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ちいさな悪役令嬢リゼット

悪役令嬢は、ぶりっこ令嬢をやっつけますわ!

作者: 夏白 薫
掲載日:2026/09/26

「ふふ……男の子なんて、ちょろいですわ♡」


 その声が鼓膜に触れた瞬間、リゼット・アルヴェインの指先からクッキーがぽろりと滑り落ちた。ぱさ、という乾いた音。幸い膝の上のナプキンが受け止めてくれたが、そんなことはもうどうでもよかった。心臓が、どく、どく、と早鐘を打っている。


 リゼットはゆっくりと顔を上げた。淡い金色の髪が頬をかすめ、大きな青紫色の瞳が、これ以上ないというほど見開かれる。


「……きましたわ」


「リゼット?」


 隣に座っていたアレクシスが不思議そうに首を傾げたが、答える余裕はなかった。リゼットは椅子の脇に立てかけていた扇を、震える指でそっと取り上げる。黒に近い濃紺に、繊細なレースと小さな薔薇があしらわれた、少し大人びた扇。姉のエレオノーラから譲り受けた宝物であり――悪役令嬢の必需品でもある。


 ばさっ、と乾いた絹の音を立てて扇が開く。


「ぶりっこ令嬢ですわ……!」


「ぶりっこ?」


「しーっ、アレクシス様! いま、とっても大事なところですの!」


 扇の陰から覗く目だけが、庭の向こうをじっと見つめていた。芝生の匂いと薔薇の甘い香りが風に混じり、遠くで小鳥が鳴いている。視線の先にいるのは、桃色がかった金髪をふわふわと巻いた、蜂蜜色の瞳の少女――ローズマリー・ベルフォード伯爵令嬢、六歳。淡い桃色のドレスに大きなリボン。今日も文句なしに愛らしい。


 そしてその周りには、五人もの令息が群がっていた。


「ローズマリー、これ食べる?」


「まあ、いただいてもよろしいんですの?」


「僕、もう一個取ってくるよ!」


「まあぁ、お優しいんですのね♡」


 鈴を転がすような声。花がほころぶような笑み。少年たちはその一言ごとに頬を染め、我先にと動き回る。庭には他にも同年代の令嬢が何人もいるというのに、ローズマリーの周囲だけが、見事なまでに男の子ばかりで埋まっていた。


 リゼットはごくりと唾を飲んだ。喉の奥がひどく渇いている。


「……間違いありませんわ。本で読みましたの」


「何を?」


「ぶりっこ令嬢ですわ! 男の子の前では、かわいーくして、いっぱい褒めるんですの。そうすると男の子たちがいっぱい集まってきて……最後には、婚約者まで取られちゃうんですわ!」


「誰の?」


「わたくしのですわ!」


 思わず声が大きくなり、慌てて口をつぐむ。アレクシスはしばらく考えてから、のんびりと言った。


「僕、取られないよ?」


「分かっていませんわ! こういうのは、最初はみんなそう言うんですの!」


 リゼットが読んだ恋愛小説では、いつもそうだった。最初は仲睦まじかった婚約者が、ある日突然現れた愛らしい少女に夢中になり、『僕は真実の愛を見つけたんだ!』と言い出す。想像しただけで背筋がぞくりとする。


 けれど同時に、胸の奥がどきどきと高鳴ってもいた。恐怖からではない。むしろ逆だ。病弱な幼馴染。サバサバ令嬢。そして今度はぶりっこ令嬢――物語の定番が、またひとつ目の前に現れたのだ。しかも五人もの令息を侍らせているとは、かなり本格的な強敵に違いない。


「ふふふ……」


 扇の向こうで、リゼットは低く笑った。


「ローズマリー様……覚悟するのですわ」


「リゼット」


「なんですの?」


「扇、逆だよ」


 見れば裏側だった。むぅ、と唇を尖らせながらくるりと閉じ、もう一度、ばさっと開き直す。


「覚悟するのですわ!」


「うん、今度は合ってる」


 悪役令嬢への道は、今日も険しい。


 その夜、リゼットの部屋には恋愛小説が何冊も積み上げられていた。蝋燭の炎が揺れるたび、紙の匂いと共にページの影が壁で踊る。ベッドに腹ばいになり、足をぱたぱたと揺らしながら、リゼットは一心にページをめくった。指先が紙の端に触れるかさりという音だけが、静かな部屋に響く。


