悪役令嬢は、ぶりっこ令嬢をやっつけますわ!
「ふふ……男の子なんて、ちょろいですわ♡」
その声が鼓膜に触れた瞬間、リゼット・アルヴェインの指先からクッキーがぽろりと滑り落ちた。ぱさ、という乾いた音。幸い膝の上のナプキンが受け止めてくれたが、そんなことはもうどうでもよかった。心臓が、どく、どく、と早鐘を打っている。
リゼットはゆっくりと顔を上げた。淡い金色の髪が頬をかすめ、大きな青紫色の瞳が、これ以上ないというほど見開かれる。
「……きましたわ」
「リゼット?」
隣に座っていたアレクシスが不思議そうに首を傾げたが、答える余裕はなかった。リゼットは椅子の脇に立てかけていた扇を、震える指でそっと取り上げる。黒に近い濃紺に、繊細なレースと小さな薔薇があしらわれた、少し大人びた扇。姉のエレオノーラから譲り受けた宝物であり――悪役令嬢の必需品でもある。
ばさっ、と乾いた絹の音を立てて扇が開く。
「ぶりっこ令嬢ですわ……!」
「ぶりっこ?」
「しーっ、アレクシス様! いま、とっても大事なところですの!」
扇の陰から覗く目だけが、庭の向こうをじっと見つめていた。芝生の匂いと薔薇の甘い香りが風に混じり、遠くで小鳥が鳴いている。視線の先にいるのは、桃色がかった金髪をふわふわと巻いた、蜂蜜色の瞳の少女――ローズマリー・ベルフォード伯爵令嬢、六歳。淡い桃色のドレスに大きなリボン。今日も文句なしに愛らしい。
そしてその周りには、五人もの令息が群がっていた。
「ローズマリー、これ食べる?」
「まあ、いただいてもよろしいんですの?」
「僕、もう一個取ってくるよ!」
「まあぁ、お優しいんですのね♡」
鈴を転がすような声。花がほころぶような笑み。少年たちはその一言ごとに頬を染め、我先にと動き回る。庭には他にも同年代の令嬢が何人もいるというのに、ローズマリーの周囲だけが、見事なまでに男の子ばかりで埋まっていた。
リゼットはごくりと唾を飲んだ。喉の奥がひどく渇いている。
「……間違いありませんわ。本で読みましたの」
「何を?」
「ぶりっこ令嬢ですわ! 男の子の前では、かわいーくして、いっぱい褒めるんですの。そうすると男の子たちがいっぱい集まってきて……最後には、婚約者まで取られちゃうんですわ!」
「誰の?」
「わたくしのですわ!」
思わず声が大きくなり、慌てて口をつぐむ。アレクシスはしばらく考えてから、のんびりと言った。
「僕、取られないよ?」
「分かっていませんわ! こういうのは、最初はみんなそう言うんですの!」
リゼットが読んだ恋愛小説では、いつもそうだった。最初は仲睦まじかった婚約者が、ある日突然現れた愛らしい少女に夢中になり、『僕は真実の愛を見つけたんだ!』と言い出す。想像しただけで背筋がぞくりとする。
けれど同時に、胸の奥がどきどきと高鳴ってもいた。恐怖からではない。むしろ逆だ。病弱な幼馴染。サバサバ令嬢。そして今度はぶりっこ令嬢――物語の定番が、またひとつ目の前に現れたのだ。しかも五人もの令息を侍らせているとは、かなり本格的な強敵に違いない。
「ふふふ……」
扇の向こうで、リゼットは低く笑った。
「ローズマリー様……覚悟するのですわ」
「リゼット」
「なんですの?」
「扇、逆だよ」
見れば裏側だった。むぅ、と唇を尖らせながらくるりと閉じ、もう一度、ばさっと開き直す。
「覚悟するのですわ!」
「うん、今度は合ってる」
悪役令嬢への道は、今日も険しい。
その夜、リゼットの部屋には恋愛小説が何冊も積み上げられていた。蝋燭の炎が揺れるたび、紙の匂いと共にページの影が壁で踊る。ベッドに腹ばいになり、足をぱたぱたと揺らしながら、リゼットは一心にページをめくった。指先が紙の端に触れるかさりという音だけが、静かな部屋に響く。
「これじゃありませんわ……これも違いますの……」
