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3つめ 食欲増す君

『暴食の君』とどちらにするか迷った挙句こちらにしました。

 視界の隅で、朝の冷気を含んだ風が柔らかそうな雲を追い散らしていく。

 快晴である。

 旅立ちに相応しい晴天に、思わず自嘲が漏れる。

 追い出されるだけだ。旅立ちなど、口にすることもおこがましい。何より大牛様に不敬だ。

 元々、身一つでこの屋敷へやって来たリタである。出ていく時に持っていく荷物は少ない。

 一抱えの鞄が一つ。

 その中に衣服を含めた全ての私物が納められ、それを両手でぶら下げている。

 葬儀の翌日、朝一番に王子が迎えを寄越すということで、リタは大慌てで身支度を整えた。

 迎えには使者が来るのだろうが、仮にも王子の使者である。

 万が一にも待たせることがあってはならぬと、リタは四半刻ほど前から屋敷の前でその到着を待っていた。

 お陰で若干、いや結構な暇である。

 リタはため息を一つして、背後の屋敷を見上げた。


 まだ細かな後始末が残っているということで屋敷にはラクシスが残ってはいるのだが、主を失った屋敷はただ大きく、寒々しくリタの目に映る。

 大牛を失い、リタが去り、ラクシスも去って、そしてまた別の誰かがこの屋敷へ入るのだろう。

 屋敷自体にはさほど思い入れはないが、何故か少しだけやるせなかった。


 やってきた使者は一人だった。

 令状を渡して参上を命じるわけでなく、迎えを寄越すということに違和感を覚えないわけでもなかったリタだが、やってきた使者を見てため息を吐かざるを得なかった。

 遠目からでもそれと分かる金髪が朝の光を浴びて黄金色に光っている、かのアーティレット王子。

 昨日、直接屋敷にやってきた時にも思ったのだが、王族にしてはフットワークが軽すぎるようである。昨日の服装を顧みるに、訪問の理由は知らぬが大牛と共に隣国に赴いていたのだろうと推測できる。

