ループする世界なんて、いっそのこと滅びてしまえばいい
何番煎じなのかわからないくらいのクオリティですが、読んでもらえたら嬉しいです。
高校生活の集大成である卒業式が終わり、中身のないくたびれた学生鞄と卒業証書が入った円筒を抱え、早苗は廊下を歩く。
──別離ありきの物寂しさを伴いながらも、明日への希望に満ち溢れた華やかな式典だった。
今尚、各々の教室では別れを惜しむ少年少女らの姿があるけれども、明日から『元』が付くことになる級友たちから早々に離れ、ひとり昇降口へと向かう。
教室と変わり映えのしない光景が繰り広げられている廊下を、堅い表情で進んでゆく。
──今更感傷など感じない。
今更誰かと別離を惜しむほどの感情を──ましてや、特定の誰かと共有するような思い出すら作らずに過ごしてきたのだから当然だろう。
けれど、卒業証書と書かれた薄っぺらな紙が入った円筒を握る手が力んでしまうのは、どうしようもないほどの苛立ちと怒り、……そして恐怖心からだ。
現に、今にも大声で喚き立てたい衝動を堪える為に引き結んだ唇の奥では、ぎりりと歯軋りする音が漏れ聞こえてきそうなほどに噛み締めている。
足早に通り過ぎてゆく景色は、何度繰り返しても──否、繰り返しているからこそ、まるで別世界のように見えて仕方がない。
──早く、速く、ここから抜け出したい!
逸る思いの通りに動かない足が酷くもどかしい。
ようやく辿り着いた自身の下駄箱に、知らず知らずの内に詰めていた息を吐き出してしまうのは、無理からぬこと。……前回は下駄箱に辿り着く前に呼び止められていたからだ。
(これで帰れる……)
じわりと込み上げてくるのは、泣きたくなるほどの安堵感と達成感。そして、やはりどうしても手放せない微量の不安感──。
「──っ!!」
そうして幾度となく味わってきた感情を、まるで嘲笑うかのように──無駄に周囲を警戒しつつ、急かされるようにして開けたちいさな扉の中で見つけた白いシンプルな封筒に息を呑まされてしまう。
そして、円筒を鞄を持つ方の脇に挟んだまま、震える手で開封して目に飛び込んできた字面に、愕然とする。
『 藤堂早苗様。
ご卒業おめでとうございます。
貴女の高校生活最後となるこの晴れの日に、僅かでも構いません。
貴女の貴重な時間を、僕に割いて頂けませんか?
厚かましいお願いだと、重々承知していますが、どうしても伝えたい想いがあります。
式の後にあるHRが終わられましたら、屋上に来てもらえませんか?
この手紙を読んで、気持ち悪いと思われて、捨て置かれる可能性があることは承知しています。
それでも、屋上で待っています。
貴女を待っています。
早瀬和臣。 』
手紙の最後に記された今回の妨害者である美化委員会の後輩の名に、これまで張り詰めていた四肢の力が急速に抜け落ちてゆく。
どう足掻いてみせても、結末を迎え入れなければならない運命なのだろうか──。
幾度となく味わってきた絶望が、再び悪意を伴って襲い掛かってくる。
何故ならば、この手紙を無視したくても、とある情景をこの目で見るか聞くかなりしなければ、学校から出ることが叶わなくなってしまったからだ。
(──どうして……っ!?)
絶望が再び苛立ちへ、苛立ちは怒りへと感情の階段を最速で駆け上るのと同時に、ぐっと握り締めた手の内で、紙のひしゃげる音が立つ。
何故ならば、学校という狭いコミュニティーで過ごす中で、完全に排除できないなりに、他者を切り捨ててきたはずだったのだ。
(……それなのに、どうして邪魔が入るの?)
