へ進化させる準備が整った。

 管理しているのは、彼らの中から選ばれた七人。解決策を思いついたものを代表にした、同等の大きな意思の力を持ったものたちだ。

 彼らの思いが集まると、ドーム内で頂点に君臨していた種族を追い越す新しい種族が生まれ、育ち、繁殖ができるころには、新たな食物連鎖の輪が成り立っていく。

《あと何段階必要であろうか?》

《今回で、ほ乳類に達した。次の段階は大型のほ乳類に進化させる。人間は、まだ先だ》

《まだ、遠いな……》

 順調な進化に安堵しながらドームを見守ると、今後ドームの頂点に君臨するほ乳類の祖先の親は、わが子が自らを滅ぼす新しい種族とも知らず、夜の闇にまぎれながら小さな昆虫を見つけては、その口に運んでいた。


 小型ほ乳類の時代から時は過ぎ、大型のほ乳類が繁栄してから機は熟し、ドームを管理するものたちは興奮と緊張に包まれていた。

《いよいよだ。ようやくここまで進んだな》

《焦ってはならぬ。安定するまでは最後まで気を抜くな》

 はやる気持ちを抑え、慎重に人間の祖先が生まれるよう意思を集める。ここでしくじってはこれまでの努力がすべて水の泡となる。

《……人間に……人間に》

 集中していたその時、衝撃がドームを襲った。

《何ごとだ!?》

《ドームに巨大隕石が衝突!》

《集中しろ! 迷いは危険だ!》

 代表のものが叫んだが、彼らの集中がとけ不安定な状態におちいったドームは大きく崩れ始める。

《いかん! 崩壊する!》

 あわてて思いを集めたが、壁は小さな穴が堤防を決壊させるごとく崩れゆく。

《なんとしても守れ!》

 しかし崩壊は止まらず、衝撃に巻きこまれた一人が声もあげずに消滅したが、構わず彼らはドームを守り続ける。応援を呼ぶ余裕のあるものはいない。

 また一人、消える。

《撤退せよ! もう守りきれぬ!》

 代表のものが決断したが、あきらめきれない二人が同時に消滅した。

《やめよ! 吾らでなければ新たなドームすらつくれなくなるのだ!》

 その言葉に二人が撤退し、最後まで残った代表のものが、これまで生み出した生き物と生まれたばかりの人類の祖先を運び出した。

 ……もはや生命の輝きに満ちていたドームが砕け行くのを、なすすべもなく眺めるしかない。

 隕石の衝突によって起こされたドームの崩壊。直撃でなくとも相当の被害は出ただろう。だが、先に分かっていれば回避できたかもしれない。

 彼ら以外のものから連絡があったのかもしれないが、進化に集中していて聴こえなかった。彼ら以外で回避させることは……残念だがここには彼らの中で最も大きな力を持つものが集まっていたのだ……。

《……代表のものよ、計画は継続か、断念か?》

 撤退した二人のうちの一人が尋ねる。

《この失敗はあまりにも大きい。皆と話し合おう》

 その一方で突然ドームから助け出された生き物たちは、何が起きたのか分からず、ただうろたえるばかりだった。

《心配せずともよい。そなたたちをつくり、助けたのも吾だ。悪いようにはせぬ》

 彼らの様子に気づき、そっと意思で語りかけると、生き物たちからは安堵の気持ちが伝わってくる。

 ……ここまできて断念などあるものか。何がなんでも成功させる……。

 代表のものは決意を新たにした。


 呼びかけに応じて集まった誰もがドーム崩壊にあわてふためき、今後のことで意見が分かれた。

 もう一度ドームをつくり直そうと言うものと、進化させてきた生き物を地球に送り、今の地球に暮らす生き物と隔離して進化させようとの意見に大分されたが、それにはどちらも問題があった。

 再びつくり直すには環境を整えることから始めなければならず、最適の場所は失われている。何よりドームをつくれるもののうち四人も消滅したことが大きな痛手だ。

 また、進化させてきた生き物を地球に送ってもまだ現在の地球環境では生きられず、強引に送りこみ滅んでしまえばすべてが終る……。

 それでも地球の生き物との共存を目指そうというものや、地球の生き物を減らして進化させた生き物に場所を与えようというもの。なんの意見も持たずうろたえるものや、はや観念を決めこんでいるものたちで場は混乱を極めたが、共存を目指そうと主張する、代表のものであった『彼』がドームから助け出した生き物を皆に見せながら叫んだ。

《これを見ろ! 計画はここまで進んでおったのだ。このまま吾らも、こやつらも滅びることなどない! あきらめるな!》

 ……あれなら、あともう少しではないか。

 ……地球にドームと同じ隔離した空間をつくれば進化も時間の問題か。

 彼の主張に多くの賛同が集まり、ようやく話がまとまりかけたその時、ドームがあった大地の巨大な残骸が地球に衝突するとの連絡が伝えられた。

《それはいつだ?》

 凶報を伝えたものは一瞬ためらい、かすれるような意思で続ける。

《あと、二百六十六日後には……》

 わずか二百六十六日。

 宇宙規模にとって、それは絶望的な時間だ。

《なぜ今ごろになって分かったのか!?》

 誰もがドームを失ったショックで残骸など気にかけていなかった。気づかぬあいだに何もかも手遅れになっていようとは。もっと早く気がついていれば……いや、あの巨大な質量は彼らが影響を及ぼしたとしても、こんなわずかな時間で動かせるものではない。

