issue#04 I I I Tales from Topographic Oceans CHAPTER 01 14
しかし、その歓喜の声は、シャカゾンビの耳には届いていない。
彼は、まるで時間の流れから切り離されたかのように、その場で凍りついていた。全身の骨格が軋みを上げるほどに強張り、眼窩の奥で揺らめく青白い光だけが、かろうじて生命の兆候を示している。脳裏で、悪夢のような光景が再生される
――くしゃみ、ナイフの軌跡、倒れるレバー。
あり得ない偶然が繋がって生まれた、“最悪の奇跡”。思考そのものが、現実を拒絶して停止していた。
しかし、その硬直は一瞬のことだった。
「まずいッ!なんということを……!」
絞り出すような声は、やがて絶叫となって施設の空気を震わせた。それはもはや怒りではなく、
これまでに積み上げたすべてが、たったひとつの愚行によって音を立てて崩れ落ちていく様を直視した、支配者の純粋な恐怖だった。
彼は外套を翻し、床を打つ金属音を轟かせながら主監視モニターへ駆け寄る。
数秒前まで蛇蝎山全域の平穏を告げていた無数の緑の光点は、今や心臓の鼓動のように脈打つ、
巨大な赤い警告ウィンドウに覆い尽くされていた。
「……マクロブランクッ!ゲートへの電力供給を即座に停止するのだ!!!」
ほとんど悲鳴に近い金切り声が、狂喜に沈む天才の意識を現実へと叩き戻す。
しかし、彼はディスプレイに夢中のまま、ろくに振り向きもせず、触手を億劫そうに振り払った。
「いまさら何を言ってるでちゅか!?そんな無茶なことできるわけないでちゅ!
今ようやく、座標演算の最終シークエンスまで来たんでちゅよ!
ここで止めれば、暴走して時空に穴が開いちゃうかもしれないんでちゅ!」
「……かまわぬ!今は防衛が最優先だ!」
シャカゾンビは怒声とともに、マクロブランクの肩(に相当する部位)を掴み上げた。
鋼鉄の指がぎり、とゼラチン質の肉体に圧を加える。
そして次の瞬間、彼は空間の中央――その中空を指し示す。
そこには、10数枚のパネルが捩じり合わさり、ひとつの球体を形づくったホロモニターが浮遊していた。
その全面を覆い尽くすように、赤い警告が、いま、明滅している。
シャカゾンビはその輝きにむけ、鉄の指先をぐっと押し出した。
「見よ!」
【警告:空間屈折フィールド機能停止。外部からの探査に対し、現在、当拠点は完全に無防備な状態です】
その一文が、あらためて場の空気に緊張を走らせ、
さすがのマクロブランクもその顔に驚愕を浮かべた。点滅する赤い光が、
シャカゾンビの骨面に不気味な陰影を走らせる。
「――なんたる失態か……!」
絞り出すようなシャカゾンビの声が、光の中で不気味に響く。
「この蛇蝎山には、我が技術の粋を結集した“空間屈折フィールド”が展開されている。
天上の目――すなわち人工衛星の探査波を撹乱し、吾輩らの存在をこれまで完全に偽装してきたのだ!
だからこそ、電力の大半は防衛系統に割く必要があるのだと、あれほど、あれほど言っておったのだ……!」
彼の声は、絶望的な囁きから、やがて洞窟の鉄骨を震わせるほどの咆哮へと変わる。
「この、万死に値する愚か者どもがッ!!!」
怒りの頂点で、彼は近くのコンソールに拳を叩きつけた。火花が散り、金属が悲鳴を上げる。だが、その激情の後には、深い絶望だけが残った。シャカゾンビは胸郭の奥を鳴らし、
過剰なアドレナリンで、わなわなと震える自らの両手を見つめながら、わずかに後ずさる。
その姿に、プロディジーとハヴォックもようやく事態の絶望的な深刻さを悟り、蒼白な顔を見合わせた。
「す、すみませんッ! 俺たち、そんなつもりじゃ――!」
「でも!予備電源をすぐに回復させれば……まだ間に合うかも!」
ハヴォックが、最後の望みを託してコンソールへ駆け寄る。彼は巨大な手で、緊急復旧レバーを、叩きつけるというよりは、へし折らんばかりの力で押し込んだ。
重い金属音と、電流が配線を駆ける甲高い音が響く。
だが――遅かった。
そのわずか1分にも満たぬ電力の途絶が、
蛇蝎山上空に待ち構えていた“鷲”に、完璧な狩りの機会を与えてしまったのだった。
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