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第6話《話しかけないでください》

翌朝。

光墨探偵事務所のドアを開けて、

耀は一瞬だけ中を確認した。

──いる。

応接ブース。

昨日と同じソファー。

脚を組んで、資料をめくっている男。

(……最悪)

心の中でそう吐き捨てて、

耀は視線を逸らした。

「おはようございます」

探にだけ、声をかける。

「おはよう」

有哉の方は、

見ない。

完全に。

「……」

有哉はちらりと顔を上げたが、

耀は気づかないふりをして

そのまま自分の席に向かった。

鞄を置く。

PCを立ち上げる。

資料を開く。

「……」

応接ブースから、

紙をめくる音。

「──おい」

来た。

「昨日の」

「話しかけないでください」

被せ気味だった。

有哉の言葉が、途中で切れる。

「……は?」

「業務に関係のない会話は不要です」

耀は画面から目を離さない。

「それに、

 私、有哉さんと

 話すこと、特にありませんので」

空気が、ぴしっと固まる。

探が、少しだけ様子を見るが、

口は出さない。

有哉は、しばらく黙っていたが、

やがて鼻で笑った。

「……昨日の続きか」

「違います」

即答。

「単に、距離を取っているだけです」

「距離ね」

有哉は、立ち上がった。

「随分分かりやすいな」

「分かりやすくて結構です」

耀は、やっと顔を上げた。

「誤解されたくないので」

「……は?」

「私は、

 ちゃんと仕事をしに来てます」

言い切る。

「昼間寝て、

 夜に遊びに行く人と

 一緒にされたくありません」

一瞬。

有哉の目が、

すっと細くなった。

「……何の話だ」

「分からないなら、いいです」

耀はすぐに視線を戻す。

「邪魔しないでください」

完全に、壁。

有哉は、何か言いかけて──

やめた。

「……チッ」

小さく舌打ちして、

ソファーに座り直す。

それ以降、

事務所に会話はなかった。

キーボードの音。

紙の擦れる音。

時計の針。

ただ、それだけ。

耀は意地でも、

有哉の方を見なかった。

昨日の繁華街。

ネオン。

背中。

思い出さない。

思い出さない。

(……ムカつく)

それだけで、

十分だった。

探は何も言わずに仕事を続けていた。

この事務所では、

今日もまた

誰も何も説明しないまま、

時間だけが進んでいく。



午前中の事務所は、静かだった。

電話も鳴らない。

依頼人も来ない。

キーボードの音と、

紙をめくる音だけが、一定のリズムで続いている。

耀は、机に広げた資料と睨めっこしていた。

「……」

眉間に、しわ。

(分かんない……)

依頼人から追加で届いた情報。

過去の記録。

関係ありそうで、なさそうで、

どこまで使っていいのか判断がつかない。

(父さんに聞くのは……なんか悔しい)

唇を噛み、

もう一度資料を読み直す。

その時だった。

「──それ」

低い声。

耀は、ぴくっと肩を震わせた。

「……」

無視。

「その情報」

もう一度。

耀は、ゆっくり顔を上げた。

「……何ですか」

有哉は、応接ブースからこちらを見ていた。

表情はいつも通り。

機嫌も悪くなさそうで、

だからこそ腹が立つ。

「使わねぇ方がいい」

一言。

「……え?」

「ノイズだ」

それだけ言って、視線を資料から外す。

耀の中で、

何かがカチッと音を立てた。

「…理由は?」

「要らねぇ」

「は?」

耀は椅子から立ち上がった。

「これは、私の担当です」

「だから言ってんだ」

有哉は、面倒くさそうに続ける。

「その情報、判断狂わせる」

「……勝手に決めないでください」

「勝手じゃねぇ」

「勝手です!」

声が大きくなる。

「有哉さん、

 ここ、私の仕事場です」

「知ってる」

「だったら!」

耀は、資料を持ち上げた。

「私の判断に口出ししないでください!」

有哉は、少しだけ目を細めた。

「感情で噛みつくな」

最悪の一言。

「……感情?」

耀の声が、低くなる。

「私は、ちゃんと考えてます」

「考え方が甘い」

「──っ」

「情報を全部拾えばいいってもんじゃねぇ」

有哉は、淡々と言う。

「切れ。

 捨てろ。

 残すのは、要点だけだ」

「……それを」

耀は、唇を噛みしめて言った。

「上から言われる筋合いはありません」

「上?」

「そうです!」

耀は、完全にスイッチが入っていた。

「何でも分かってるみたいな顔して!

 説明もしないで!

 教える気もないのに!」

「仕事の話だ」

「違います!」

耀は机を叩いた。

「それは、

 人を見下してるだけです!」

事務所の奥で、

探が顔を上げた。

だが、何も言わない。

有哉は、しばらく耀を見ていたが、

やがて視線を逸らした。

「……好きにしろ」

「します!」

被せる。

「自分で判断します!」

「結果だけは出せ」

「言われなくても!」

完全に決裂だった。

有哉は、それ以上何も言わず、

ソファーに背を預ける。

会話は、終わった。

耀は、荒い呼吸のまま座り直し、

資料を睨みつける。

(……ムカつく)

(ほんと何なの、あの人)

助ける気があるなら、

ちゃんと話せばいい。

話す気がないなら、

最初から口出ししなければいい。

中途半端で、

偉そうで、

最悪だ。

探は、

その様子を静かに見てから、

ただ一言だけ言った。

「耀」

「……はい」

「どう判断する?」

耀は、ぎゅっと拳を握る。

「……使います」

即答。

探は、何も言わず頷いた。

有哉は、

そのやり取りを横目で見ただけで、

何も口を挟まなかった。

ただ、

少しだけ目を伏せる。

それが何を意味するのか、

この時の耀は、考えもしなかった。


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