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第13話《聞きかけたこと》

翌日。

光墨探偵事務所のドアを開けて、

耀は自然に応接ブースを見た。

──いない。

(……今日も)

それだけ思って、席に向かう。


午前中は静かだった。

電話も少なめで、

依頼も一件だけ。

探は奥で書類仕事。

耀は資料の整理をしていた。

ふと、昨日の光景が浮かぶ。

ソファーに沈む背中。

落ちた肩。

(……やっぱり疲れてたよね)

気づいた時、

もうそれを"気にしている"自分がいた。


昼過ぎ。

探が、コーヒーを淹れて自分の席に戻る。

耀はその背中を見ながら

何度か口を開きかけ──

やめて。

また開いて。

やめて。

(……聞くほどのことじゃない)

でも。

(……でも)

「……父さん」

声が出た。

「ん?」

探は、手を止める。

耀は、一瞬迷ってから言葉を選んだ。

「……有哉さん、昨日」

探の視線が静かにこちらを向く。

「……疲れてそうだったけど」

そこまで言って、

一拍。

「……あの人、何の仕事してるの?」

言ってしまった。

事務所の空気が、

ほんの少しだけ変わる。

探は、すぐには答えなかった。

カップを置き、一呼吸。

「……そう見えたか」

「うん」

耀は、自分でも驚くほど素直に頷いていた。

「……いつも、夜に出かけてるし

朝は寝てるし。

でも来ない時もあるし…」

探は、

少しだけ困ったように笑う。

「色々、だよ」

「色々?」

「色々」

それ以上は、言わない。

耀は、

少しだけ眉を寄せた。

「……何か危なそうな仕事?」

探の表情が、

ほんの一瞬だけ

読めなくなる。

「……聞かない方がいい」

柔らかい声だった。

叱るでもなく、

誤魔化すでもなく。

ただ、

線を引く声。

耀は、

その意味をちゃんと感じ取ってしまった。

「……そっか」

それ以上、踏み込まない。

探は耀を見る。

「耀」

「なに?」

「気にするな、とは言わない」

「……」

「でも、知ろうとしなくていい」

探は、

はっきりと言った。

「今は」

耀は、少し驚く。

「……今は?」

「そう」

それだけ。


夕方。

片付けの時間。

耀は、資料を棚に戻しながら考えていた。

夜の仕事。

危ないかもしれない仕事。

聞かない方がいい仕事。

(……フリーターじゃなさそう…?)

でも、

それ以上は分からない。

分からないまま、気になっている。

それが、少しだけ居心地が悪かった。


帰り道。

ネオンが灯りはじめる街を

避けるように歩きながら、

耀は小さく息を吐く。

(……何で私、

 あんなこと聞いたんだろ)

答えは、出ない。

でも。

(……いつもの調子じゃないのは

 ちょっと心配になる)

そんな考えが浮かんだことに、

一番驚いたのは

自分自身だった。

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