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元カレの最推しインフルエンサー、実は私です

作者: キュラス
掲載日:2026/05/05

「結衣、ごめん。やっぱり俺たち、終わりにしよう」


 休日の午後、駅前の少しお洒落なカフェ。

 向かいの席に座る恋人――いや、たった今『元カレ』になったばかりの海斗かいとは、冷めたコーヒーを前にそう切り出した。


「終わりって……どうして急に?」


 私は手元のカップから視線を上げ、彼を見た。

 海斗は中堅の広告代理店に勤める営業マンだ。ルックスは平均より少し上、口が上手く、流行り物には目がない。付き合って三年になるが、最近は私のことを「地味だ」「華がない」とダメ出しすることが増えていた。


「どうしてって、お前も薄々気づいてただろ? 俺たち、もう完全に釣り合ってないんだよ」

「釣り合ってない?」

「俺は常に最先端のトレンドを追って、自分を磨いてる。でも結衣はどうだ? 休日は家に引きこもってばかりだし、メイクも服装も大学時代から全然アップデートされてない。正直、一緒に歩くのも恥ずかしいレベルなんだよ」


 海斗は呆れたようにため息をついた。

 私は自分の服装に目を落とす。今日は休日のちょっとした外出だったので、ゆったりとしたベージュのニットに、度の強い黒縁メガネというリラックスした格好だ。確かに、隣に座っているブランド物で固めた海斗に比べれば、地味に見えるかもしれない。


「俺さ、もっと刺激をくれる女が好きなんだよね。圧倒的なカリスマ性があって、俺をドキドキさせてくれるような女」


 海斗はそう言うと、得意げに自分のスマートフォンを取り出し、画面を私に見せつけてきた。


「例えばさ。こういう子」


 彼が提示した画面には、写真共有アプリ『InStagram』のアカウントが表示されていた。

 フォロワー数、150万人。

 画面に映っているのは、目元をレースの仮面で隠し、完璧な赤リップと洗練されたファッションでポーズを決めるミステリアスな美女。


「彼女、『リリィ』っていう最近超話題の美容系インフルエンサーなんだけどさ。マジで完璧なんだよ。スタイルもセンスも、発信する言葉も全部が俺の理想。俺の今の『最推し』」


 海斗は、まるで自分の彼女を自慢するかのような熱量で語り始めた。


「リリィのプロデュースしたコスメは秒で完売するし、彼女が紹介したカフェには次の日に行列ができる。この前リリィが『頑張る男の人って素敵』ってポストした時は、マジで俺に言われてるのかと思ったね。……結衣には、こういう垢抜けた女の魅力、一生わかんないだろうけど」


「……へえ。リリィちゃんが、海斗の理想なんだ」

「そうだよ。だから俺、決めたんだ。リリィみたいなハイスペックな女と付き合える男になるって。悪いけど、地味なお前で妥協して立ち止まってる暇はないんだわ」


 一方的に別れを告げ、海斗は満足そうに席を立った。

 自分の分のコーヒー代だけをテーブルに叩きつけるように置き、彼は私を振り返りもしないでカフェを出ていく。


 私はその後ろ姿を見送りながら。

 ……必死に、吹き出しそうになる笑いを堪えていた。


「ふ、ふふっ……あはははっ!」


 海斗が完全に見えなくなったのを確認し、私はたまらず両手で顔を覆って笑い転げた。

 無理もない。


 海斗が狂信的に崇拝し、「完璧な理想の女」だと絶賛していた覆面インフルエンサー『リリィ』。

 それは、他でもない――この地味な私(結衣)の、ネット上での姿なのだから。


 平日は手堅いメーカーの事務職として働き、休日は自宅の専用スタジオ(防音・照明完備)で、仮面と完璧なメイクを施して『リリィ』に変身する。

 身バレ防止のために、普段はわざと野暮ったい黒縁メガネをかけ、ダボッとした服で体型を隠しているだけだ。


 海斗が私に見せつけてきたスマホの画面。あそこでリリィが着ていた限定のワンピースは、今私が着ているベージュのニットの下に着込んでいるものだし、リリィの耳で光っていたピアスは、さっきまで私のバッグの中で転がっていたものだ。