病弱な少女の話。サバサバ令嬢の話。何冊も繰りながら、やがて表紙に目当ての一枚を見つける。美しい令嬢と、その腕に抱きつく可憐な少女の絵。
「あったですの!」
目を皿のようにして文字を追う。物語の中のぶりっこ令嬢は、男性の前では『わたくし、何にもできませんのぉ』と儚げに振る舞い、男性がいなくなった途端、『あなたなんて邪魔なのよ』と本性をむき出しにする――。
読み終えたリゼットは、むくりと起き上がった。手には自然と扇。
「本性をあばくんですの! 男の子がいないところに連れていけばいいんですわ!」
完璧な作戦だと思った。うんうんと頷き、扇を広げてはぷるぷる震え、ふふふと笑い、また震える。やがて重くなった瞼に負けて、リゼットはそのまま眠りに落ちた。
翌日、別のお茶会の会場でローズマリーを見つけると、リゼットはまっすぐに駆け寄った。今日もその周りには三人の令息がまとわりついている。芝生を踏む足音、遠くで奏でられる弦楽器の音色、テーブルに並んだ焼き菓子の甘い香り――そのすべてを押しのけるように、リゼットは声を張った。
「ローズマリー様! わたくしと来てくださいませ!」
「え?」
「お話がありますの!」
「わたくしに? でも、わたくし、これから皆様とお庭を――」
「だめですわ! 今日はわたくしと一緒ですの!」
ローズマリーの手をぎゅっと握り、令息たちを振り返る。指先に伝わる相手の手の柔らかさに、一瞬だけ怯みそうになったが、リゼットは扇を広げてそれを隠した。
「みなさまは、ここで待っていてくださいませ! ローズマリー様は、わたくしがいただきますわ!」
少し離れたところで様子を見ていたアレクシスが、ぽかんと口を開けている。令息たちも、ローズマリー自身も、しばらく声もなくリゼットを見つめていた。けれどリゼットは満足げだった。ものすごく悪役令嬢っぽい台詞が言えた、と思ったからだ。
手を引いて向かった先は、庭園の奥にある小さな東屋。すでにお茶とお菓子が用意されており、しかし令息の姿は一人もない。テーブルを挟んで向き合うのは、リゼットとローズマリー、そして少し離れて控える侍女だけだった。
風が葉を揺らす音。カップの縁から立ちのぼる湯気の匂い。ローズマリーは俯いたまま、膝の上で指を絡めている。
リゼットはじっとその様子を窺い、いつでも扇を構えられるよう身を固くした。今にも『あなたなんて嫌いよ!』という声が飛んでくるはずだ。
けれど。
「ローズマリー様?」
「はいっ」
「どうしましたの?」
「え?」
「静かですわ」
「…………」
「昨日はいっぱいおしゃべりしていましたのに」
「……何をお話ししたらいいのか、分かりませんの」
拍子抜けするような、小さな声だった。
「わたくし……女の子と二人でお茶をすること、あまりなくて」
リゼットは瞬いた。予想と違う。
「どうしてですの?」
「どうして、と言われましても……」
ローズマリーは指先を合わせ、困ったようにテーブルの上へ視線を落とす。そこにあったのはリゼットの扇だった。見つめる蜂蜜色の瞳が、ふっと柔らかく輝く。
「とっても素敵ですわ」
「!」
リゼットの背筋がぴんっと伸びた。
「ほんとうですの!?」
「はい。薔薇も、レースも、とっても可愛いです」
「そうでしょう!?」
リゼットは勢いよく扇を持ち上げた。ばさっと顔の前で開いてみせた。
「これはお姉様からいただいたものなんですの!」
「まあ!」
「お姉様が使っていたんですけれど、わたくしが『とっても悪役令嬢ですわ!』って言ったら、くださったんですの!」
「素敵なお姉様ですのね」
「そうなんですの!」
リゼットは嬉しくなった。
「お姉様はとっても綺麗で、優雅で、なんでも知っていて、すっごく素敵なんですわ!」
「まあ……」
するとローズマリーの表情が、ぱっと明るくなった。
