第1話(僕らの上にある笑顔)
1と2を読んでいただいてから、読んでもらえると嬉しいです。感想お待ちしています。
入道雲の間から、ぐんぐんと延びる飛行機雲。
迷う事なくまっすぐに進むその雲に、懐かしい笑顔が重なる。
「もっと長くできないのかな?」
「いいよ。そんなに長いと緊張するし、短くていいの。」
「ダメだよ!ユキはわかってない。バージンロードは父親にとっては、娘が生まれてきてからの思い出を思い出しながら歩く大事な道なの。」
バージンロードの長さで僕とユキの意見が食い違う。
僕は、ユキとお父さんを少しでも長く歩かせてあげたい。
いろいろあった親子だから、よけいにゆっくりと歩いてほしいというのが僕の願い。
こんなに早くに娘さんをもらってしまう僕からのせめてものお父さんへの償いの気持ち・・。
その式場では、それ以上長くできないとの事で僕はがっくりと肩を落とす。
僕は、まだ21歳という若さだが、運命の相手との結婚を決めた。
彼女以上の女性はいないと、出逢ってすぐに気付いてしまった。
「ねぇ、お腹減った・・。ケーキ食べない?」
「はいはい。いつものモンブランだろ?」
ケーキが大好きな僕の彼女は、結婚式の準備がとても楽しいようだ。
彼女の名前は、春瀬ゆき。
そして・・・もうすぐ『神宮司ゆき』になるんだ。
僕は、神宮司ハル。
世界一の幸せ者だと毎日のように感じながら生きている。
地球の長い歴史から見れば、僕とユキの歴史なんて、ほんの一瞬かもしれない。
高校で出逢った僕らは、大事に大事に愛を育ててきた。
少し早いと言われるかも知れないけど、僕らは次の春に結婚する。
この結婚を誰よりも喜んでくれた人がいる。
僕らのことをいつも見守ってくれる優しい友。
彼は、毎日僕に語りかける。
雨上がりの虹のように、曇り空から差し込む一筋の光のように・・・。
彼のことを考えない日はない。
彼は、自然にそこにいる。
僕らの上にいて、僕らを照らし、僕らを導いてくれる。
彼の歌は、今も多くの人々の心に響く。
彼の声は、永遠に僕らの心の中に残る。
なぁ、ゆうじ。
そっちの世界は、笑顔が溢れているのかい。
人々は、幸せそうに笑っているかい。
お前が夢見てた、笑顔の絶えない世界は見つかったかい。
辛い時こそ、笑顔で前を見て歩く。
ゆうじから教わった生き方。
彼は、急ぎ足で天国へと旅立って行った。
でも、彼は言う―
「寂しくなんかないよ。いつでも僕はそばにいるよ」
『Spring Snow』としてデビューした僕の幼なじみのゆうじと大野君はまだまだこれからだった。
着実にファンを増やし、人気が出て来た矢先のゆうじの休業宣言。
そして、戻ってくると信じてたファンを残してこの世を去った。
あまりに早い死を、誰もが受け入れられずにいた。
入院中、1番辛かったはずのゆうじは決して弱音を吐かず、辛い顔をしなかった。
人の悲しい顔を見る事がなによりも苦手だったゆうじ。
みんなを残して死んでしまったことは心残りだっただろう。
僕はゆうじとの思い出をいつも思い出した。
ゆうじの笑顔が色褪せないように、何度も何度も頭の中に焼き付けた。
「またしんみりしちゃって・・ゆうじ君に怒られるよ〜!」
大好きなモンブランを頬張りながら、僕の手に触れるユキのぬくもりで僕は現実に戻る。
「そうだな。もうすぐ追悼ライブだしな。あいつも楽しみにしてるだろうな・・。」
「うん!!やっとライブ実現するんだもんね。」
夏に予定されていたゆうじの追悼ライブは、秋に延期になった。
ゆうじの残した曲は、あまりにも多かった。
ゆうじの書き残した歌詞は、想像以上の量と質だった。
大野君は必死で、ゆうじの想いを受け止めようと努力した。
でも、歌詞を読むと涙が止まらなくなり、練習ができなかったと大野君は話してくれた。
純粋で天使のような素敵な歌詞は、僕の手には負えない、と大野君は泣いた。
彼もゆうじという大きな存在を超えなければならなかった。
ゆうじの歌を歌うということの喜びと、自分にそれを歌う資格があるのかという苦しみにも似た気持ちが、大野君を追い詰めていたのかもしれない。
もう追悼ライブはできないと言った夜、大野君はゆうじからの手紙を見つけた。
「僕が死んでしまったら、このノートは大野君の物です。捨ててくれても構わない。大野君が幸せになることが僕の願いだから、大野君の決めた道に進んでほしい。最後まで、迷惑ばかりの僕だけど、これからもよろしく!」
大野君は、涙を拭いて、大きな第一歩を踏み出す決心をした。
泣いてなんていられない。
ゆうじの意思を継いで、歌い続けるのは自分しかいないんだと、大野君は走り始めた。
秋に行われるライブでは、映像でゆうじを映し出し、その横で大野君が歌うという不思議な構成になるらしい。
今まで通り2人の歌を聞くことができることはとても嬉しい。
でも、そこにいるのは映像のゆうじ・・・
それは、僕らにとって嬉しいような悲しいようなとても複雑なライブになることを予感させた。
動いているゆうじ、歌っているゆうじを見ることで、まるでゆうじがそこにいるかのように感じることだろう。
しかし、ゆうじはそこにはいない。
「いっぱい泣こうね。」
ユキは、僕の心が読める。
僕とユキは、少し涼しくなった夏の終わりの夜道を手をつないで歩いた。