Issue#01 I I I Don't Want to Set the World on Fire CHAPTER 01 06
その時である。
「すみませーん!ピザサファリでーす、お届けにまいりました!」
威勢のいい声が、障子を隔てたすぐ外から響いた。
「あ、はーい!すぐ行きまーす!」
「……コーラ取ってくるね!」
はちるは小柄な母の体をたやすく脇へと除けると、やんわりとした「ナルト走り」でその応対へ向かう。さなも、筆が半紙をなぞるように静かなホバー移動で、飲み物を求めて別棟へと姿を消した。
親子の礼に始まる儒教の八徳――ふだんであれば、尊はそれらを殊更に意識することのない人物だった。だがこの時ばかりは、その徳目の一端が軽んじられることに、稀に見るほどの反発を覚えた。
無理もない。これは彼女にとって、本当に重要な用件だったのだ。
それにもかかわらず、4人の娘たちはことごとく彼女を後回しにし、親の言葉を軽んじて憚らない。
「ぐぬぬ……」
尊は、声にならぬ嘆息をひとつ漏らし、ややうつむいたまま静かに耐えていたが、
やがて顔を振り上げ、何かの覚悟を決めた。
ちょうどそのとき、膝をそろえてかがんだおせちが、床に置かれた皿へと、しゃもじでチャーハンをよそいはじめようとしていた。
その間隙をつき、尊は怒気を込めた手のひと振りで、フライパンを強引にさらい取った。
「先に話と言っとるじゃろ!!」
その所作はまるで、大ぶりの平手を放つかのような勢いだった。
「あっ!!」
「……おっ、なにするんだ!」
虚を突かれたおせちは咄嗟に声を上げ、アシュリーもまた、怒りをたたえた目で母を振り返ったが、
尊はその反応に構うことなく、フライパンを抱えて玄関の方へと一目散に駆けていった。
*
……厳密に言えば、このお堂の大扉は、本尊を祀る広間へと直結しているわけではない。
和風の一般邸宅にも見られるような、こぢんまりとした玄関が間にひとつ挟まっている――それが実情だ。
その玄関では今、パステルカラーのセーターとスカートをまとった白毛の獣人少女が、
シーサーや赤べこ、こけしなど、各地の土産物が雑然と並ぶ靴箱の隅から、青い半透明のケースを引き寄せていた。中から小銭を選び取り、くしゃくしゃに折れた1000円札3枚の上にそっと重ねて、配達員へ手渡す――ちょうどそういった場面だ。
繊細な体毛が密に生い茂るその掌は、実寸よりもいくらか膨れて見え、やわらかく、また温かそうでもある。その手が滑らかに前へと伸びるのに呼応して、向かいの男性――黄色と黒の縞模様が入ったユニフォームと野球帽を着けた者――が、両腕にかかえた箱を差し出す。そこには、焼き立ての麦の匂いと、少しばかりの人間の夢とが、湯気ごと詰め込まれていた。
「……ダメじゃっ!」
その叫びとともに、尊は風のような速さで両者のあいだに割り込み、
はちるの体を軽やかに後方へと押し戻した。まさに金と品とが穏やかに交わされんとする寸前、
それを「予定調和」と見なすがごとき空気に真っ向から抗い、彼女は声を張った。
「お金は支払いますから、これはすべて持って帰ってくだされ!」
ひときわ強い語調で言い放つその姿は、外から見ればまるで相手に詰め寄っているかのようで、
渡す側の店員は目を丸くして動きを止めた。
「えっ?いいんですか!」
「はい、どうか、お気になさらず!」
「あ、そりゃあどうもぉ!」
まごつきながらも尊の反応を好意と受け取った彼は、すぐさま態度を一変させ、
その場で豪快に箱を開けると、まだ熱を湛えたピザスライスを手に取り、
とろりとチーズをしたたらせながら、それをついばみ始めるのだった。
「ホカホカのチャーハンにコーラもありますからの!」
身を翻した尊は、間髪入れず漆塗りの盆を店員へと差し出した。
その上には、山盛りのチャーハンを盛った小皿が5つ、そして氷の浮かぶロックグラスに注がれた、茶色い、しゅわしゅわのソフトドリングが、
同じく5つ並べられていた。
「ああ、ありがとうございますぅ!……よかったら明日もご注文の方、ぜひともしてただいてこんな感じでお願いしますぅ!」
口内が旨味で満たされた彼は、はふはふと息を吹きかけながらも、なお笑顔を崩さない。
なんとも厚かましいことを言ってのけたあとのもともと剽軽な顔つきは、望外の幸福にすっかりゆるんでいた。
高評価やブックマーク、本作のご紹介、Xのフォローなどで応援いただけますと幸いです。制作の大きな力になります。
https://x.com/piku2dgod
本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24843658
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=25490740
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=26572256




