第7話《使った情報》
午後。
事務所の空気は、少しだけ張っていた。
耀は、机に向かいながら
同じ資料を何度も見返している。
(……よし)
依頼人から追加で届いた情報。
有哉が「使わない方がいい」と言ったやつ。
でも──
削る理由を、説明されていない。
なら、使う。
それが、自分の判断だ。
「……父さん」
耀は、資料を差し出した。
「この情報も含めて、
調査範囲、広げた方がいいと思います」
探は受け取り、
一通り目を通す。
「……なるほど」
それだけ言って、
頷いた。
否定しない。
肯定もしない。
「じゃあ、この方向で行こう」
「はい」
耀は、少しだけ胸を張った。
(ちゃんと、自分で決めた)
有哉のほうを見る気は、なかった。
数時間後。
依頼人から、追加の連絡が入る。
「……え?」
耀は、受話器を持ったまま
眉をひそめた。
「その人……
関係、なかったんですか?」
探が横から聞き取る。
話を終えた後、
事務所に静かな間が落ちた。
「……どうやら」
探が資料を閉じる。
「余計な線を一つ、
増やしてしまったみたいだな」
責める声じゃない。
淡々とした事実確認。
「……はい」
耀は、喉が少しだけ詰まる。
「時間、少し無駄にしました」
「大きな問題ではない」
探はすぐに言った。
「調査は続けられる」
「……でも」
耀は、言葉を探す。
「依頼人、不安にさせました」
探は、耀を見る。
「それも、仕事だ」
それ以上は、言わなかった。
応接ブース。
有哉は、ソファーに座ったまま
そのやり取りを聞いていた。
何も言わない。
表情も変えない。
資料が、
机の上に戻される。
そして、
何も言わずに
紙を揃える。
「……」
耀は、その動きを
視界の端で見てしまった。
胸の奥が、
ちくっと痛む。
(……言わないんだ)
「だから言っただろ」
も。
「ほらな」
も。
何も。
それが、逆に、きつかった。
夕方。
依頼人への説明も終わり、
事務所は静かになる。
「今日はここまでだな」
探の声。
「はい」
耀は、片付けをしながら
何度も、同じことを考えていた。
(……使わなくてよかった、のかな)
でも、今さら聞けない。
有哉は、
何も言わないまま立ち上がる。
「……」
耀は、思わず口を開きかけて──
やめた。
何を言えばいいのか、
分からなかった。
有哉は、
いつも通りジャケットを羽織り、
ドアに向かう。
「お疲れ」
探が声をかける。
「……ああ」
それだけ。
有哉は、
耀を見なかった。
ドアが閉まる。
足音が遠ざかる。
耀は、机に残った資料を見つめたまま動けずにいた。
正論で押し切った判断。
間違いではない。
でも。
(……正解でも、なかった)
その事実だけが、
静かに残った。
──────────────────────
部屋の灯りは、最低限だった。
コンビニで買った弁当は、
半分も減らないまま机の上にある。
耀は、ベッドの端に座って
膝の上に資料を広げていた。
昼間の、
──使わなくていい。
何度も、
頭の中で再生される。
(……言われたから、じゃない)
自分で決めた。
自分で、使った。
だから結果も
…自分のものだ。
「……」
小さく息を吐く。
間違いじゃなかった。
でも、正確でもなかった。
(……要点、か)
昼間、有哉が言った言葉。
切れ。
捨てろ。
残すのは、要点だけだ。
ムカついた。
見下されたと思った。
でも今は、その言葉だけがやけに頭に残る。
「……」
耀は、資料の端を指で押さえた。
全部を拾おうとした。
見落としたくなくて。
失敗したくなくて。
でもそれは──
怖かったからだ。
新人で。
まだ分からなくて。
判断を間違えるのが、怖かった。
「……強くなりたい」
小さく、呟く。
誰かに決められるんじゃなく。
誰かの正しさに寄りかかるんじゃなく。
自分で選べるようになりたい。
資料を閉じる。
今日は、もういい。
ベッドに横になって、
天井を見つめる。
(……次は)
次は、
ちゃんと切ろう。
眠りに落ちる直前
そんな決意だけが胸に残っていた。