 何より、海斗が「リリィのグッズだ!」と自慢げに着ていたパーカーは、私が先月徹夜でデザインしたオリジナルアパレルである。


「『俺に言われてるのかと思った』って……。あのアカウント、私が運用してるんだけどなぁ……」


 三年付き合っても、首のホクロの位置や、指先の形一つで私だと気づかない。その程度の男だったということだ。

 悲しいという感情は、一ミリも湧いてこなかった。むしろ、あんな薄っぺらい男とこれ以上時間を無駄にせずに済んで、清々しい気分ですらあった。


「――酷い振られ方をしたにしては、随分と楽しそうですね。リリィさん」


 不意に、頭上から落ち着いた低い声が降ってきた。

 顔を上げると、そこには見上げるほど背の高い、スーツ姿の美しい男性が立っていた。

 切れ長の涼やかな目元に、仕立ての良いネイビーのスーツ。カフェの空気が一瞬で引き締まるような、圧倒的な存在感を放つ彼。


高見たかみさん……。どうしてここに?」


 高見蒼介そうすけ

 彼は、インフルエンサーのマネジメントや企業案件を統括する大手マーケティング会社『ネクスト・クリエイション』の若きCEOであり、リリィの才能を一番に見出し、専属のビジネスパートナーとして支えてくれている人物だ。

 私の素顔を知る、数少ない人間でもある。


「この上の階で打ち合わせがありまして。帰りにコーヒーでもと寄ったら、うちの看板クリエイターが男にこっぴどく振られている現場に出くわしたというわけです」


 高見さんは微かに口角を上げながら、私の向かいの席――つい先ほどまで海斗が座っていた席に腰を下ろした。


「聞いてたんですか、趣味が悪い」

「あんな大声で『俺の最推しはリリィだ!』と力説されては、嫌でも耳に入ります。しかし、驚きました。彼、あなたがリリィ本人であることに全く気づいていないのですね」

「ええ。普段の私はこんなに地味ですから。彼にとっては、スマホの中のキラキラした虚像だけが真実みたいです」


 私が自嘲気味に笑うと、高見さんは真剣な眼差しで私を真っ直ぐに見つめた。


「地味だなんて思いませんよ。結衣さんは、素顔の時も十分に魅力的です。……彼が、あなたの本当の価値を見る目を持っていなかっただけだ」


 不意に落とされた甘い言葉に、私は少しだけ心臓が跳ねるのを感じた。

 高見さんはいつもそうだ。ビジネスライクで冷徹な実業家としての顔を持つ一方で、私にだけは時折、こういうずるい言葉をかけてくる。


「それにしても」

 高見さんは細く綺麗な指で、テーブルを軽くトントンと叩いた。

 その瞳の奥に、少しだけ意地悪な光が宿る。


「彼、あなたの元カレは、確か『サイバーエッジ広告』の営業部だと言っていましたね」

「はい。海斗……いえ、彼はそこで働いています。それが何か?」

「奇遇ですね。実は来月、リリィの『素顔初公開&150万人突破記念・大規模ファンミーティング』を開催するにあたって、イベントの協賛企業をいくつか募っていたのですが」


 高見さんは、ニヤリと完璧な笑みを浮かべた。


「その協賛企業のメインスポンサーに名乗りを上げてきたのが、サイバーエッジ広告なんですよ」

「えっ……!」


「そして、その案件の担当窓口として今日うちの会社に挨拶に来ていたのが、あなたの元カレでした」


 私は驚きのあまり言葉を失った。


「彼は、『自分はリリィの熱狂的なファンだ。彼女のイベントなら、俺の命を懸けてでも成功させる』と豪語していましたよ。もちろん、そのファンミーティングのステージ上で、彼が『地味でつまらない』と捨てた女が仮面を外すことなど、夢にも思っていないでしょうが」