 そして今日もそのフットワークの軽さを発揮し、たかが一介の侍女(予定)の迎えにやってきたようだった。


 リタはもう、呆れてものも言えない。

 そうこうしているうちにすぐ傍まで来たアーティレットは、爽やかに笑って片手を上げた。


「やぁ、早いね。表で待ってるとは思わなかったよ。もしかして待たせたかな? さっそくだけど城に行こうか」


 言いながらアーティレットはさりげなくリタの背後に手を伸ばすと歩くことを促した。同時に、自然な仕草でリタの手から鞄を奪い去る。

 リタは驚きに一言も発せぬまま、勤めてきた屋敷を後にすることとなった。


 王都は広いが、大牛が借り受けていた屋敷は中流地区に位置する場所だったので、四半刻ほどで城につくことができた。

 城につくまでの間、アーティレットは「昨日の厳粛な態度はなんだったのか」と思わせるフランクさで喋り通しだった。

 喋り上手ではないリタは、他愛もないそれらに曖昧に相槌を打ちながらも、しかし徐々にイライラを募らせていた。

 フランク、と言えば聞こえはいいが、リタからしてみれば単に馴れ馴れしいだけに感じる。

 親しみやすいのはプラス評価だが、しつこいのはマイナスだ。むしろ昨日の態度の方が高感触に思う。

 優しくされることに慣れていないのだ。

 だから、過去の経験から、嬉しい気持ちよりもいぶかしむ気持ちや疑心のほうが先に立つ。

 リタにとって、優しくされることは何より疑うべきことなのだった。

 そんなリタだから、容易くその忍耐に限界が訪れた。

 アーティレットは急に足を止めたリタを振り返って首を傾げた。


「どうかした?」


 本当に何故リタが立ち止まったのか分かっていない様子だった。

 そんなアーティレットを、生まれ付いての目つきの悪さと身長差のおかげで睨みつけるような格好になりながら、リタは見上げた。


「無礼を承知で申し上げさせていただきますが」


 一呼吸、区切って。


「馴れ馴れしくて気持ち悪いのですが」


 それを聞いたアーティレットは「ふむ」と呟いて、指先を顎に当てて思案し始めた。

 そんな様子も実にいい絵になる王子の立ち姿に、ついうっかり舌打ちしそうになりながら、リタはアーティレットが再起動するのを待った。

 アーティレットは間もなく復帰し、ポーズを解いた。

 そして――。


「リタは僕の(・・)客室付きになるんだから、今から仲良くしておいて損はないかな、と思ってね。大牛が言ったとおり、君は期待できるよ」


 何故かその言葉の中に不穏な気配を感じて、リタは堪える間もなく眉を顰めた。

 その顔を見て、アーティレットは大変嬉しそうに笑うのだった。

 王城は、もうすぐそこまで迫ってきていた。




-----



 アーティレットの顔パスを使いつつ、幅五メートルをゆうに越える濠を越えて王城に侵入すると、たちまち雰囲気が一変する。

 王城はリタが考えていたよりもずっと広く、かつ見かける従者や使用人の数がまばらである。

 その誰も彼もが忙しそうに小走りに駆けていて、アーティレットに気づくと慌てて膝を折って会釈をし、また元の道へ駆け戻っていく。

 人の数が足りていないのかもしれない、とリタは考えながらもアーティレットの後を大人しく着いていく。

 長いコンパスを動かすアーティレットの後を、リタは倍ほどの速度で足を往復させながらついていく。

 広い城内に気を取られ、あちこちに視線を送ってしまうのは恥ずべき行為だとは心のどこかで考えつつも、これほどの広さなのだから早く覚えて迷わないようにしなければ、と言い訳をつけていたリタは、目の前を進むアーティレットの足が緩やかなテンポになっていることに気が付いた。

 彷徨わせていた視線を、進行方向へ向ける。

 長い回廊は両端が開けており、その先に庭園が広がっているようで、緑の青さが僅かに見えていた。

 その庭園を眺めるようにして、回廊の中ほどに一人の女性が立っている。

 落ち着いた色合いをしたスミレのドレスを着ている。繊手をドレスグローブに包ませ、その両の手で日傘を支えている。

 この位置からでは開かれた傘と、そこから覗き見えるスミレ色しかわからないが、どうやら目の前の男と同類であるらしい。

 挨拶をするためであるか、歩く速度を落としたアーティレットに合わせて、みっともなく足を動かすのを止める。

 アーティレットが声をかけるよりも早くこちらに気づいたらしい彼女は、ふわりとドレスに空気を孕ませながら優雅に振り返った。

 改めて見て、小柄な女性だった。結われた長い髪はリボンで二つに纏められて背中へ流されている。纏められていない金色の髪が風でさらさらと流れ、綺麗というよりは愛らしい顔立ちのその女性がにっこりと微笑む。


 ――――ただし、その口元には真っ白なマスクがつけられているが。


 女性は開いていた日傘を折りたたむと、その取っ手を腕に下げる。それからまず、アーティレットを見て、こちらを見た。

 その視線を受けて、柔らかそうなターコイズの瞳が興味深そうにまん丸に広がっているのを見てとって、リタはなんだか嫌な予感を覚える。

 直接拝顔したことはないが、この国の第一王女殿下であることは、先程まで自分の斜め前を進んでいた男と瓜二つなところから間違いはないだろう。

 確か、名は――。


「お兄様、何処に行っていらしたの? それに、その子供は?」


 マスクを身につけたまま、女性は問いかける。マスク越しであるにもかかわらず鈴の鳴るように愛らしい声が染み入る。

 王女殿下に子供と評されたリタだが、大して年齢差があるようには思えなかった。精々一つ違い、十五、六だろう。胸は、密かに勝利宣言を上げた。

「これはリタ。新しい客室侍女にするつもりだ」


 王女殿下は興味深そうにこちらに目を移す。そして、小首を傾げた。


「まぁ、お兄様。今度は人間を拾っていらしたの?」

「思わぬ拾い物だが、実際拾ったわけではない。リタは大牛の屋敷で小間使いをしていたのだ。リタ、これは第一王女の……」

 そこまでアーティレットが口にしたところで、王女殿下が手にした傘を使って、王子の台詞を遮った。


「わたくしのことは『食欲増す君』とお呼びなさい、リタ。皆は私のことをそう呼びます」


 食欲増す君とは蔑称ではないのか、とリタは思ったが、本人が良いと言うのだから、良いのだろう。

 リタは素直に腹の前で両手を組んで頭を下げた。

「リタと申します、食欲増す君」

 顔を上げると、そこに現れたのはマスク越しからでもわかる、満面の笑みを浮かべた王女殿下だった。

 言っては悪いが、少々不気味だ。


 若干の居心地の悪さに目を伏せながら待っていると、頭の上から王女殿下の楽しげな声が降ってきた。

「お兄様、こんな掘り出し物をこっそり持っていこうだなんて、ひどいですわ。よろしければわたくしにくださいませ?」

「何を言ってる、これは俺のものだ。お前には十分な人数の女官をつけてあるだろう」

「それなら、アカツキ以外の女官を下げ渡しますから、リタをいただきます」

 何故か一介の侍女であるリタ――身元も不確かな孤児――を奪い合う見目麗しい王子と、愛らしい――白いマスク付きの――王女。

 リタは、もうどうにでもしてくれ、という投げやりな気持ちを抱きつつも、大牛が亡くなったことも含め、全てが夢だったなら良いのにと嘆息した。









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