逆輸入の男
六年ぶりにニューヨークから帰ってきた兄を、
駅から徒歩5分のところにあるカフェで待っていると、
突然どこか見覚えのある顔をした男が向かいの席に座った。
紫色の花柄ポロシャツを白いパンツにきちんとしまい
赤いリュックを隣の席に大切そうに置いてぽっちゃりしたその男は呟いた。
「久しぶり。元気?」
肩を微妙に弛緩させて、微笑む男。
んー・・・お、おぉ!
じーっと、凝視しながら頭の中でぽんと手を叩いて、男に人差し指を向けて私は思わず尋ねた。
「えっと、ひょっとしておにい?」
(なんだこれは? 今アメリカではやりの悪戯か!?)
「なにを言ってんだよみほ。他に誰だよ、あんまり変わってねぇだろ?」
はははは、と乾いた笑みを浮かべながらテーブルに近づいてきた
ウェイトレスにホットコーヒーと告げてから、運ばれてきた水を一口飲む。
その動作が不思議と長く感じられて、脂汗が背中を伝うのがかなり気持ちが悪かった。
(腹が出てるじゃねぇかよ)
胸中で呟きながら、必死に笑顔を作る。
「あはは、ごめんごめん。3年ぶりだからかな、なんか雰囲気が変わったね」
「ええ!? そう?いひひっひっひっひ」
肩を上下に動かし、おしぼりで額を拭う。
(こんな脂性じゃなかったよね。しかも海外滞在年数も違うし)
私は用件迅速に棲ませようと、本題を振った。
「んで、わざわざ呼んでどうしたの? 父さん母さん待ってるから早くしてよ」
おぉ、そうだった! と、頷いて兄はリュックから数枚の写真を取りだして私に渡した。
見ると、そこには緑色の長い髪をした目の大きい女の子が様々な衣装とアングルで写っていた。
しかもすべてフィギュア・・・シマウマパンツって何だよ(滝汗)
・・・・・・
頑張って全部見てみたけど、
・・・・・・
ぐしゃっ!
(あっ・・・)
気が付くと、私は写真をぐしゃぐしゃに丸めていた。力をこめすぎてがちがちに固まるくらい魂こめて。
兄が私の肩を叩き制止してようやく我に返った。
「ど、どうした!? 救急車呼ぶ?」
「ご、ごめん大丈夫・・・うん大丈夫」
ハァハァ、肩で息をしながら水を飲んで息を整える。
恨みがましい目つきで兄を見たが、本人はケロリと不思議そうな顔をしてこちらを観察している。
落ち着くと、私はこめかみを指先でさすりながら口を開く。
「なによこれ?」
「ぴっぴちゃん、いま向こうで熱いんだよ!
いやオレはマジ驚いたね! ジャパンアニメマジで世界征服してるんだぜ!
ところで! 頼みは他でもない。
これのコスプレしてくれよ? お前さんしかいねえンだ!!
お前さんのボディーで外人部隊を駆逐するのだ!!」
「・・・・・・へー」
不意に、窓の外の景色を私は眺めた。昔の風景が脳裏に流れる。
高層ビル30Fの洒落たレストランに久しぶりに再会した兄妹。
(かつて・・・痩せていて筋肉ムキムキ無精髭がワイルドオーラ満載で
マジに惚れられたセフレに刺されてもくじけなかった兄。
外人に喧嘩売ると言って単身アメリカへ・・・そして6年ぶりの再会)
「あ、そうだニューヨーク土産買ってきたにょにょ♪」
若干背筋がぞわっとしたが、恥ずかしながら私は現金なもので、
横目で兄がリュックをあさる姿をちゃっかり見ていたりする。
おそらくこの瞬間が一番兄との幸せな時間だったのだと私はしばらく思うことになる。
兄が満面の笑みで、私に手渡したのは金色の包装紙に
包まれていて片手で持てるくらいの大きさだった。
「ありがと、開けていい?」
「うん、どうぞ。貴重品だから大事にね」
「うん」
・・・・・・・包装紙を開けた。
思考停止約2秒
そこには、先ほどのキャラクターと同じような作風のカードの束があった。
具体的に一部を言えば、ピンク髪で巨乳な露出女、
10歳以下の少女が修道服を着て涙目で指をくわえているそんなものが50枚ほど。
「なにこれ・・・カードダス?」
「うん、ぴっぴカードダス♪ こっちで出回っていないアイテムでさ~、妹のおぬしにこの秘宝を授けよう」
持つ手をよく見ると脂が浮いていた。
昔付き合っていた男のベットから見覚えのないパンツを見つけたときと同じくらいの嫌悪感。
一応、断言しておくが。そういうのが好きな人たちを軽蔑とかする気は毛頭ない。
それは個性だし、色々な価値観があって善いと思う。
でも・・・でも。
プレゼントを渡す相手の好みくらい考えて渡せと、価値観を押しつけるなと私は兄に叫びたかった。
が、顔を上げて兄を見た瞬間その気は消える。
ブゥゥゥン・・・ブゥゥゥゥン
自分の眉間に皺が寄りまくっていると、分かった。
目の前で行われている行為に、思わず顔をテーブルに
叩き付けて失神してしまいたい衝動に駆られる。
兄は、鼻歌交じりに平然と髭を剃っていたのだ。
さらにその合間に脇の匂いが気になるのかしつこく脇に鼻を近づけて嗅ぐ。
周囲から押し殺したような笑い声が聞こえてくる。店員は困ったようにこちらを凝視していた。
そんな視線や音をそれこそまるででくの坊のように気にせずに作業を続ける。
私が顔を真っ赤にしてずっと向かいの鈍感男を睨め付けているとようやく気づいたのか口を開いた。
「どうした? そんな口ふくらまして見つめてきて。オレ妹属性じゃないって言ってなかったっけ?」
(もう・・・いいだろ・・・もう!?)
私は勢いよく立ち上がると反動で倒れた椅子を持ち上げ叫ぶ。
「問答無用であたしたち一族の前から消えろぉぉ!!」
バキッ!!!!!! ガシャァァァン!!
この日、初めて私は身内を半殺しにした。
END
けっしてオタさんを馬鹿にしているわけではありません。
あくまでネタなので^^;気を悪くしたらごめんなさい。