第2話(夏の終わり)
もうすぐ夏が終わる。
僕は夏の終わりが一年で一番切なくなる。
小さい頃からそうだった。
夏休みが終わるせいかもしれないが、夏の終わりは胸が苦しくなる。
夏の思い出たちが、僕に向かってバイバイしているようだった。
夏休み、自転車でトンネルの中を走った中学時代。
トンネルを抜けると、別世界が広がっていた。
顔を見合わせてみんなで大笑いした。
みんな顔が排気ガスで真っ黒になっていたっけ。
河原で花火をしたあとに、誰かが服のまま川に飛び込んだ。
そのまま全員がびちょぬれになった。
服のまま川に入ったのは、あれが最後だった。
置いてあった原チャに乗り、風に吹かれたときのあの気持ちよさを僕は忘れない。
あの日の夜空の星も、あの橋からの景色も、あのキラキラした気持ちも。
いつのまにか、やんちゃもしなくなり、少しずつ大人になる。
大人になることと、秋に近づくことって似ている気がする。
夏の思い出は、なぜが馬鹿騒ぎして大笑いして、羽目を外した思い出ばかり。
秋になると、夏の後片付けが待っていた。
友達の1人は、夏に海で出会った彼女との関係を終わらせるために学校を休んで謝りに行った。
夏にしたやんちゃがばれて、先生に怒られるのもこの季節だった。
夏の日焼けが少しずつ薄くなることが、切なくて寂しくて胸がキュンとした。
日焼けの跡が消える頃には、夏が思い出になる。
この夏のことも僕は一生忘れないだろう。
ユキとの夏―
結婚式場の下見や、ウエディングドレスの試着、新婚旅行の計画。
どれもこれもが、今しかできない貴重な体験だった。
初めて試着した新郎の衣装を着た時のあの恥ずかしさ。
美しすぎるユキのウエディングドレス姿に、見とれてしまったっけ。
並んで写真を撮られて、言われるがままにポーズを取ってた。
結婚式の料理や、テーブルの花、テーブルクロスの色から柄から・・・
決めることは山ほどあるのに、なぜかウキウキして楽しい時間だった。
式の半年前には、きっと完璧に全てが決まっていることだろう。
ウエディングプランナーさんは、あまりの早さに驚いていた。
社会人と違い、平日も時間の作れる学生の強みであろう。
学校の方も、落ち着いてきた為僕はバイトを始めた。
今までのバイト経験というと、高校時代にちょこっとした小遣い稼ぎの為にサッカーのコーチをしていたくらい。
バイト イコール コンビニ という僕の勝手な思い込みで、家の近くのコンビニで働き始めた。夕方の4時から夜8時まで限定で、ユキとの時間にも差し支えない。
バイトから帰ると、エプロン姿のユキが僕を玄関で迎えてくれる。
おかえり〜と小走りで僕に抱きついてきて、おかえりなさいのチューする瞬間が幸せ。
結婚生活が始まっても、こんな幸せな毎日が僕を待っている。
結婚したらおしまいだ、なんて言う人も多いけど、僕にはそうは思わない。
幸せな夫婦って思っているより多いんじゃないか。
実際僕の周りを見ても、僕の両親といい、水野さんといい、寛太の所も仲が良い。
結婚って僕には、とても素晴らしいものだって思うんだ。
ユキと2人で、結婚準備に忙しくしたこの夏を僕は一生大事にしたい。
そして、いつか子供が生まれたら話すんだ。
「ねぇ、ハルもちゃんと考えてよ!!」
ユキにほっぺをつねられた僕。
「ごめんごめん。もう夏も終わりだなってしみじみ考えてたんだ。」
「もう、ハルはしみじみが好きなんだから・・。入場曲は、絶対コレが良いと思うんだけど、どうかな?」
結婚式でかける音楽を決めるという、最終段階に入った僕らの結婚準備。
ユキが入場に選んだ曲は、ディズニー映画の曲で何度か聞いたことがあるような素敵な曲だった。
「うん。いいね。なんか泣きそうな曲だな・・。僕やばいかも。」
「え〜?入場から泣くの?ハルが泣くから、入場はゆうじ君の歌やめたんだよ。」
「そうなの?でも、入場以外ほとんどSpring snowじゃん。」
「両親への手紙の時の歌は、もちろん『絆』だからね。」
