Issue#01 I I I Don't Want to Set the World on Fire CHAPTER 03 15
まさにそんな時、突然アシュリーのスマホに着信音が鳴り響いた。
「……おいお前たち、ちゃんと大人しくしとるか!」
画面を見ずに出たその相手は――噂をすればなんとやら、吉濱尊だった。
「ああ、母ちゃん?今どこにいるんだ。というか、どうやって連絡してきてんだ?スマホ持ってないくせに」
「ふるさとに帰ってな、旅館のを借りとる」
「ゲッ!」
つい数秒前まで話題にしていた“あの場所”から、ぴたりと応答が返ってくる、
言霊の、あまりにも覿面な実り具合に、アシュリーは思わず素っ頓狂な声を上げる。
「どうしたんじゃ?」
「いや、なんでも……」
「わしはいま、とにかく情報収集の最後の詰めじゃ。……そっちは、何も変わりないかの?」
「ああ、大人しくしてるのは間違いない。ちゃんと部屋にいるし、
信じられないなら映像通話してもいいぞ?ウチみたいなボロ電話じゃないんだったらそっちでもできるよな?」
「いや、かまわん!」
やたらな即答に込められた裏の事情をアシュリーはそこはかとなく察したが、
特にツッコむこともなく会話を続ける。
「……あっ、出雲そばはいらないから、土産は白い恋人でお願いな」
「バカモノ!旅行ではないわ!――」
尊はぴしゃりと叱ったが、その声音の奥からは、湯上がりで火照ったような雰囲気と、浴衣の衣擦れすら感じ取れた。
「――とにかく、この母のことは心配いらん。お前らも早よ寝て、明後日からちゃんと学校に行くんじゃぞ」
その声の主――宿泊客の往来する廊下の、電話台の前でつま先立ちになり、ようやく受話器に食らいついている吉濱尊の姿は、神の貫禄にはやや遠く、どこか駄々っ子めいたおかしさを帯びていた。
髪を結った浴衣姿がそのアンバランスをさらに助長する、安定した姿勢すらままならぬような格好で、やたら偉そうに言葉を重ねているのだ。
「……あ吉濱さん!もうお夕飯の支度できてますよー」
たまたま近くを通った仲居が声を大きめにかけると、
背筋を泡立たせた尊は、咄嗟に受話器を手で覆い、何も聞かれなかったことを祈って、ばつの悪そうに顔を電話口からそむける。
「はいはい、おやすみ……」
アシュリーは苦笑を浮かべながら通話を切った。
修学旅行の夜にある、先生の見回りのようなひとときを首尾よくやりすごした4人は、
そのまま軍関係者とおぼしき『彼』の身元特定作業に、黙々と取り組んでいる。
「でも、住所とかさ。肝心な情報は結局わかんないね……」
と、さなが言いかけたそのとき、
「それ、分かるかもしれないよ。ほら、北朝鮮のサイバー攻撃でSNSのアカウント情報が大量に流出してるって話」
今度は、おせちがひらめきを得た。
「なるほどな!ナイスアシスト、キム!」
アシュリーが快哉を叫び、部屋に一瞬、明るい熱気が立ち上った。
「……ほんとだ。あったあった。ダークウェブにリストが上がってる。SNSの認証情報、1件180円だって」
はちるが喜々として操作を続け、
「そりゃいいな、スマホゲーのガチャより安い」
アシュリーは冗談めかして言った。
「”マツバラショウゴ”さん。この人、防衛省の職員だね。東京市の……だいたい絞れてきたよ」
両手で包んだスマホの操作に、おせちはさらに集中するのだが、
場が本格的に盛り上がり始めてきた、そういった瞬間に、ふとはちるが声を発した。
「――ちょっと、いい?」
操作の手を止めた彼女は、しばし迷ったのち、意を決したように言葉を継ぐ。
「……でもさ。無関係の人、脅したりするのって――やっぱよくなくなくなくない?」
その口ぶりは弱々しかったが、部屋の空気を変えるにはじゅうぶんだった。
それは、皆がどこかで思っていたことだ。だからこそ、ふと沈黙が降りてきて、誰もすぐには言葉を返せなかった。
「ま、……それはそうだけどな……」
「うん……」
「やっぱ、別の手考える?」
アシュリー、おせち、さな、3人の態度も徐々に軟化しはじめた、ちょうどそのとき。
「へにょっ」というふぬけたSEとともに、「マツハラショウゴ」氏のXitterアカウントが折よく更新された。
『週末ディナー!今日は女の子誘ってる』
投稿には、フォーマルな格好の男女がピースサインをして収まった、スマホ画面いっぱいの自撮り画像が添えられていた。
レストランの白く荘重な内装と東京の夜景は窓枠1枚の関係で連なって、奥には、電飾に彩られた東京タワーが、かすかにそびえていた。
そして、その1分後――。
『いい気分だからぶっちゃけるか~?!
この間の空縁の市民、まぁ~じ避難遅かった
平和ボケって言葉の意味初めて理解したわ
2発目落ちたらさすがに本気になるかな?』
ついにその決定的な投稿が、4人の目の前に浮かび上がってしまうのである。
この文字列を文章として理解した瞬間、心の底から冷ややかな目つきになったおせちは、
「……ああ〜、やっぱりこの人に“協力”してもらおう」
そう口にしながら、無意識のうちに仕舞いかけていたスマホを取り直した。加速するその指さばきには、もう何の迷いもない。
……被害者に対してあまりにも無礼な、直近のその投稿が――他ならぬ“摘果”の判断を促したのである。
本来ならば、もうすこし熟すのも待つことができたはずの正義感という果実は、
そのまま、静かに果樹園主の剪定を受け、無事に“出荷”されてしまったかのようだった。
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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