 高見さんの言葉の意味を理解し、私はゴクリと唾を飲み込んだ。

 リリィの素顔公開は、いつかやらなければと考えていたことだ。しかし、まさかその舞台が、私を振った元カレが命を懸けて準備するイベントになるなんて。


「……結衣さん。最高の復讐劇エンターテインメントの舞台は、私が用意します」


 高見さんは身を乗り出し、私にだけ聞こえるような低い声で囁いた。


「一緒に、彼に極上の絶望と後悔を味わわせてみませんか?」


***


 その日の夜。

 海斗のマンションでは、彼が新しい彼女を招き入れてご機嫌にグラスを傾けていた。


「お疲れ、海斗くん。今日、あの地味な彼女と別れてきたんでしょ?」

「ああ。マジで話が通じなくて疲れたわ。結衣の奴、最後までボーッとしててさ。俺が振ってやってんのに、なんかヘラヘラしてて気持ち悪かった」


 海斗の隣で身を寄せているのは、彼と同じ会社の後輩、里奈りなだ。

 流行りのブランドバッグを持ち、髪を明るく染め、香水の匂いをきつく漂わせている。結衣とは正反対の、派手でわかりやすいタイプの女だった。


「やっぱり海斗くんには、私みたいな華のある女の子が似合うよ。……あ、それより! 今度のリリィちゃんの初顔出しイベント! 協賛枠でVIP席取れるって本当!?」

「当たり前だろ! 俺がメイン担当としてガッツリ食い込んだんだからな。最前列のド真ん中、関係者席をお前の分も用意してあるぜ」


 海斗がドヤ顔で答えると、里奈は「キャーッ!」と甲高い声を上げて彼に抱きついた。


「やったー! さすが海斗くん、仕事できるぅ! リリィちゃん、絶対超絶美人だよね! ついに素顔が見れるなんてヤバすぎ!」

「ああ。あのミステリアスな仮面の下に隠された素顔……。俺の理想の女が、ついに俺の目の前でベールを脱ぐんだ。イベントの後の打ち上げでは、スポンサー特権でリリィ本人と直接お近づきになれる手はずも整ってる」


 海斗は、グラスの氷を揺らしながらニタニタと笑った。


「地味な結衣を損切りした途端、こんなデカい仕事とチャンスが舞い込んでくるとはな。やっぱり俺には、リリィみたいな選ばれた女との運命が待ってるんだよ」


 彼は全く知る由もなかった。

 自分が今、どれほど滑稽で、取り返しのつかない大舞台ピエロへと足を突っ込んでいるのかを。


ファンミーティングの開催まで、残り二週間。

 私は高見さんの会社のVIP用会議室で、当日の進行台本と睨めっこしていた。


「結衣さん、少し休憩しませんか。ハーブティーを淹れました」

「あ、ありがとうございます、高見さん。……ふぅ、さすがに緊張してきました」


 私が分厚い黒縁メガネを外して目頭を揉んでいると、高見さんが隣の席に座り、そっと私の髪に触れた。


「無理もありません。これまで画面越しだった150万人のファンに、直接素顔を晒すのですから。……正直に言えば、私としては少し複雑な気分でもあります」

「複雑、ですか?」


 高見さんは美しい顔を少しだけ歪め、ひどく甘い、熱を帯びた瞳で私を見つめた。


「ええ。あなたのこの素顔は、今まで私だけの特権でしたから。これほど美しく、才能に溢れた結衣さんを世界中にお披露目してしまったら……私以外の有象無象の男たちが、あなたを放っておかないでしょう」

