Issue#01 I I I Don't Want to Set the World on Fire CHAPTER 03 04
……ところでなぜ北朝鮮は、世界市民から蛮行とも受け止められかねない、こういった強行的な手段に出たのだろうか?
理由は簡単だ。国家間の駆け引きにおいて、誠実な選択肢はほとんどの場合悪手だからである。
たしかに個人間のいさかいであれば、心からの「ごめんなさい」が、過去の経緯や利害を越え関係を一気に修復することもある。
それはなぜかというと、その謝罪を受け入れる側も、それを発する側もたった1人の人間にすぎず、互いの感情に直接はたらきかけることが可能だからだ。
しかし、国家とは多数の人間の集合体であり、その行動原理は個人のそれとは異なる。
国家にとって最も優先すべきは、国民全体の幸福や安全という、個人の利害を超えた「国益」だ。
この国益は集団の総意として練り上げられた価値観であり、個別の感情や道徳観念がそのまま反映されるものではない。つまり集団としての国家は、常に、現実的かつ冷徹な利害計算のもとに動くことが求められる。
たとえ自らの過ちであったとしても、国家はそれを安易に認めるわけにはいかない。
誠実な謝罪は、一見高潔な行為に見えるかもしれないが、それは往々にして国民全体の不利益を招く。
対外的に非を認めることは、国家の威信を損ない、敵対勢力に優位を与える危険をはらむからだ。
国際社会とは、秩序を統べる上位の権威が存在しない無政府の場である。世界連邦(本作品世界における、地球の、最も権威ある国際機関)や協定といった枠組みは、
国民に対する法律ほどの強制力を持たず、大国の違反にはしばしば無力だ。ゆえに国家は、
たとえ自らに責がある場合でも、責任を他者に転嫁する道を選ばざるを得ない。
北朝鮮の指導者が下した決断――空縁州へのミサイル着弾を「外部干渉」とし、さらなる挑発に踏み切る判断――は、国家の論理からすれば、極めて一般的で合理的なものであり、
そこには、物事を最高効率で実現するに足る、鋭利で冷徹な論理が貫かれていた。
だが、どれほど理路整然とした決断であっても、それが望む結果を保証するわけではない。
合理的な選択が高めるのは、あくまで「物事がとんとん拍子に進む」可能性にすぎず、
その成り行きが必ずしも理想的な結末に収束するとは限らないのだ。
そして、北朝鮮指導者のこの決断は、その無慈悲なまでの正当性ゆえに、
日本と北朝鮮という2つの国家を、避けられぬ衝突の道へとまっしぐらに導くことになってしまう……。
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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