「これじゃありませんわ……これも違いますの……」


 病弱な少女の話。サバサバ令嬢の話。何冊も繰りながら、やがて表紙に目当ての一枚を見つける。美しい令嬢と、その腕に抱きつく可憐な少女の絵。


「あったですの!」


 目を皿のようにして文字を追う。物語の中のぶりっこ令嬢は、男性の前では『わたくし、何にもできませんのぉ』と儚げに振る舞い、男性がいなくなった途端、『あなたなんて邪魔なのよ』と本性をむき出しにする――。


 読み終えたリゼットは、むくりと起き上がった。手には自然と扇。


「本性をあばくんですの! 男の子がいないところに連れていけばいいんですわ!」


 完璧な作戦だと思った。うんうんと頷き、扇を広げてはぷるぷる震え、ふふふと笑い、また震える。やがて重くなった瞼に負けて、リゼットはそのまま眠りに落ちた。


 翌日、別のお茶会の会場でローズマリーを見つけると、リゼットはまっすぐに駆け寄った。今日もその周りには三人の令息がまとわりついている。芝生を踏む足音、遠くで奏でられる弦楽器の音色、テーブルに並んだ焼き菓子の甘い香り――そのすべてを押しのけるように、リゼットは声を張った。


「ローズマリー様! わたくしと来てくださいませ!」


「え?」


「お話がありますの!」


「わたくしに? でも、わたくし、これから皆様とお庭を――」


「だめですわ! 今日はわたくしと一緒ですの!」


 ローズマリーの手をぎゅっと握り、令息たちを振り返る。指先に伝わる相手の手の柔らかさに、一瞬だけ怯みそうになったが、リゼットは扇を広げてそれを隠した。


「みなさまは、ここで待っていてくださいませ! ローズマリー様は、わたくしがいただきますわ!」


 少し離れたところで様子を見ていたアレクシスが、ぽかんと口を開けている。令息たちも、ローズマリー自身も、しばらく声もなくリゼットを見つめていた。けれどリゼットは満足げだった。ものすごく悪役令嬢っぽい台詞が言えた、と思ったからだ。


 手を引いて向かった先は、庭園の奥にある小さな東屋。すでにお茶とお菓子が用意されており、しかし令息の姿は一人もない。テーブルを挟んで向き合うのは、リゼットとローズマリー、そして少し離れて控える侍女だけだった。