「た、高見さん……っ」


 普段の冷静な彼からは想像もつかないストレートな言葉に、私は顔から火が出そうになった。

 高見さんの大きな手が、私の頬をそっと包み込む。


「結衣さん。このイベントが終わったら、私に一つ、時間をくれませんか。ビジネスパートナーとしてではなく、一人の男として、あなたに伝えたいことがあります」

「……はい」


 彼の真剣な眼差しに、私は小さく頷いた。

 海斗の薄っぺらい言葉とは違う、確かな熱量と誠実さ。彼になら、私のすべてを預けてもいいと、心の底から思えた。


「さて」

 高見さんはふっと表情を緩め、いつもの切れ者CEOの顔に戻った。

「当日、元カレ君には存分に絶望してもらいましょう。彼の会社には『VIPスポンサー特典として、イベント後の楽屋への挨拶回りを許可する』と伝えてあります」

「悪趣味ですね、高見さん」

「自覚はあります。結衣さんを傷つけた男には、それ相応の対価を支払ってもらわねばなりませんからね」


***


 そして迎えた、ファンミーティング当日。

 都内の大型ホールは、数千人のファンによる熱気で開演前から異様な盛り上がりを見せていた。


 関係者用の最前列VIP席。

 そこに、海斗と里奈はふんぞり返って座っていた。


「すっごーい! 海斗くん、こんな最前列のど真ん中取れるなんて本当神!」

「まあな。俺がこのイベントの金を出してやってる(スポンサードしてる)ようなもんだからな。リリィの初顔出し、一番特等席で目に焼き付けてやろうぜ」


 海斗は足を組み、周囲の一般ファンを見下すように優越感に浸っていた。

 やがて、会場の照明がゆっくりと落ち、重低音のBGMが鳴り響く。

 ステージ中央の巨大なスクリーンが二つに割れ、スモークの中から一つのシルエットが浮かび上がった。


『皆さん、今日は来てくれて本当にありがとう――!』


 私がマイクを通して声を張り上げると、会場から地鳴りのような大歓声が巻き起こった。

 私はいつもの『リリィ』の衣装――ボディラインを美しく見せる真紅のドレスに、目元を隠す黒いレースの仮面をつけてステージの中央に立った。


(……いた)


 仮面越しでも、最前列で狂ったようにペンライトを振っている海斗の姿はすぐに確認できた。

 彼は私の洗練された声と立ち振る舞いを見て、恍惚とした表情を浮かべている。それが、つい二週間前まで『地味でつまらない』と見下していた元カノだとは露知らずに。


「ああ……リリィ、最高だ……! あの洗練されたオーラ、絶対にすげえ美人だぞ。結衣みたいな田舎臭い女とは住む世界が違う……!」


 海斗が興奮気味に隣の里奈に語っているのが、読唇術を使わずとも伝わってくるようだった。


 イベントは順調に進み、ついに最大の目玉である『素顔公開』の時間がやってきた。

 会場が水を打ったように静まり返る。


『これまで、ずっと仮面の下に素顔を隠してきました。でも、150万人という本当に多くの方に支えられ、私はもっとありのままの自分を見てほしいと思うようになりました』


 私はマイクを両手で握り、ステージの端――海斗の座っているVIP席のすぐ目の前までゆっくりと歩み寄った。


『今日、ここで。私のすべてを皆さんに公開します』


 私は右手を顔に添え、黒いレースの仮面をゆっくりと外した。

 同時に、ステージ上のすべてのスポットライトが私の一点に集中し、真紅のドレスと、念入りにセットされた髪、そして完璧なメイクを施した私の素顔を鮮明に照らし出した。


 一瞬の静寂。

 直後、会場の屋根が吹き飛ぶかと思うほどの、すさまじい歓声とどよめきが爆発した。


「うおおおおおっ!! 超絶美人!!」

「リリィちゃん! 愛してるーっ!!」


 ファンたちが熱狂の渦に巻き込まれる中。

 最前列にいた海斗の顔面から、スッと血の気が引いていくのが見えた。


「え……?」


 海斗の口から、間の抜けた声が漏れた。

 彼は目を見開き、口をパクパクと金魚のように開閉させている。

 隣にいる里奈も、「え、嘘。あの顔……海斗くんの元カノの……結衣、さん?」と呟き、凍りついていた。


 海斗は、ステージの上でスポットライトを浴び、数千人から崇拝の眼差しを向けられている絶世の美女インフルエンサーと、自分が『華がない』と捨てたはずの元カノの顔が、どうしても一致せず、脳が完全にショートを起こしていた。