 そんな中、『彼』はこの事態にもまったく動揺の色を見せていなかった、ドームから撤退したうちの一人に近づく。

《あとのことをヌシに託したい》

 彼は助け出した生き物たちを差し出す。

《なんのつもりだ? 吾に託さなくともオマエに賛同するあやつに託せばよかろう》

 差し出された相手は、もう一人の撤退したものを示した。

《すでに別のことを託してある。頼む、ヌシ以外に託せるものがおらぬのだ》

《今さらどうする気だ?》

《分からん。が、吾は最後まであきらめぬ》

 言い残し、彼はその場から消えた。

 ……まったく、あきらめの悪いやつだ。

 託されたものは救い出された生き物たちを眺めながら、ため息をつき、小さく笑った。


 迫りくる残骸の前に現われた彼は、その巨大さに身震いした。

 ……なんの! ドームが失敗した上に、地球まで失われるのをただ眺めているだけなどできぬ! 必ず方法があるはずだ!

 その思いをあざ笑うかのように近づく残骸は、さきほど自分が消滅しかけるほど守りたかった大地だった。

 ……必ずある……何かが!

 その時、彼の目に地球の衛星、月の姿が飛びこんできたとたん、ある方法を閃いた。

 ……そうか! こうすればすべてがうまくいく、しかし……。

 それは地球の崩壊が避けられ、ドームで進化させた生き物が地球に暮らせる方法だったが、そのためには今の地球に暮らす生き物に多くの犠牲が出る。しかしこのまま残骸が衝突すれば地球もろとも何もかも滅びる……。

 蒼く輝く地球に思いを向けると、多くの生命の息吹きが感じられ迷いが生じたが、迫りくる残骸は迷わず地球へ落下するのみ。

 ……しかし! 動かしてみせる! この星はこれからいっそう生命の輝きに満ちるまだ磨かれておらぬ宝玉、(あらたま)なのだから!


 彼は月に降り立った。


 ……動け!

 ユラリと、巨大な意思がにじみ出る。

 それは月を動かそうとする渾身の意思だ。常識ではそんなことができるはずなどない。だが常識を捨てなければ動かない……意思だからこそ、強い思いは現実に影響を及す!

 ……動け! 動け! 動けえぇぇ!

 さらに意思を絞り出すと、徐々に彼は月へとにじみこんでいく……その様子を話し合いの場にいたものたちは静観していた。自分たちがあの場に行き、衝突に巻きこまれれば消滅してしまう。彼だからこそあんなことができるのだ。

 何もできないものたちの中で、生き物を託されたものはもどかしさを感じていた。

 ……こやつらを託された以上、オマエの意思をまっとうせねばならん。

 生き物たちに思いを向けると、一様に彼を思いやり、心配していることが感じられる。

 ……こやつらを託すことで吾の動きを封じるとは。話し合いは誰にも同意していなかったが、必ず吾がオマエにつくことは分かっているのだからな。こうなれば、結果がどうなろうともオマエの意志を受け継ごう。それにしても……。

 ……それにしてもオマエたち、ずいぶんと愛されたものだな。

 生き物たちに残る彼の気配を感じながら再び月に思いを向けると、内部までくまなく彼の意思が行きわたり、意識はもうない。そこにあるのは、ただ動けという信念、いや、執念とも呼べる凄まじい思いだけだった。

 ……成功したところで、もはや自我を取り戻すことはあるまい。

 彼の意思には及ばないが、託されたものも強く思い始める。

 ……動け!

 やがて月を動かそうという常識外れな思いは一人、また一人と増え、少しずつその強さを増していく。


 地球では徐々に近づく月から、昼も夜も炎をまとった隕石が降り続け、それまで大地をのし歩いていたものは揺れる大地を逃げまどい、海に暮らすものは深い海底に逃げ場所を求めた。

《なぜだ!? こんなことはこれまで一度もなかったじゃないか!》

 叫びも虚しく炎の雨は降り止まず、ついに耳をつんざく轟音と閃光が空から響き、多くの生き物は根こそぎ吹き飛ばされ、これまで以上の隕石が空を覆い、大地は焼かれ、激しく揺さぶられる……まるで天の扉が開かれ、すべてが落ちてきたかのようだった。

 ……それでもいつしか隕石は降り止み、無惨に焼けた大地は静けさを取り戻した。なんとか生き延びたものたちも少し落ち着きを取り戻したが、まだ不安はぬぐいきれない。月が赤黒く輝き、大地が低いうなり声をあげている……何か起こるに違いない。

