第4話《いない時間》
守秘義務とかこの世界にはないです。ご都合主義ですね!
「……行ってきます」
耀は早口でそう言って、
鞄を肩に掛けた。
返事を待つ気もない。
探のほうも、あえて引き留めなかった。
ドアが閉まる。
事務所に残ったのは、
探と有哉の二人だけだった。
「……」
しばらく、沈黙。
有哉はソファーに座ったまま、
手元の資料に視線を落とす。
さっきの喧嘩など、
なかったかのように。
数分後。
「……ふぅ」
有哉は小さく息を吐き、
散らばっていた書類をまとめ始めた。
付箋を外し、
順番を揃え、
要点だけを残す。
動きは無駄がなく、
静かだった。
探はそれを横目に見ながら、
何も言わずに仕事を続ける。
やがて、有哉は資料を一つに束ね、
探の机に置いた。
「……これ」
「ん?」
探が顔を上げる。
「さっきの件。
整理しといた」
探は一瞬だけ目を瞬かせ、
資料に目を通す。
「……助かる」
すぐに、そう言った。
「本当に」
有哉は肩をすくめる。
「暇だっただけだ」
「それでも、だ」
探は資料を閉じ、
少し困ったように笑った。
「いつもすまないね」
「別に」
「本当は、
ゆっくり休んでほしいんだが」
「……」
有哉は返事をしなかった。
そのまま、
ソファーに戻り、
ごろりと横になる。
腕で目元を覆う。
「寝るぞ」
「どうぞ」
探は、それ以上何も言わなかった。
事務所に、
キーボードの音と、
紙をめくる音だけが残る。
それが、
この二人の"いつも"だった。
夕方。
ドアが開く音がした。
「……ただいまです」
耀が戻ってきた。
少し疲れた顔。
歩きながら、無意識に応接ブースを見る。
ソファーには誰もいない。
「あ……」
ほんの一瞬、
拍子抜けしたような表情。
その時。
「──邪魔したな」
低い声。
耀が振り返ると、
有哉が玄関に立っていた。
ジャケットを羽織っているところだった。
「あ」
一瞬、
間が空く。
「……行くんですね」
言ってから、
自分でも少し驚いた。
有哉はちらりと耀を見る。
「ああ」
「……」
「じゃあな」
それだけ言って、
ドアを開ける。
耀は、
なぜか引き止める言葉が出なかった。
「……」
ドアが閉まる。
外に向かう足音が、
遠ざかっていく。
耀は、
しばらくその場に立ち尽くしていた。
「……なんなの、ほんと」
小さく呟く。
最悪で、
感じが悪くて、
勝手な男。
──のはずなのに。
机の上に置かれた資料が、
やけにきれいに揃っているのが、
目に入った。
「……」
胸の奥に、
言葉にできない違和感が残る。
探は、
何も言わずに仕事を続けていた。
今日も、
光墨探偵事務所は
いつも通りに一日を終える。
誰も知らないところで、
誰かが出て行き、
誰かが戻ってくるだけの──
ただの一日として。