「わたくしのお姉様もです!」
「ほんとうですの?」
「はい! お姉様はとっても素敵なんですの!」
そこからだった。
「お姉様のドレスは、いつもとっても綺麗で――」
「わたくしのお姉様もですわ!」
「この前は薔薇の刺繍が――」
「お姉様は青いドレスを持っていますの!」
「わたくしのお姉様は赤です!」
「赤も素敵ですわ!」
「青も素敵です!」」
そこからだった。ドレスの話、リボンの話、髪飾りの話、お菓子の話、花の話――そして何より、お互いの姉の話。身を乗り出し、言葉を重ねるたびに、リゼットは胸の奥がふわりと温かくなるのを感じた。ローズマリーの目が輝くたび、自分の声も自然と弾む。楽しい。ただ、それだけの感覚だった。
だが、はっとする。いけない。今日はこの少女の本性を暴きに来たのだ。
「そ、そうですわ! 昨日、言っていましたわね。男の子なんて、ちょろいって!」
ローズマリーの動きが止まった。ゆっくりと頬が桜色に染まっていく。
「……聞いていらしたんですの?」
「聞きましたわ! どういう意味ですの!」
「それは……」
ローズマリーはもじもじと指先をすり合わせた末に、消え入りそうな声で打ち明けた。
「……お姉様みたいになりたいんですの」
十六歳になるという姉は、お茶会や夜会に出るたび、令嬢にも令息にも囲まれる人気者なのだという。支度を眺めるだけで飽きなかったこと。綺麗なドレス、丁寧に結われた髪、優雅な仕草。そして何より、いつも楽しそうに人と話す姿。相手が話せば笑顔で耳を傾け、何かしてもらえば嬉しそうに礼を言い、素敵なところを見つければすぐに褒める。すると、話していた相手も自然と笑顔になる――それがローズマリーの目には、まるで魔法のように映っていたのだという。
「だから、わたくしもお姉様みたいになるために、お勉強しましたの!」
殿方の話は熱心に頷いて聞くこと。何かできると言われたら「すごぉい」と褒めること。何かしてもらったら「お優しいんですのね」と言うこと――ひとつひとつを実践するうち、本当に男の子が集まるようになった。それだけでなく、途中からは自分でも工夫を編み出していた。瓶の蓋をわざと開けられるものでも「開きませんのぉ」とお願いして、ローズマリーに良いところを見せようと殺到する少年たちに驚いたのだという。
「それで、わたくし分かったんですの」
口元に手を添え、少しだけ姉ぶった顔で。
「ふふ……男の子なんて、ちょろいですわ♡」
「やっぱりぶりっこ令嬢ですわ!」
ばさっと扇が開く。リゼットは戦慄していた。姉の真似から始まった話が、途中から自分自身の策略にまで発展している。なんという成長の速さだろう。
けれどローズマリーの得意げな顔は、すぐにしぼんでしまった。
「……でも、失敗だったみたいですの」
「どうしてですの?」
「だって、お姉様みたいになりませんでしたもの」
膝の上で指がきゅっと握られる。
「お姉様の周りには、ご令息だけじゃなくて、ご令嬢もたくさんいます。でも、わたくしの周りには男の子ばっかり」
女の子にも同じように振る舞ってみたのだと、ローズマリーは俯いたまま続けた。素敵なリボンを褒めても、重いものを持てないと甘えても、返ってきたのは「自分で持ったら」という素っ気ない言葉だけだった。
リゼットは首を傾げた。
「それ、本当にお姉様と同じですの? お姉様は、開けられる瓶も開けてもらっていましたの? 持てるものも、持ってもらっていましたの? 男の人をいっぱい集めようとしていましたの?」
問われるたびに、ローズマリーは記憶の中の姉の姿を探る。庭師の老人が大きな鉢を運んでいたとき、姉はすぐに道を譲り、「重そうですね。お気をつけて」と声をかけていた。あのとき尋ねた。『お姉様は、どうしてみんなに優しくするんですの?』『だって、優しくしてもらったら嬉しいでしょう?』『はい』『きっと、ほかの方も同じよ』――それだけの、短いやり取り。