 動物たちはあてもなく逃げ、動けない植物たちはただ成り行きを見守る……。

 逃げまどいながらも、うなる大地を見上げたものはそれがなんなのか理解できない。

 押し寄せる巨大な津波は垂直にそそり立ち、隕石の襲来からやっとの思いで生き残った生き物を、動植物の区別なく濁流が飲みこみ、深い水底へと引きずりこんでいった。


 ……天変地異が去ってから、はるかな時が流れた。

 地球は洪水と、その後長く続いた激しい噴火によって多くの生き物が絶滅したが、新たに進化した生き物によって食物連鎖が成り立ち、その頂点には恐竜が君臨していた。

 恐竜の躍進に他の種族は脅え、恐竜どうしも力を競い合っている。

 大地は火山で揺れ動き、空は厚い雲に覆われてぼんやりとした太陽の光や月の輝きしか見られなくなったが、地上に暮らすものたちは、その厚い雲が温室効果として気候を安定させていることに興味はない。ただ今日を生き、子孫を残していくことに精一杯だった。

 ……のんびり草を食べていた巨大恐竜は、噴火で起きた火災から急いで逃げようとした際に運悪く地割れに後脚をとられ、骨が折れて転倒してしまった。巨大であることと、腰までろっ骨があるため、体をひねることができず立てずにもがいているところへ、血の匂いを嗅ぎつけた小型恐竜の群れが現れた。

 小竜は動けない獲物に生きたまま牙をむく。巨竜は追い払おうと長い首や尻尾を振り回したが、素早い動きと数の多さにはかなわない。それでも生きるため必死で抗ったが、もはや抵抗にすらならない。なんとか動く首をもたげ悲痛な叫びをあげたが、それはこの地上で繰り返されている小さな声として消えていく。

 ……ピクリとも動かなくなった獲物を貪り、奪い合う小竜の群れに続き、さらに小型の恐竜が集まり、空には翼竜たちが旋回している。

 小竜たちの食べ残しは、さらに小さな動物たちがきれいに始末し、巨竜の体はたちまち周囲の生き物の糧となった。

 やがてそれらは糞として、この地に生える植物たちの肥やしとなり、緑豊かな大地へ還り、豊かな緑は植物を食べる巨大な恐竜たちを育む……もう何千年、何万年も続けられた当たり前の営み。恐竜たちはこれが永遠に続くと思っていた。

 しかし、その終末は誰も気づかないところから始まった。


 ……最初に徴候があったのは超巨大恐竜たちだった。

 なぜか立っていることさえ苦しく、なんなく支えていた長い首が重い。

 限界まで巨大化していた種族の中の最も大きいものたちが相次いで倒れ、続いてそれほど巨大でない恐竜たちも、めまいを繰り返すようになった。

 幻覚を見ているかのようにヨロヨロと歩き、倒れたものは二度と立ち上がることはなく、それは次々と他の恐竜たちにも広がっていった。

 翼竜たちも飛べなくなったり、飛んでいる最中に翼を支える骨が折れて地面に叩きつけられたりするものも現れる。

 仲間の異常な死に、恐竜たちの誰もが何かおかしなことが、それも、取り返しのつかない恐ろしいことが起こり始めていることを感じたが、それがなんなのか、どうすれば避けられるのかが分からない。

 それでも、これまで永い年月をかけて進化することで何度も危機は乗り越えてきた。今度もきっと生き残れるはず。

 事実、彼らはそれが始まってから倍の時間を生き抜いた。このままなら種族が滅びることはないかもしれないと思えるほどに……。


 ……そう、何か決定的な変化が起こらない限り。

 ……意図的に起こそうとするものが、いない限りは。


《隕石の質量は大丈夫か?》

《計画どおりだ。なんの問題もない》

《軌道は間違いないな?》

《今度はすべての事態を考慮してある。万が一のことにも対処できる》

《永かった……ようやくこれで、この状態から逃れられる》

 繁栄と安定を続ける地球を見ながら、彼らは慎重に準備を進めていた。あの失敗から今まで、地球全体をドームとした計画が進められていたのだ。

 だが、期待にわく彼らの中でただ一人、不機嫌そうに成り行きを見守るものがいることには誰も気づかない。

 それはあの時『彼』から生き物を託されたものであった。

 ……手放しには喜べない。これからすることがなんなのか……だが、それを止めない吾とて、しょせんは同じ。

 地球へ思いを向けると、多くの生命の息づかいが感じられる。

 ……まもなくあの星に再び破滅が訪れる。だが、それが彼の意思だ。だから計画には協力したし、成功も望んでいる。

 期待のこめられた隕石は光の尾を輝かせ、地球に衝突した。

《成功だ!》

《計画どおりだ!》

 ……これであの星はオマエの望んだとおりのものとなる。だが、これで本当に良かったのだろうか……。

 その問いが否定されても、すでに後戻りはできない。

 そして答えが示されるまでには、まだ多くの時間が必要だった。


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