胸の裡で渦巻く御し切れない感情が零れ落ちる。
それはやるせなさであり、哀しみであり、……既にそれらを受け入れている──受け入れざるを得ないと割り切ってしまっている諦観でもあった。
けれど、このまま立ち止まっていても仕方がない──。
重苦しい嘆息をつき、手紙を鞄にしまいながら踵を返す。
無論、向かう先は屋上だ。ここで無為に時間を過ごしても、この世界のえげつない強制力が発動するだけなのだから、決定付けられた流れの通りに行動するしかないのだ。……とはいえ、初めて受け取る異性からの呼び出しの手紙だと言うのに、恋愛面でまったく心が動かされないことにも問題があるのかもしれない。
しかしいくら他者を遠ざけてはいても、向けられる好意に唾を吐くような人でなしではないつもりだ。
思っても見なかった相手の名に驚きと戸惑いはあるけれど、正直嬉しく思う。
けれど──。
屋上に出る為の重い扉を開けた早苗は、射し込む陽の光に目を眇めさせた。
「──藤堂先輩」
何度か目を瞬かせて明るさに慣れた頃、まるで見計らったように掛けられた若い声。それも、出入り口の建物の左側──やや後方の左側から聞こえてきたことで、僅かに鼓動が跳ねてしまった。
道理で前方や左右を見渡しても姿が見えなかったはずだと、無意識に詰めていた息を吐き出した早苗は声の主へと向き直る。
「早瀬君、驚かせないで」
「すみません。……手紙を読んだ先輩がそのまま帰宅されてしまうんじゃないかって、ここから昇降口を見下ろしていました」
死角からの不意打ちに不快感を滲ませた早苗の言葉に、苦笑を浮かべた早瀬は素直に謝ってきた。
特別秀でた容貌をしているでもなく、また目を惹く華やかさもない早瀬の無害かつ人懐っこいその笑顔に、早苗は毒気を抜かれてしまう。
「そう、ここから見張っていたのね」
「……見張ると言うよりも、確認ですね」
早瀬が立つフェンス側へと歩を進めた早苗に、弱々しい声色の訂正が入る。
「──で、わたしに話って、何?」
フェンスに手を掛け、人の出入りがまばらになった昇降口を見下ろしながら、早苗は切り出す。
「藤堂先輩」
意を決した早瀬の声に誘われて首を巡らせば、真っ直ぐにこちらを見つめる目と目が合った。
「先輩とは委員会でしか接点を持てませんでしたが、一年間ずっと藤堂先輩のことを見てきました。……好きです。僕と付き合ってもらえませんか?」
手紙を受け取ってから予想していた通り、早瀬から告白をされた早苗は、首だけでなく、身体ごと彼に向き直る。
──そうして、背後に人の気配を感じた。
『俺に話があるって、何だよ』
『……とても大事な話だよ?』
早苗もくぐってきた屋上へと出る重い扉が開かれるのと同時に聞こえてきた男女一組みの声が、その場を支配する。
対峙した相手を突き放すような強い口調なのに、どこか上擦った声色で問う少年と、やや緊張しているのか、僅かに震える声音で、それでも意を決した者が持つ真摯な口調で答える少女──。
それも、屋上の出入り口である建物の向こう側──早苗と後輩の早瀬とが対峙する方向とは真逆な為、お互いに姿は見えない中、なんとも甘酸っぱい会話は続いている。
明らかに込み入った話をしている後続者たちの声を聞いてしまえば、広く状況把握ができる先行者が自然と口を閉じらざるを得ない状況となるのも仕方がない。
事実、第三者たちの出現に──それも相手の会話が筒抜けなことから、動揺を隠せない早瀬はしきりと視線を泳がせ、声なく口を開閉させている。
焦りと困惑、そして羞恥に顔を赤らめる早瀬を見つめながら、早苗は内心溜め息を漏らした。
障害物がほとんどない屋上で唯一と言っても良い奇跡的なこの立ち位置に、ループする世界の悪意を感じたからだ。
『──いつも傍にいてくれたね。それは距離だけじゃなく、気持ちも近過ぎていたから、この想いが親愛なのか友愛なのか、それとももっと特別な想いなのか、わからなかった。……だけど、やっとわかったの。わたしは貴方のことが好き。幼なじみである貴方が──佐々木武が好き』
『あ、愛香……っ』
(隣りのクラスの佐々木武、か。……姫宮さん、今回は幼なじみとくっついたのね)
無意識の内に詰めていた息を細く吐き出した早苗は、これまで様々な相手とハッピーエンドを迎えてきた同じクラスの女生徒である姫宮愛香が、一番身近な相手との恋の成就を果たしたことを悟る。
(初めてこの世界に違和感を持った時のお相手は、生徒会長の大賀誠だった。その次の相手は、女好きで有名な加川桐哉。そのまた次の相手は、病弱で留年していた雪城総一郎。そして、佐々木武の前の相手は、風紀委員会の顧問である遠藤恭祐……)
何度も繰り返される高校生活。そして迎える卒業式で必ず誰かと結ばれる姫宮愛香。
また、何の巡り合わせか、ただの一クラスメイトである己が、彼女の恋の成就を見聞きする羽目となる。……どれほど抗ってみせても、誰かしらの妨害が入り、姫宮愛香が迎える結末を影で見守らねばならなくなるのだ。
そうして一週間か十日ほどの猶予が過ぎ、再び高校一年目の入学式へとループする。
──これも、すべて予定調和だと言うのだろうか?
