第12話《戻ってきた人》
朝。
光墨探偵事務所のドアが開いた音に、
耀は反射的に顔を上げた。
──いる。
応接ブースのソファーに、
見覚えのある男が座っていた。
いや…
座っている、というより沈んでいる。
背中を預け、
ジャケットも脱がず、
目を閉じている。
「……」
一瞬、声が出なかった。
(……今日は…いる)
それだけで、
胸の奥が何故か小さく揺れる。
「……おはようございます」
何故か声のトーンを落とし、探にだけ声をかける。
「おはよう」
探は有哉の方をちらりと見てから
何も言わなかった。
有哉は、
起きない。
寝ているのか、
起きているのかも分からない。
耀は自分の席についた。
午前中。
電話。
資料。
玄関先での少しの来客。
いつも通りのはずなのに、
視線が、何度も応接ブースに行く。
(……いつもより静か)
だらしない態度。
口の悪さ。
あの感じが、ない。
ただ、そこにいるだけ。
(……疲れてる?)
思った瞬間、自分で自分に驚く。
(……何で気にしてるの)
昼過ぎ。
探が一つのファイルを
応接ブースのテーブルに置いた。
「これ」
有哉は目を開ける。
ゆっくりと身体を起こし、
ファイルを手に取る。
無言。
ぱらり、と
ページをめくる。
耀はふいに視線をそちらにやる。
よく見れば、
そのファイルは先日自分がまとめたものだった。
(……何か言う?)
「甘い」とか。
「違う」とか。
「無駄が多い」とか。
来ると思っていた。
でも。
有哉は最後まで目を通すと
静かにファイルを閉じた。
「……終わってるな」
それだけ。
「うん」
探が短く返す。
それ以上、会話はなかった。
評価も、
指摘も、
説明もない。
でも。
(……否定、されてない)
耀の胸が、少しだけ熱くなる。
夕方。
片付けの時間。
有哉はまだソファーに沈んでいた。
肩が深く落ちている。
(……本当に疲れてるっぽい)
耀は、
自分でも気づかないうちに
キッチンの方を見ていた。
(……コーヒー)
昨日は、自分の分だけ淹れた。
今日は──
(……いや)
やめる。
耀は自分の席に戻った。
帰り際。
探が静かに声をかける。
「今日は、ここまでにしよう」
「はい」
耀は鞄を持ち、
一足先に玄関へ向かう。
その途中、
ほんの一瞬だけ応接ブースを見る。
有哉は、目を閉じたまま動かない。
(…今日は、一日中静かだった…)
気にしてしまった。
「……お疲れさまでした」
誰に向けたか分からない声。
返事は、ない。
耀は、一度足を止めて──
そのまま出た。




