第10話(もう泣かない)
この日をこんな気持ちで迎えることができるとは思わなかった。
快晴の青空の下、僕らはライブ会場へと急ぐ。
いわし雲が広がるさわやかな空は、僕たちのようだった。
僕とユキ。
シンと奥さんになる人。
ユミちゃん。
水野さんとみずきさん。
そして、教習所で出会った仲間達。
寛太は、大きくなった愛ちゃんを嬉しそうに抱いていた。
山之上さん親子も、来てくれた。
みんな、多くを語らず、ただ、時間が来るのを待っていた。
センター1列目。
こんな特等席を用意してくれた大野君は、この日を楽しみにしつつ、来なければいいとも思っていた。
乗り越えた壁は、大野君の自信となるだろう。
映像のゆうじとの対面。
緊張が走る。
会場にブザーが鳴り響き、開演アナウンスが聞こえた。
ゆきと僕はしっかりと手をつなぎ、息を飲んだ。
真っ暗なステージに、白いスライドが下りてくる。
そこに映し出されていたのは、僕たちの大好きなゆうじだった。
「こんにちは・・Spring Snow の大野です。今日は、久しぶりのゆうじとのライブ、楽しんでいってください。」
僕たちのよく耳にする曲たちが、ゆうじによって歌われる。
大野君は、ギターのみの演奏でまるでゆうじがいるかのように、ゆうじに視線を送る。
映像の中のゆうじが笑う度、胸の奥が締め付けられるようだった。
そこにゆうじが帰ってきたような錯覚に襲われる。
叫び声のような泣き声が響く。
ただ大野君はギターを弾き、涙をこらえていた。
5曲目の『絆』を終えた時、大野君がマイクを握った。
「僕は、歌うことが怖かった。ゆうじがいなくなった今、もうSpring Snowではないと自分で感じていた。ゆうじがいてこそのバンドだった。でも、僕は歌うことに決めました。」
大野君は、静まり返る会場を見渡し、最後にゆうじの笑顔にこう言った。
「ゆうじ、お前が僕に歌をくれたんだ。お前の作った歌は・・多すぎる。僕が、これから歌っていったとしても、何年先までもお前の歌で歌えるくらいにな。」
そして、大野君は静かにステージの袖へ下がった。
みんなのすすり泣きが聞こえ、その泣き声がまた胸に響き、泣きそうになる。
そして―
映し出されたのは
ゆうじからのメッセージ・・・
病室から、僕らへ向けられたメッセージが
流れ出す
「みんな!!元気?
このビデオレターをみんなが見ているということは、僕はもういないんだね。
僕は、僕がいなくなった後のみんなが心配で仕方ないよ。
僕は、幸せだった。
後悔はしてない。
僕の人生は、みんなに負けないくらいに中身の濃い楽しい人生だった。
だから・・今日限り、泣くのはやめて。
僕を思い出してくれるときは、みんな空を見て
笑って欲しい。
僕は、病室で、たくさんの歌を作ってる。
僕のいなくなったSpring snowで大野君が歌い続けてくれることを
信じて・・・
大野君の声は素晴らしい。
照れ屋さんだから、なかなか歌わないけどね。
僕が歌いたかったけど、歌えないので
大野君に託します。
聴いてください。
僕の親友と、その彼女へ捧げる歌です。
『僕』です。 」
涙が止まらない僕たちを置き去りにして、どんどん話すゆうじ。
おい、ゆうじ。
僕らは、お前の笑顔を見ると
まだ・・泣いちゃうよ。
『♪春が好き
春が好き
新しい始まりの鐘がなる
新しい笑顔に出会う季節
春は人を明るくさせる
春は笑顔を運ぶ
僕は春がすき
雪が好き
雪が好き
真っ白な気持ちを届けてくれる
心の中を風が吹き抜ける
雪はみんなの笑顔
雪はそっとささやく天使
僕は雪がすき♪』
大野君の歌う歌も・・・
心に染み渡る。
ゆうじの気持ちが乗り移ったような
そんな顔してた。
ありがとう!!ゆうじ。
僕とユキを愛してくれて
ありがとう!!!!
僕は、もう泣かないと決心した。