(これまでも、……これからも?)
意識と無意識の内に忌避していた考えに至った早苗は、一気に血の気が引く感覚に眩暈がした。
ちかちかと点滅する視界に、足元はぐらぐらと波打つ。
込み上げる吐き気に思わず両手で口を覆った。
「──っ、藤堂先輩……っ」
早苗の異変に気付いた早瀬が酷く焦ったように──それでも第三者たちに聞き咎められないよう配慮した音量で声を荒げて、傍へと駆け寄ってきた。
心配げなその表情、背中に添えられた気遣わしげなてのひら──。
何度も見てきた。
何度も聞いてきた。
姫宮愛香の恋の相手は、毎回違っていた。
(……気持ちが悪い)
これまで様々な妨害者が早苗を阻んできたが、今回初めて告白という手段で妨害されたことで、積もりに積もっていた不振感と嫌悪感が爆発する。
「──ん輩、藤堂先輩っ、大丈夫ですかっ?」
ふと気が付けば、早瀬の声の音量が戻っている。
尚も心配げに声を掛けてくる早瀬を見る限り、姫宮愛香たちが屋上から離れたのは、だいぶ前のことなのだろう。
(……当然よね。だって姫宮さんは、わたしのことなんか歯牙にも掛けていないもの)
一年と三年目と二回同じクラスになりはしたけれども、万人受けする可愛さを体現する姫宮愛香と、特別美人でもなく、かと言って目を惹く華やかさもない己とは、仲良くするグループが分かれるのも当然だった。
こちらはこんなにも意識させられているというのに、向こうはまったくの眼中外で──。
「……ふ、ふふふ、ふ……」
「藤堂、先輩……?」
訝しげに声を掛けてきた早瀬に、早苗は顔を見合わせる。
(──ああ、おかしい。何もかも、狂っている)
ふつふつと込み上げてくる嘲笑は、一体誰に向けてのものだったのか──。
「ねえ、早瀬君」
初めて発する自身の猫なで声に、早苗は満足げに微笑んだ。
「……は、い?」
早苗の纏う雰囲気が激変したことに動揺する早瀬は、射抜くような眼差しから視線を外せないまま、返事をする。
「わたしのことが好きって、本当?」
艶を増した早苗の微笑に、無意識下で唾を飲み込んでしまう。
「……ほ、ほんとう、です」
「そう、嬉しい」
どうにか紡いだ返答に対して、艶やかに笑って見せた早苗が急に距離を詰めてきた。
「せ、先ぱ──」
唇を塞ぐ柔らかな感触。そして、驚きに見張る視界に映り込む早苗の顔──。
その顔は、今にも泣き出しそうな表情だった。
このまま続きを書くとムーン様行きなので、ここまでです。……明日仕事なのに、こんな時間まで起きてるなんて(汗) 遅刻しないで起きられますように! 活動報告は、昼休みに書きたいと思います。お休みなさい。