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オセロ風景〜坂道と図書室  作者: 霧島まるは


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5.花火

「こんにちは、伊藤さん」


「こんにちは、あずま先輩」


 針のむしろとは、このことだ。


 カウンターに座る彼を前に、菜々は声のトーンを抑えながら、借りていた4巻を差し出した。


「次は5巻でいいのかな……吉野さん、君も何か借りていく?」


 返却処理をしながら、彼は自然に菜々の横にいる彼女の名を呼んだ。


 知り合いなんだ!?


 その事実に、菜々は驚いていた。


 しかし、おかしい話ではない。雅は菜々よりも、図書室に出入りしているのだ。


「……名乗りましたっけ、私?」


 怪訝の視線を隠しもせず、吉野は先輩にそう問いかえす。知り合いという説は、これで消えたようだった。


「ああ、ごめん。図書カードには名前を書いてもらうから、よく借りに来る人の名前は、自然に覚えてしまってね」


「そうですか、別に構いません。菜々、私ちょっと本を探してくるわ」


 先輩の答えに、彼女は至極棒読みの反応だった。


 興味を失ったように、本の林の中へと消えていく。


「怒らせたかな?」


 そんな彼女の背に、東先輩は小さく呟いた。


「あ、いえ、雅は人見知りするんで……怒ってるとか、そんなんじゃないです」


 慌てて、友人を弁明する。


 人見知りと言えば聞こえのいい、大衆嫌いなんて、彼に言う必要はないだろう。


「そう、それはよかった。5巻だね」


 処理の終わった4巻を手に取り、東先輩はいつもの棚へと向かう。


 菜々は、ちらりと違う列にいる雅を見た後、彼についていった。


「『千代女』は、おもしろかった?」


 肩越しの問いかけに、菜々は一瞬言葉に詰まった。


 雅が、頭の半分に座っていたため、すっかりそれのことを忘れていたのだ。


「おも……しろかったです……というか、痛かったです」


 言いかけた言葉を止めて、菜々は素直な気持ちを口にした。


 うわっつらの言葉で答えたくなかったのだ。もし、そうしてしまったら、昔の自分を否定している気がしたから。


「そう……だね。あれは、僕も痛かったな」


 意外な返事に、菜々はびっくりして彼を見上げた。


「え、でも、あれ、女の人の話ですよ?」


 思わず出てしまったリアクションは、自分をいくら呪っても呪い足りないもの。


 誰がどの作品を読んで、どんな感想を持とうとも、その人の自由だと言うのに。


「そう、僕は結構女々しいんだよ」


 なのに、東先輩は小さく笑ったような声で答える。


 4巻が元の場所に収まり、5巻が抜き出される。


「貸出受付をするね」


 先輩は、菜々の横を通ってカウンターへと戻っていく。


 その背中に、彼女は何と言ったらいいのか、分からなかった。


『ごめんなさい』だろうか。それとも、『そんなことありません』だろうか。


 どの言葉を紡ぐにも、菜々は彼のことを知らなすぎるのだ。


 物静かで優しい、図書室の人。


 勝手に菜々の中で、恋焦がれる気持ちは増えていくものの、彼の情報は何ひとつありはしない。


 彼が二年生であり、あずまという名前であること以外、何も知らないのだ。


 だから黙って、カウンターの前で貸出し手続きが終わるのを待つ。


「聞かないの?」


 本の裏表紙を開き、図書カードを抜き出しながら、彼は言った。


 何のことか分からずに、菜々は首を傾げる。


「今日は、僕の好きな小説は……聞かないの?」


 問われてはっと、それを思い出す。


 そして、その後で驚いた。


 菜々のその言葉を、東という男は、何ひとつ面倒なこととは思っていなかったのだと伝わってきたからだ。


 いつもと違う菜々に、そう促すほど。


「あ、あの、どれが好きですか?」


 菜々は、絡まる唇を開いていた。


 どきどきしていた。


「5巻は、『花火』かな……タララ、タ、タタタ、だよ」


 東先輩は不思議な呪文と共に、本は菜々へと手渡した。少し楽しそうな目だ。


 それはどういうことなのかと、菜々が前に身を乗り出そうとした時。


「『人を殺したくなりにけるかな』」


 彼女の後方から、おどろしい女の声が聞こえてきて、ひっと飛びのく羽目となる。


 いつの間にか、カウンターに雅が戻ってきていたのだ。


「石川啄木だね。『一握の砂』を探しているのかい?」


「ええ、お願いします。何だか、人が殺したくなったので」


 先輩と雅の間で、菜々にはよく分からない攻防が繰り広げられていた。


 物騒な言葉が出たが、どうやら歌らしい。


「ちょっと待ってね」


 カウンターを立ち上がった東先輩は、太宰とは違う棚の列へと入っていった。


 取り残されるのは、菜々と雅。


 いや、違う。


 雅が、菜々をここに取り残したのである。


「あんな白いのがいいの?」


 案の定、鋭いツッコミが始まった。


「し、白って……東先輩に失礼な事言わないで」


 菜々の肌は、日焼けで真っ黒だ。


 それは部活の関係上仕方のないことだが、人に欠点のように言われたくなかった。


 東先輩の肌の色も、同じに違いないと思ったのだ。


「あら、ごめん。でも、やっぱそうなんだ……『図書室の君』ね。菜々の相手にしては、ひ弱そうでケチをつけたくなるわね」


 本を持って戻ってくる東先輩を見ながら、はふと雅はため息をついた。


 ケチをつけるも何も、まだ相手にもなっていないのだ。


 ようやく名前が分かって、会話が出来る程度。


「そ、そっとしといて」


 菜々には、そう言うしか出来なかったが、雅の性格上、そっとしてくれないんだろうな、ということは分かってしまった。



『「わしゃ知らん。」タララ、タ、タタタ、廊下でタップ・ダンスの稽古けいこをして、「返さない男じゃねえよ。我慢しろよ。ちょっとの間じゃねえか。」』


 タララ、タ、タタタは──タップ・ダンスの音だった。



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