「……してないですわ」
ぽつりと呟いた声に、リゼットも黙り込んだ。五歳と六歳には、あまりに難しい問いだった。
ローズマリーはさらに記憶をたどる。姉は侍女にも「今日の髪、とても素敵ね」と声をかけ、料理人にも「今日のお菓子、とても美味しかったわ」と笑いかけていた。庭師が薔薇を綺麗に咲かせたときも、心から褒めていた。男の方だけを特別扱いしていたわけではなかったのだ。
「わたくし……もしかして、間違えましたの?」
瞳が揺れ、今にも泣き出しそうにローズマリーの顔が歪む。リゼットは腕を組み、うんと考え込んだ。そして人差し指と親指をほんの少しだけ離してみせる。
「ちょっとだけですわ! だって、笑ったり褒めたりするところは合っていたんでしょう? じゃあ、ぜーんぶ間違いじゃありませんわ。男の子だけにするところが違ったんですの」
「……女の子にも?」
「もちろんですわ! さっきいっぱいお話ししましたわ。ドレスのお話も、リボンのお話も、お菓子のお話も」
言われてみればそうだった。男の子が一人もいないこの東屋で、ふたりはいつの間にか、ずいぶんたくさんの言葉を交わしていた。
「わたくしの扇を素敵って言ってくれましたわ。わたくし、嬉しかったですの。本当に素敵だと思ったものを、素敵って言えばいいんですわ!」
ローズマリーは瞬きを繰り返した。ずっと姉のようになりたくて、姉が笑えば自分も笑い、姉が褒めれば自分も褒めてきた。けれど、姉がどうしてそうしているのかまでは、一度も考えたことがなかった。
「……難しいですわ」
「じゃあ、一緒に練習します? 女の子とお話しする練習ですわ」
「リゼット様と?」
「そうですの。そのかわり――」
ばさっと大きな扇が開き、青紫色の瞳だけが鋭く覗く。
「男の子を侍らせるのは禁止ですわ! 特にアレクシス様はだめですの! わたくしの婚約者ですから!」
「わたくし、アレクシス様を取るつもりなんてありませんわ」
「……ほんとうですの?」
「はい」
じっと見つめる沈黙の後、リゼットはようやく頷いた。
「では、約束ですわ。『すごぉい♡』も『お優しいんですのね♡』も禁止。瓶も開けてもらっちゃだめですの」
「はい」
ローズマリーがふっと笑った。首を傾げるでもなく、声を甘くするでもない、ただ嬉しそうな笑み。
「リゼット様って、とっても面白いですわね」
「……それ、褒めていますの?」
「もちろんですわ」
「なら、いいですわ!」
こうしてリゼットは、ぶりっこ令嬢の恐るべき企みを阻止するため――なぜか、ローズマリーの初めての女友達になることになった。
それから数日後、いつものように令息たちに囲まれていたローズマリーの前で、一人が籠を指して声をかけた。
「ローズマリー、これ持とうか? 重そうだから」
いつもなら「まあぁ、ありがとうございます♡」と即座に渡していただろう。けれど今日は少し考えて、小さな籠を自分の腕にしっかりと抱え直した。
「……これくらいなら、自分で持てますわ」
断っても、誰にも嫌われなかった。むしろ相手は特に気にする様子もなく、「じゃあ庭に行こうよ」と笑いかけてくる。ローズマリーは胸の奥がすっと軽くなるのを感じた。
「ローズマリー、その髪飾り可愛いね」
いつもの癖で首を傾げかけたが、途中でやめる。
「ありがとうございます。お姉様が選んでくださったんです」
「へえ、似合ってる」
「……はい!」
風が頬を撫で、庭の花の匂いが胸いっぱいに広がる。自然と口元がほころんだ、そのとき。
「ローズマリー様ー!」
聞き覚えのある声が響いた。振り返れば、淡い金色の髪を揺らしながら小さな少女が駆けてくる。途中で侍女に「リゼット様、走ると危のうございます」と諫められ、慌てて早歩きに切り替えるその姿に、ローズマリーは思わず頬を緩めた。