 私は海斗とバッチリ目を合わせ、彼にだけ分かるように、ふっと冷たく、そして極上に美しい笑みを浮かべてみせた。


「あ、ぁ……ゆ、ゆい……?」


 海斗が震える手で私を指差そうとしたが、私はすぐに視線を外し、会場全体に向かって最高の笑顔で手を振った。

 彼の呆然とした顔を見るだけで、これまでの鬱憤がすべて浄化されていくようだった。


***


 イベントは大成功で幕を閉じた。

 興奮冷めやらぬまま、私は関係者専用のVIPラウンジへ移動した。

 そこには、高見さんが満足げな笑みを浮かべてシャンパングラスを用意して待っていた。


「お疲れ様でした、結衣さん。完璧なステージでしたよ」

「ありがとうございます。高見さんのおかげです」


 私たちがグラスを傾けようとした、その時。

 ラウンジの扉がバンッと乱暴に開かれ、息を切らした海斗が転がり込んできた。

 隣の里奈はすでに逃げ帰ったのか、彼の姿しかない。


「ゆ、結衣!!」


 海斗は私を見るなり、血走った目で駆け寄ってきた。


「お、お前……リリィだったのか!? なんで、なんで俺に言わなかったんだよ!!」

「言う必要、あった?」

 私は冷ややかに見下ろした。

「私のこと、地味でつまらなくて、一緒に歩くのも恥ずかしいレベルの女だって言ったのは海斗だよね」


「そ、それは誤解だ! 俺は、結衣にもっと輝いてほしくて、あんなキツイ言い方を……! そうだ、俺たち、やり直そう! 結衣がリリィなら話は別だ。俺はサイバーエッジの営業だし、結衣のプロデュースを俺が全力でバックアップする! 俺たちなら最高のビジネスパートナーになれる!!」


 自分のしでかしたことを棚に上げ、なおも『人気インフルエンサーの彼氏』という肩書きにすがりつこうとする彼を見て、私は心底ゾッとした。


「お断りします」

 私が冷徹に告げるより早く。

 高見さんが、私を庇うように海斗の前に立ちはだかった。


「サイバーエッジ広告の海斗さんですね。……お引き取りください。うちのトップクリエイターに、これ以上馴れ馴れしく近づくことは許可しません」

「なっ、なんだあんたは! 俺は協賛企業の代表だぞ! スポンサーに向かってその態度はなんだ!」


 海斗がキャンキャンと吠えるが、高見さんは氷のように冷たい眼差しで彼を見下ろした。


「スポンサー? 勘違いしないでいただきたい。今回、御社からの協賛金は全額お断りし、すでに返金処理を済ませてあります。つまり、あなたはこのイベントにおいて何の権限も持たない、ただの不法侵入者だ」


「は……? 返金、処理……?」


「ええ。結衣さんにプライベートで多大な精神的苦痛を与えた男が所属する会社と、今後の取引を続ける気はありませんので。サイバーエッジさんには、明日付で契約解除の通知を送らせていただきます。あぁ、もちろん、この件で御社に多大な損失を出した責任は、メイン担当であるあなたが負うことになるでしょうが」


 高見さんの完膚なきまでの宣告に、海斗は膝から崩れ落ちた。


「嘘だろ……俺の、出世コースが……。ゆ、結衣! 頼む、結衣からこいつに言ってくれ! 俺たち、三年も付き合ってたじゃないか! なぁ!!」


 床に這いつくばり、私のドレスの裾を掴もうとする海斗。

 私は一歩下がり、彼にトドメの言葉を突きつけた。


「さようなら、海斗。あなたの欲しがっていた『完璧な女』は、最初からあなたの隣にいたのにね。――その曇った目じゃ、一生見つけられないだろうけど」


 警備員が駆けつけ、見苦しく叫び続ける海斗はラウンジからつまみ出されていった。

 後日風の噂で聞いたところによれば、彼は会社に大損害を与えたことで地方の閑職へと左遷され、それを知った里奈にも即座に見捨てられ、多額の借金だけが残ったらしい。


***


「……終わりましたね」


 静かになったラウンジで、高見さんが優しく微笑みかけてきた。


「はい。なんだか、憑き物が落ちたみたいにスッキリしました」

「それは良かった。では……約束通り、私の話を聞いていただけますか?」


 高見さんは私の手を取り、その場に片膝をついた。

 まるで、映画のワンシーンのように美しく、洗練された動作で。


「結衣さん。仮面を被ったリリィとしてのあなたも、分厚いメガネをかけた素顔のあなたも、私はそのすべてを愛しています。私に、あなたのこれからの人生のプロデュースを……いや、あなたの隣を歩く権利をいただけませんか」


 海斗には決して見抜けなかった、私という人間の本質。

 それを最初から見出し、大切に守り、輝かせてくれたのは、目の前にいるこの人だけだった。


「……私なんて、本当はただの地味でオタクな女ですよ?」

「それがいいんです。深夜に二人で、パジャマ姿のままマクロの美しさについて語り合えるなんて、最高の贅沢じゃないですか」


 彼の真面目な冗談に、私はたまらず吹き出した。

 そして、差し出されたその大きな手を、今度は私からしっかりと握り返した。


「……よろしくお願いします、蒼介さん」


 過去のつまらない男は、完璧な復讐と共に切り捨てた。

 これからは、私の本当の価値を認めてくれる最高のパートナーと共に、私は私らしく、この世界で一番輝く道を歩いていく。

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