第11話《自分で選んだ答え》
朝。
光墨探偵事務所のドアを開けて、
耀は一瞬だけ、応接ブースを見る。
──今日も、いない。
「……」
もう、確認する癖がついてしまっていることに、
少しだけ苦笑する。
(……集中)
鞄を置き、自分の席につく。
今日は依頼が一件だけ入っていた。
内容は、小さな調査。
派手さもなく、緊急性もない。
でも──
判断を間違えると、
無駄に広がるタイプの案件だった。
「……よし」
耀は、資料を広げる。
午前中。
依頼人の証言。
過去の記録。
第三者の噂話。
(……前だったら)
全部、拾っていた。
(……でも)
耀は、一度手を止める。
深く、息を吸う。
事実か。
確認できるか。
証拠があるか。
「……ない」
線を引く。
切る。
迷いが、
一瞬だけ胸をよぎる。
(……これで、いい)
誰も、答えを教えてくれない。
でも、
今はそれでいい。
昼過ぎ。
探が資料を覗き込む。
「どう進める?」
耀は、顔を上げて言った。
「……この線だけで行きます」
「理由は?」
「裏が取れています。
それ以外は、
可能性があるだけで、
判断を狂わせると思いました」
声は少しだけ緊張していた。
でも、
逃げなかった。
探は、一拍置いてから頷く。
「いい」
それだけ。
耀の胸の奥が、
少しだけ軽くなる。
夕方。
結果が出る。
調査は最短で終わった。
依頼人の不安も最小限で済んだ。
「助かりました」
頭を下げる依頼人を見送って、
事務所に静けさが戻る。
「……」
耀は、
椅子に座ったまましばらく動けなかった。
(……できた)
完璧じゃない。
でも間違ってはいない。
自分で、
選んだ。
片付けの時間。
資料をファイルに戻しながら、
ふと、思う。
(……あの人がいたら)
違う判断をしたかもしれない。
あるいは、
同じだったかもしれない。
でも。
(……今日は、私一人で)
それで、
ちゃんと終わった。
耀は、小さく息を吐いて立ち上がった。
夜。
一人暮らしの部屋。
いつもより、
少しだけ軽い足取りで
靴を脱ぐ。
冷蔵庫を開け、
簡単な夕飯を用意する。
コーヒーを淹れようとして──
一瞬、止まる。
「……」
そして、カップを1つ出した。
湯気。
香り。
(……うん)
一口飲んで、小さく頷く。
今日は、
ちゃんと苦くて、
ちゃんと美味しい。




