第5話《見なきゃよかった》
夕方。
探偵事務所は、いつもより少し早く静かになった。
「今日はここまでにしようか」
探の言葉に、
耀はほっと息を吐く。
「はい」
机を片付け、
電源を落とし、
鞄を肩に掛ける。
「お疲れさま」
「お疲れさまです」
事務所を出て、
それぞれ逆方向へ。
耀は、自分のアパートとは反対の道に足を向けた。
(……疲れた)
頭も、気も、
なんだかぐちゃぐちゃだ。
(今日は……なにか食べて帰ろう)
自炊する気力はない。
そう決めて、
いつもは通らない道を選んだ。
──探偵事務所より少し離れた場所にある繁華街。
ネオンが灯り始め、
人通りが増えてくる時間帯。
その時だった。
「あ……」
視線の先。
少し先の歩道を、
見覚えのある背中が歩いていく。
長身。
歩幅が大きくて、
やたらと速い。
「……え」
一瞬、
目を疑った。
(……有哉さん?)
颯爽と歩くその姿。
向かっている先は──
ホストクラブ。
ホテル。
バー。
怪しげな看板が並ぶ通り。
耀は、思わず足を止めた。
「……うわ」
思わず、声が漏れる。
(あの人……
あんなとこ行くんだ……)
一気に、
昼間の態度が脳裏に蘇る。
偉そうで。
感じ悪くて。
夜に出かけていって。
(……やっぱり)
勝手に納得してしまう。
(だから昼間寝てるんだ……)
耀は、思わず柱の陰に隠れた。
(別に、追いかけるわけじゃないし!)
ただ、
同じ方向に進んでいるだけ。
でも。
通りは、
明らかに"そういう場所"だった。
女の子の笑い声。
呼び込みの声。
煌びやかな光。
一般的に見れば"顔がいい部類のほう"に入るであろうあの男にはぴったりな場所。
(……私、
絶対この道通らない……)
そう思いながら、
視線だけは外せなかった。
有哉は一度も振り返らない。
迷いもなく、
まっすぐ進んでいく。
「……」
耀は、
胸の奥が、妙にざらつくのを感じた。
(……なんで私、
こんなの見ちゃったんだろ)
知らなきゃよかった。
職場で寝てる、
最悪な居候。
それだけで、
十分だったのに。
(……納得、したけど)
なのに。
なぜか、
気分は悪かった。
耀は、踵を返した。
「……今日は、
やっぱり帰ろ」
食欲も、
どこかへ消えていた。
背後で、
ネオンがきらきらと瞬く。
その光の中へ、
有哉の姿は、
すぐに紛れて見えなくなった。




