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6つめ 客室付き

視線なんて、気にしたら負け。

リタは浴びせられる好奇の視線のことごとくを打ち払うように、もくもくと作業を進める。

磨き終われば次の窓へ。磨き終われば次の窓へ。

客室と担当を宛がわれ、正真正銘客室侍女となったリタではあったが、未だに窓の拭き掃除を手伝っていた。

隣にいるチュチェが相も変わらず心配そうに、脚立を降りて次の窓へと向かうリタを見ている。


正確には、リタの頭の上を。


アークと名付けられた翼竜の子供の世話を命じられて早一週間ほどになり、リタの担当は三匹にまで増えている。

翼竜のアーク、それに子猫が二匹だ。

子猫と言っても、すでに部屋の中を駆け回れる程度には成長しているため、そこまで手がかからない。

なので、一日中三匹の世話をしていられるほどの仕事内容があるわけでもなく、リタは自ら侍女長へ願い出て、空いた時間に手伝いをさせてもらっているのだった。

そんなわけで今頃は、子猫たちは客室にある寝クッションで逆さまになって伸びているだろうし、アークはといえば、ご機嫌に尻尾を振っているだろう。

その、ご機嫌に尻尾を振っている姿を、リタはガラス窓の反射越しに見た。

リタの頭の上に鎮座する、少し大きな爬虫類。

しがみつかれているわけでもないのに何故か頭から落ちる気配もなく、尻尾が左右に揺られているのを通行人たちが興味深げに見つめていく。


――何か考えていては、悪態ばかりになってしまう。無心だ、無心。


チュチェによれば、この珍しい翼竜乗せ侍女の噂はそこそこ有名になってきているらしく、わざわざ移動中にその姿を探す人も少なくはないのだとか。

リタとすればそんなこと一笑に付すところではあるが、実際問題、通行人は多い。

立ち止まってまで注目する輩はほとんどいないが、それでもこの視線の多さに居心地の悪さを感じる。

これがただ、翼竜に対する好奇の視線であることは幸いだ。リタ自身が多くの注目を受ける場面というのは、いつだってそれはリタにとって不幸の始まりだったのだから。



窓の拭き掃除が終わったのは夕刻に差し掛かる手前のことだ。

チュチェと手分けして掃除道具を片付けると、侍女長に業務終了を報告する。

とはいっても、客室侍女のリタはこれで今日の仕事が終わるわけではない。

部屋に戻ったら、お転婆子猫たちの様子を見なければいけない。場合によっては掃除も必要だ。

「……よし」

気合を入れなおして、部屋に戻る。後ろからはチュチェが鼻歌を歌いながら着いてきている。

どうやらチュチェは大の猫好きらしく、仕事が終わると毎日のように部屋に寄っていくのである。

リタが部屋の掃除をしていると「構ってくれ」とばかりに飛び掛ってくる子猫たちの相手をしてくれるから意外とありがたく思ったりもする。

今日は大人しくしてくれているだろうか。

そんなことを思いながら廊下を歩いていると、見覚えのある少女が角を曲がってきた。

「あら、リタ。ごきげんよう」

「食欲増す君もお変わりなく」

白マスクの美少女、食欲増す君と名乗るこの国の王女殿下だった。

リタが立ち止まって返礼を行うと、後ろから付いてきていたチュチェも慌てて立ち止まって頭を下げた。

王女殿下は下げられた頭を順に見比べて「あぁ、そういえば」と口にした。

嫌な気配を感じて、リタは下げた頭を元に戻しながら眉を顰めさせる。

「そろそろ子猫の様子を見に行こうかしらね。あの頃の子猫はすぐ大きくなってしまうから、今のうちが見納めだもの」

どうしてこの国の王族はこう、フットワークが軽いのだろう。リタは甚だ疑問に思う。

「あああ、あの! リタ、わ、私用事を思い出したから帰るね! 王女殿下様、失礼します!!」

「あ」

声をかける間もなく、全力疾走で来た道を引き返してゆくチュチェの後姿に、伸ばしかけた手を下ろす。

いくらなんでも、その態度は失礼だろう。

「申し訳ありません、私の連れが」

「良いのです、リタ。謝る必要など、ないのです」

王女殿下は少し寂しそうに、そう言って微笑む。

噂話に煩いスズメたちは、王族と度々交流しているリタに対して、お節介な世話焼きを押し付けてくる。

まるでそれらが事実であるかのように言い募り、こちらの話も聞かずに去っていく。

幾度かの付き合いを経て、リタはアーティレット王子も王女殿下も噂とはかけ離れた人間だということを認識している。

けれど、それが全ての人に共通のものでは、決してないのも事実なのだった。






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