ゆうじが、ユキとユキのお父さんの為に作った歌が『絆』だった。
僕や、ゆうじの周りの人々の生活にあいつの歌は必要不可欠。
ふとした瞬間に聞きたくなる。
「ねぇ、ユキ。今更だけど、このまま僕1人で決めちゃっていいんだよね?」
僕は、以前水野さんから聞いて不安になっていたことを切り出す。
まさか、やっぱりハルだけじゃ嫌!なんて答えが返ってくるはずもないんだけど・・・。
「どうしたの?ハル?大丈夫?」
ユキは僕のおでこを、そっと触る。
「水野さんに言われた事があるんだ。最初に付き合った相手と結婚できるのは素敵なことだけど、お互いに相手しか知らないっていうことに不安を抱くときが来る・・って。」
ユキは、首を傾げて間の抜けた顔で僕を見る。
「ん〜??どういうこと?私に、いろんなオチンチンを見ろってこと?」
僕は、失笑してしまった。
「ま、まぁ・・・単刀直入に言えばそうかも知れないけど・・・。他の男ってどんなんだろうって思ってしまう時があるんじゃないかってことかな?」
「もし、そんなこと思う時が来たら・・それはハルの責任じゃん?ハルが今のままいい男でいてくれたら、そんなこと有り得ないよ・・!!」
ユキは、プ〜っと膨れた顔をして冷蔵庫へ飲み物を取りに行った。
オレンジジュースの入ったグラスを2つ持ちながら、僕の隣に座る。
「ハルは?」
もしかして、少し不機嫌?
ユキは、鋭い視線で僕を見た。
「僕は、その場で水野さんに言ったよ。有り得ないって!!僕にとって、ユキが唯一の存在なんだ。ユキ以外なんて・・・しかも、気持ちのない行為ほど空しいものはないって思う。だから、風俗とかにも興味ない。」
ユキの鋭い目にびびった訳ではないのだけど、僕は熱く語ってしまった。
「ふ〜ん・・そっか。良かった。しかも、私がハルしか経験ないってどうしてわかるの?」
・・・・・??
思わぬ発言に眩暈しそうになった。
「え????どういう意味?僕が初めてだよな?」
「くくくく・・・冗談だよ。ハル、かわいいねぇ〜。」
ユキは僕の髪をくしゃくしゃにしながら笑った。
「マジで??・・・タケと・・何もなかったよな?」
僕は、恐る恐る聞いて見たが、ユキは目をそらしてトイレに行ってしまった。
これは、何かある。僕はそう感じ、トイレの前から叫んだ。
「お〜い。ユキ!!時効にしてやるから、話してみ〜〜!!」
「エッチ!!おしっこの音聞こえるからあっち行って!!」
「嫌だ!!話してくれるまで、ここ動かないから。」
僕は、内心すごく不安だった。
時効だと言ったけど、もしタケと何かあったとしたら、僕はショックで泣いてしまうかもしれないと思った。
「・・・ハルと連絡取れなかった時に、私学校で泣いちゃったの。車の免許の合宿なんて知らなかったし、もう嫌われたのかと思って・・・」
「うん・・。それで?」
「その日に、タケが家まで送ってくれて・・・泣くほど辛い恋愛ならもうやめろって言われたの。俺じゃ、代わりになれないか?って。私、タケの事は友達としてしか見ることできないって言ったんだ。・・・そしたら、キスされたの。これで、男として見れる?って・・・」
「・・・・・キス・・・か。 アイツ・・・・ムカつく・・・」
キスだけで終わってくれと祈っていた。
「その時に、私わかったんだ。私はハルしか嫌だって!好きじゃない人とのキスがこんなにも嫌なものだって知らなかった。ハルとのキスは、あんなに幸せなのに、タケとのキスは辛くて涙が出た・・・そのまま走って車を降りた。ごめんね・・」
「・・・そか。話してくれてありがとな。無理矢理されたんだから、ユキは悪くない。泣かせた僕が悪かったんだ・・。」
ガチャ・・・
トイレのドアが開いて、ユキが僕に抱きついてきた。
「ごめんね、ハル。一生ハル1人の私だから・・・」
「僕もユキだけの僕だよ。」
「絶対浮気しないでね。浮気したら、私・・消えるよ。」
僕は、トイレの前でユキを抱きしめて、キスをした。
何度も何度も夢中でキスをした。
頭に浮かぶタケとのキスシーンをかき消すように・・・。