 風が葉を揺らす音。カップの縁から立ちのぼる湯気の匂い。ローズマリーは俯いたまま、膝の上で指を絡めている。

 リゼットはじっとその様子を窺い、いつでも扇を構えられるよう身を固くした。今にも『あなたなんて嫌いよ!』という声が飛んでくるはずだ。


けれど。


「ローズマリー様?」


「はいっ」


「どうしましたの?」


「え?」


「静かですわ」


「…………」


「昨日はいっぱいおしゃべりしていましたのに」


「……何をお話ししたらいいのか、分かりませんの」


 拍子抜けするような、小さな声だった。


「わたくし……女の子と二人でお茶をすること、あまりなくて」


 リゼットは瞬いた。予想と違う。


「どうしてですの?」


「どうして、と言われましても……」


 ローズマリーは指先を合わせ、困ったようにテーブルの上へ視線を落とす。そこにあったのはリゼットの扇だった。見つめる蜂蜜色の瞳が、ふっと柔らかく輝く。


「とっても素敵ですわ」


「!」


 リゼットの背筋がぴんっと伸びた。


「ほんとうですの!?」


「はい。薔薇も、レースも、とっても可愛いです」


「そうでしょう!?」


 リゼットは勢いよく扇を持ち上げた。ばさっと顔の前で開いてみせた。


「これはお姉様からいただいたものなんですの!」


「まあ!」


「お姉様が使っていたんですけれど、わたくしが『とっても悪役令嬢ですわ!』って言ったら、くださったんですの!」


「素敵なお姉様ですのね」


「そうなんですの!」


 リゼットは嬉しくなった。


「お姉様はとっても綺麗で、優雅で、なんでも知っていて、すっごく素敵なんですわ!」


「まあ……」


 するとローズマリーの表情が、ぱっと明るくなった。


「わたくしのお姉様もです!」


「ほんとうですの?」


「はい! お姉様はとっても素敵なんですの!」


 そこからだった。


「お姉様のドレスは、いつもとっても綺麗で――」


「わたくしのお姉様もですわ!」


「この前は薔薇の刺繍が――」


「お姉様は青いドレスを持っていますの!」


「わたくしのお姉様は赤です!」


「赤も素敵ですわ!」


「青も素敵です!」」


 そこからだった。ドレスの話、リボンの話、髪飾りの話、お菓子の話、花の話――そして何より、お互いの姉の話。身を乗り出し、言葉を重ねるたびに、リゼットは胸の奥がふわりと温かくなるのを感じた。ローズマリーの目が輝くたび、自分の声も自然と弾む。楽しい。ただ、それだけの感覚だった。


 だが、はっとする。いけない。今日はこの少女の本性を暴きに来たのだ。


「そ、そうですわ! 昨日、言っていましたわね。男の子なんて、ちょろいって!」


 ローズマリーの動きが止まった。ゆっくりと頬が桜色に染まっていく。


「……聞いていらしたんですの?」


「聞きましたわ! どういう意味ですの!」


「それは……」


 ローズマリーはもじもじと指先をすり合わせた末に、消え入りそうな声で打ち明けた。


「……お姉様みたいになりたいんですの」


 十六歳になるという姉は、お茶会や夜会に出るたび、令嬢にも令息にも囲まれる人気者なのだという。支度を眺めるだけで飽きなかったこと。綺麗なドレス、丁寧に結われた髪、優雅な仕草。そして何より、いつも楽しそうに人と話す姿。相手が話せば笑顔で耳を傾け、何かしてもらえば嬉しそうに礼を言い、素敵なところを見つければすぐに褒める。すると、話していた相手も自然と笑顔になる――それがローズマリーの目には、まるで魔法のように映っていたのだという。


「だから、わたくしもお姉様みたいになるために、お勉強しましたの!」


 殿方の話は熱心に頷いて聞くこと。何かできると言われたら「すごぉい」と褒めること。何かしてもらったら「お優しいんですのね」と言うこと――ひとつひとつを実践するうち、本当に男の子が集まるようになった。それだけでなく、途中からは自分でも工夫を編み出していた。瓶の蓋をわざと開けられるものでも「開きませんのぉ」とお願いして、ローズマリーに良いところを見せようと殺到する少年たちに驚いたのだという。


「それで、わたくし分かったんですの」


 口元に手を添え、少しだけ姉ぶった顔で。


「ふふ……男の子なんて、ちょろいですわ♡」


「やっぱりぶりっこ令嬢ですわ!」


 ばさっと扇が開く。リゼットは戦慄していた。姉の真似から始まった話が、途中から自分自身の策略にまで発展している。なんという成長の速さだろう。


 けれどローズマリーの得意げな顔は、すぐにしぼんでしまった。


「……でも、失敗だったみたいですの」


「どうしてですの?」


「だって、お姉様みたいになりませんでしたもの」


 膝の上で指がきゅっと握られる。


「お姉様の周りには、ご令息だけじゃなくて、ご令嬢もたくさんいます。でも、わたくしの周りには男の子ばっかり」


 女の子にも同じように振る舞ってみたのだと、ローズマリーは俯いたまま続けた。素敵なリボンを褒めても、重いものを持てないと甘えても、返ってきたのは「自分で持ったら」という素っ気ない言葉だけだった。


 リゼットは首を傾げた。


「それ、本当にお姉様と同じですの? お姉様は、開けられる瓶も開けてもらっていましたの? 持てるものも、持ってもらっていましたの? 男の人をいっぱい集めようとしていましたの?」


 問われるたびに、ローズマリーは記憶の中の姉の姿を探る。庭師の老人が大きな鉢を運んでいたとき、姉はすぐに道を譲り、「重そうですね。お気をつけて」と声をかけていた。あのとき尋ねた。『お姉様は、どうしてみんなに優しくするんですの?』『だって、優しくしてもらったら嬉しいでしょう?』『はい』『きっと、ほかの方も同じよ』――それだけの、短いやり取り。


