第14話《寝顔を見た》
朝。
光墨探偵事務所はいつもより静かだった。
探は朝から外回り。
事務所にいるのは、耀と──
応接ブースのソファーに沈んでいる男だけ。
「……」
耀は掃除道具を手に取りながら、
ちらりとソファーを見る。
有哉は、またジャケットも脱がず、
片腕を目元にかけて眠っていた。
(……起きてない、よね)
今日は事務所内の清掃日。
そこの応接ブースも当然対象だ。
(……仕方ない)
耀は静かにソファーに近づく。
床。
テーブル。
ソファーの脚。
音を立てないように、慎重に。
その時だった。
ふと、有哉の腕がずれた。
目元が少しだけ見える。
「……」
耀は思わず動きを止めた。
(……あれ?)
寝ている顔。
珍しく無防備で、険のない表情。
切れ長の目。
整った鼻筋。
疲労のせいか、少しだけ落ちたまつ毛。
(……え)
一瞬、理解が追いつかない。
(……顔、整ってない?)
いつもの
偉そうで、感じ悪くて、ムカつく男。
そのイメージと、今目の前にある寝顔が
どうしても一致しなかった。
(……意外と……)
その先を考える前に、掃除機が小さく音を立てた。
「……っ」
しまった、と思った瞬間。
「……うるせえなあ……」
低く、眠そうな声。
有哉が眉を寄せた。
「……」
耀ははっと我に返る。
(……何見てたの私!)
「…だったらどいてください!」
反射的にいつもの強い声が出た。
「掃除してるんで!」
有哉は片目だけ開ける。
「……は?」
「ここ、掃除するんです」
「……今?」
「今です!」
有哉はしばらく耀を見てから
面倒くさそうに言った。
「……少し待て」
「待ちません!」
耀は完全にいつもの調子に戻っていた。
「……」
有哉は舌打ちして身体を起こす。
髪が乱れたまま。
目は半分閉じている。
(……起きた顔はやっぱりムカつく)
そう思って、なぜか少し安心した。
「……チッ」
有哉は立ち上がり、
ソファーの端に移動する。
「これでいいだろ」
「はい」
即答。
耀は、掃除機を動かしながら
一度も有哉を見なかった。
でも。
胸の奥に、さっき見た寝顔がずっと残っている。
(……忘れよ)
そう思えば思うほど、なぜか消えない。
数分後。掃除が終わる。
「……終わりました」
「……ああ」
有哉はまたソファーに沈む。
今度は、腕で目元を完全に隠して。
耀はその横を通りながら
一瞬だけ足を止め──
やめた。
何も言わず、自分の席に戻る。
(……知らなかっただけ)
(……それだけ)
でも。
「……」
キーボードを打つ指が、
少しだけ遅くなっていた。