「今日はわたくしと遊びますの!」
「今日も、ですか?」
「そうですわ!」
令息たちを見やり、少し迷う素振りを見せると、リゼットが扇を勢いよく開いた。
「今日は男の子はなしですわ!」
不満の声が上がるのも構わず、扇の向こうから青紫色の瞳がきりっと令息たちを睨む。
「ローズマリー様は、わたくしがいただきますわ!」
「リゼット、それ、前も言ってたね」
背後からアレクシスがのんびりと口を挟む。
「気に入ったんですの!」
「うん、すごく楽しそう」
「こわいんですの!」
「うん」
「笑わないでくださいませ!」
頬を膨らませるリゼットを見て、ローズマリーは思わず声を立てて笑った。首を傾げるでもない、飾らない笑い方だった。リゼットが目を見開いて振り返る。
「いまのですわ! その笑い方ですの!」
「え?」
「そっちのほうが可愛いですわ!」
「……ありがとうございます」
頬がほんのり赤くなる。ローズマリーはリゼットに手を差し出した。今日は何をして遊ぶのか、その手のひらから伝わる温もりが、以前よりずっと自然に感じられた。
「お茶会ですわ。お人形もありますの。それから新しいリボンも見せてあげますわ!」
「見たいです」
二人は手を繋いで歩き出す。その後ろ姿を見ながら、アレクシスが目を細めた。
「仲良くなったんだね」
ぴたりとリゼットの足が止まる。勢いよく振り返り、ばさっと扇を構えた。
「違いますわ! わたくしが勝ったんですの! 男の子をいっぱい侍らせていたローズマリー様を、わたくしがやっつけたんですの! そして、わたくしとお茶をするようにしましたわ! 今度、わたくしのお屋敷にも来てもらいますの!」
「うん」
「やっぱり友達じゃない?」
「違いますわー!」
庭に響く声を聞きながら、ローズマリーはただ、隣を歩くリゼットの手をきゅっと握り返した。
その夜、リゼットは姉エレオノーラの部屋で、頬を紅潮させながら今日の出来事を報告していた。蝋燭の炎に照らされたソファの上で、姉は楽しそうに耳を傾けている。
「それでね、ローズマリー様ったら、お姉様の真似をしていたんですの! お姉様みたいになりたくて、いっぱい笑ったり、男の子を褒めたりしていたんですって。でも、ちょっと間違っていましたの。だから、わたくしが教えてあげましたわ。自分で持てるものは自分で持つんですの。それから、普通に笑っても可愛いって」
「まあまあ」
「それで、今度わたくしのお屋敷に来てもらいますの!」
エレオノーラの唇が、ふわりと弧を描く。
「リゼット、あなた、ローズマリー様ととても仲良くなったのね」
リゼットの動きが、ぴたりと止まった。
「違いますわ。わたくしは、ぶりっこ令嬢をやっつけたんですの」
「でも、一緒にお茶をしたのでしょう?」
「敵をよーく見るためですの!」
「また一緒に遊ぶのよね?」
「まだ油断できませんもの!」
「お屋敷にも招待するの? リボンも見せてあげるのよね? お人形でも遊ぶのよね?」
畳みかけられるたび、リゼットの言葉が詰まっていく。エレオノーラの口元が、いっそう優しく上がった。
「それは、普通はお友達というのではないかしら?」
「……!」
リゼットは慌てて扇を取り、ばさっと顔の前に広げた。
「違いますわ! わたくしは、こわーい悪役令嬢ですの! 今日もちゃんと悪役令嬢しましたわ! ぶりっこ令嬢に完全勝利ですの!」
「ええ、立派だったわ」
扇の向こうから、青紫色の瞳だけがちょこんと覗く。
「……ほんとうですの?」
「もちろん」
ふふふ、と目が嬉しそうに細くなる。
「当然ですわ!」
エレオノーラは笑いをこらえながら、扇の陰から覗く妹の金色の髪を、そっと優しく撫でた。
こうして、リゼット・アルヴェイン、五歳。悪役令嬢として、ぶりっこ令嬢に完全勝利――したつもりである。