「……してないですわ」


 ぽつりと呟いた声に、リゼットも黙り込んだ。五歳と六歳には、あまりに難しい問いだった。


 ローズマリーはさらに記憶をたどる。姉は侍女にも「今日の髪、とても素敵ね」と声をかけ、料理人にも「今日のお菓子、とても美味しかったわ」と笑いかけていた。庭師が薔薇を綺麗に咲かせたときも、心から褒めていた。男の方だけを特別扱いしていたわけではなかったのだ。


「わたくし……もしかして、間違えましたの?」


 瞳が揺れ、今にも泣き出しそうにローズマリーの顔が歪む。リゼットは腕を組み、うんと考え込んだ。そして人差し指と親指をほんの少しだけ離してみせる。


「ちょっとだけですわ! だって、笑ったり褒めたりするところは合っていたんでしょう? じゃあ、ぜーんぶ間違いじゃありませんわ。男の子だけにするところが違ったんですの」


「……女の子にも?」


「もちろんですわ! さっきいっぱいお話ししましたわ。ドレスのお話も、リボンのお話も、お菓子のお話も」


 言われてみればそうだった。男の子が一人もいないこの東屋で、ふたりはいつの間にか、ずいぶんたくさんの言葉を交わしていた。


「わたくしの扇を素敵って言ってくれましたわ。わたくし、嬉しかったですの。本当に素敵だと思ったものを、素敵って言えばいいんですわ!」


 ローズマリーは瞬きを繰り返した。ずっと姉のようになりたくて、姉が笑えば自分も笑い、姉が褒めれば自分も褒めてきた。けれど、姉がどうしてそうしているのかまでは、一度も考えたことがなかった。


「……難しいですわ」


「じゃあ、一緒に練習します? 女の子とお話しする練習ですわ」


「リゼット様と?」


「そうですの。そのかわり――」


 ばさっと大きな扇が開き、青紫色の瞳だけが鋭く覗く。


「男の子を侍らせるのは禁止ですわ! 特にアレクシス様はだめですの! わたくしの婚約者ですから!」


「わたくし、アレクシス様を取るつもりなんてありませんわ」


「……ほんとうですの?」


「はい」


 じっと見つめる沈黙の後、リゼットはようやく頷いた。


「では、約束ですわ。『すごぉい♡』も『お優しいんですのね♡』も禁止。瓶も開けてもらっちゃだめですの」


「はい」


 ローズマリーがふっと笑った。首を傾げるでもなく、声を甘くするでもない、ただ嬉しそうな笑み。


「リゼット様って、とっても面白いですわね」


「……それ、褒めていますの?」


「もちろんですわ」


「なら、いいですわ!」


 こうしてリゼットは、ぶりっこ令嬢の恐るべき企みを阻止するため――なぜか、ローズマリーの初めての女友達になることになった。


 それから数日後、いつものように令息たちに囲まれていたローズマリーの前で、一人が籠を指して声をかけた。


「ローズマリー、これ持とうか? 重そうだから」


 いつもなら「まあぁ、ありがとうございます♡」と即座に渡していただろう。けれど今日は少し考えて、小さな籠を自分の腕にしっかりと抱え直した。


「……これくらいなら、自分で持てますわ」


 断っても、誰にも嫌われなかった。むしろ相手は特に気にする様子もなく、「じゃあ庭に行こうよ」と笑いかけてくる。ローズマリーは胸の奥がすっと軽くなるのを感じた。


「ローズマリー、その髪飾り可愛いね」


 いつもの癖で首を傾げかけたが、途中でやめる。


「ありがとうございます。お姉様が選んでくださったんです」


「へえ、似合ってる」


「……はい!」


 風が頬を撫で、庭の花の匂いが胸いっぱいに広がる。自然と口元がほころんだ、そのとき。


「ローズマリー様ー!」


 聞き覚えのある声が響いた。振り返れば、淡い金色の髪を揺らしながら小さな少女が駆けてくる。途中で侍女に「リゼット様、走ると危のうございます」と諫められ、慌てて早歩きに切り替えるその姿に、ローズマリーは思わず頬を緩めた。


「今日はわたくしと遊びますの!」


「今日も、ですか?」


「そうですわ!」


 令息たちを見やり、少し迷う素振りを見せると、リゼットが扇を勢いよく開いた。


「今日は男の子はなしですわ!」


 不満の声が上がるのも構わず、扇の向こうから青紫色の瞳がきりっと令息たちを睨む。


「ローズマリー様は、わたくしがいただきますわ!」


「リゼット、それ、前も言ってたね」


 背後からアレクシスがのんびりと口を挟む。


「気に入ったんですの!」


「うん、すごく楽しそう」


「こわいんですの!」


「うん」


「笑わないでくださいませ!」


 頬を膨らませるリゼットを見て、ローズマリーは思わず声を立てて笑った。首を傾げるでもない、飾らない笑い方だった。リゼットが目を見開いて振り返る。


「いまのですわ! その笑い方ですの!」


「え?」


「そっちのほうが可愛いですわ!」


「……ありがとうございます」


 頬がほんのり赤くなる。ローズマリーはリゼットに手を差し出した。今日は何をして遊ぶのか、その手のひらから伝わる温もりが、以前よりずっと自然に感じられた。


「お茶会ですわ。お人形もありますの。それから新しいリボンも見せてあげますわ!」


「見たいです」


 二人は手を繋いで歩き出す。その後ろ姿を見ながら、アレクシスが目を細めた。


「仲良くなったんだね」


 ぴたりとリゼットの足が止まる。勢いよく振り返り、ばさっと扇を構えた。


「違いますわ! わたくしが勝ったんですの! 男の子をいっぱい侍らせていたローズマリー様を、わたくしがやっつけたんですの! そして、わたくしとお茶をするようにしましたわ! 今度、わたくしのお屋敷にも来てもらいますの!」


「うん」


「やっぱり友達じゃない?」


「違いますわー!」


 庭に響く声を聞きながら、ローズマリーはただ、隣を歩くリゼットの手をきゅっと握り返した。


 その夜、リゼットは姉エレオノーラの部屋で、頬を紅潮させながら今日の出来事を報告していた。蝋燭の炎に照らされたソファの上で、姉は楽しそうに耳を傾けている。


「それでね、ローズマリー様ったら、お姉様の真似をしていたんですの! お姉様みたいになりたくて、いっぱい笑ったり、男の子を褒めたりしていたんですって。でも、ちょっと間違っていましたの。だから、わたくしが教えてあげましたわ。自分で持てるものは自分で持つんですの。それから、普通に笑っても可愛いって」


「まあまあ」


「それで、今度わたくしのお屋敷に来てもらいますの!」


 エレオノーラの唇が、ふわりと弧を描く。


「リゼット、あなた、ローズマリー様ととても仲良くなったのね」


 リゼットの動きが、ぴたりと止まった。


「違いますわ。わたくしは、ぶりっこ令嬢をやっつけたんですの」


「でも、一緒にお茶をしたのでしょう?」


「敵をよーく見るためですの!」


「また一緒に遊ぶのよね?」


「まだ油断できませんもの!」


「お屋敷にも招待するの? リボンも見せてあげるのよね? お人形でも遊ぶのよね?」


 畳みかけられるたび、リゼットの言葉が詰まっていく。エレオノーラの口元が、いっそう優しく上がった。


「それは、普通はお友達というのではないかしら?」


「……!」


 リゼットは慌てて扇を取り、ばさっと顔の前に広げた。


「違いますわ! わたくしは、こわーい悪役令嬢ですの! 今日もちゃんと悪役令嬢しましたわ! ぶりっこ令嬢に完全勝利ですの!」


「ええ、立派だったわ」


 扇の向こうから、青紫色の瞳だけがちょこんと覗く。


「……ほんとうですの?」


「もちろん」


 ふふふ、と目が嬉しそうに細くなる。


「当然ですわ!」


 エレオノーラは笑いをこらえながら、扇の陰から覗く妹の金色の髪を、そっと優しく撫でた。


 こうして、リゼット・アルヴェイン、五歳。悪役令嬢として、ぶりっこ令嬢に完全勝利――したつもりである。

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