Issue#01 I I I Don't Want to Set the World on Fire CHAPTER 02 07
八角形をしたこの部屋の、入り口以外すべての面を取り巻く制御盤の一角には、わずかなチラつきとともに、ブラックアウトに近い深い闇だけを一貫して映し出すレーダーディスプレイがあったのだが、
その中央に今、突如として赤い光点が現れた。
脈動をはじめたその”1点”の周囲には無数の座標網が引かれ、うすい緑のラインが幾重にも交差し、
その網目に重なるようにして、警戒色のリングが波紋のように広がっては消えるようになった。
このモニターの外縁には四角い枠が存在し、その中では、方位や高度、速度、そして座標とおぼしき数値が波が寄せては引くかのようにかわるがわる表示され、時折、円状のスキャンラインがその全体をなぞっていく。
「ねぇボス、何ですかこのレーダー?」
「動き出しましたけど――」
「ああ、それこそまさに今回の作戦のキモよ。
ソレはな、北朝鮮民主主義人民共和国が、たった今平壌から発射した弾道ミサイルのリアルタイム観測データだ」
「えっ!?」
「この地球という星には、『見て見ぬふり』や『おためごかし』、『なあなあの精神』、
『綺麗事』と『建前』――つまり、ありとあらゆる『欺瞞』から生じた膨大な量のカルマがわだかまっておる。
……カルマに清算以外で消滅の道などなァい!いっとき人の目の前から消えたからと言って
それはけっして解消されたわけではない!
そして、そういった大いなる禍の渦は、人界に戻るのに丁度いい穴をひとたび見つけるや、驚くほど劇的に列を整え、大挙してそこを目指すものなのだッ!!!」
自己陶酔めいた言説におのずからのめり込んでいくシャカゾンビは、人の頭を押しのけるほどの勢いで、エンターキーをははたいた。
制御塔に冠された規格外のパラボラアンテナに、見えざる力のきざしが灯ったかと思えば、青白いビームが、そこから夜空を裂く雷霆のごとくほとばしっていく。
その光は日本海を覆いはじめた闇を掃って、ただよっていた雲や海原の輪郭を一瞬、白く焦げつかせ、
星々すら畏怖させるかがやきで大気圏を突き抜ける。
……大気圏外。真空の静寂をただよう北朝鮮のミサイルは、冷たく無機質な日本への特使だ。
その表面装甲は、宇宙の闇と、太陽光線の直接的な照射の中に半分ちかく溶け込んで、
かすかなプラズマの輝きを尾部からはなつ。
シャカゾンビのビームは、無重力にたゆたうその長大な姿に、ある瞬間、まるで神の指づかいがごとく触れた。青白い光は、機体の制御回路をたちまち侵食し、内部に火花を飛び散らせる。
それはたった一瞬の出来事でしかなかったが、日本と北朝鮮、2つの国家の未来に関する
運命が――この時たしかに書き換えられた!
*
北朝鮮民主主義人民共和国、平壌郊外の白虎統制センターの薄暗い管制室は、鉄筋コンクリートのつめたさに閉ざされていた。
モニターの緑光が、緑色の軍服に階級章を縫い付けた技官たちの硬直した顔を冷酷に照らし出す。
ロシア製のコンソールは一様に低く唸り、ほこりっぽい空気は緊張で張り詰めている。
レーダーの点が、予定軌道から逸れはじめていたのだ。
「……異常だ!ミサイルが……日本本土へ向かっている!」
監視台の技官が、喉を裂かんばかりに叫んだ。
「不可能だ!制御は完璧のはずだ!」
「応答がない……外部からの干渉か!?」
その声が引き金となり、室内の空気がにわかに沸騰する。
別の技官が、汗に濡れた手でキーボードを乱打するが、コマンドはことごとく無視された。
ミサイルは完全に、彼らの支配を脱している。
「今すぐ最高指導部に報告しろ! 急げ!」
司令官の声は、恐怖に震えていた。このままなら、レーダーの点として表現される彼らのミサイルは、
ただ、はかり知れぬ力にだけ導かれて、海向こうの夜空へと乗り込んでいくことになるだろう。
*
ふたたび、シャカゾンビの海上要塞。ひと仕事終えた後の所作は上品に、
1曲を弾き終えたピアニストのように粛然と――キーボードから両手を離していったシャカゾンビは、
「情報筋によると今回打ち上げられるものは新型のMARV――」
すっかりしおらしくなったふたりの部下を聞き手にして、優雅に語りだす。
「――MARVとは『Maneuverable Reentry Vehicle』の略で、訳すならば『機動式再突入体』。
このタイプの弾道ミサイルは、再突入の段階でも遠隔制御が可能だ。
つまり、その制御権を乗っ取れば着弾地点を吾輩の意のままにできる!!!――」
「――かのならず者国家は、これまでにも幾度となく示威行為のつもりで
日本国の領海内にミサイルを発射し続けてきたが、よしんばこれが本土に着弾してしまおうものなならどうなるか?」
その問いかけに合わせ、シャカゾンビは口を獰猛に開く。上下に分かたれることで、たちまち目立ちだした彼の歯列の、虫唾の走るような噛み合わせの悪さには、「悪」のなんたるかという直観的な解答と、彼という人物に埋蔵された魅力の核心――時を越えてなお腐ることのない狂気――が、冷ややかに貼り付いていた。
「……待ってボス!や、ヤバいですよ、そのアイディアは本当に!」
どのような巨悪の塔を、自分が築かされていたのか、
そのことをさすがに理解したプロディジーは、武者震いとも本心からの焦りともつかない顔をし、
「いいぞプロディジー、想像力の正しい使い方だ!そうだ、2国間の戦争よ!!ヒーッヒッヒハハハ!!!」
一方でカバの姿をしたハヴォックは言葉もなく、ひとえに裸身を暴かれた乙女のように顔を覆ってしまう。
「ヒィ〜〜〜ヒャハハハハハ!!!フッハッハッハ!アーッハッハッハヒヒヒヒ!!」
だが、シャカゾンビの高笑いは止む気配を見せなかった。
喉の奥を震わせ、口角が引き攣るほどに笑い続けるその男の声は、鉄壁と窓枠に囲まれた八角形の部屋の内側に、
しばらくのあいだ粘つくようにこびりついていた。
すると突然、
――バキッ
鈍い音が響いた。
「……おっ」
顎の骨がついに外れ、歪な角度で口元がぱっくりと開いてしまったのである。
プロディジーとハヴォックが凍りつくなか、青碧の亡魂たる魔道士は何事もなかったかのように顎に手を添え、それを静かに押し戻した。
*
……ミサイルの搭載カメラが捉えた映像を映し出す。特有の青やかさを、夜の到来によって
手放しつつあるこの惑星の1方面には熱帯低気圧の雲が雪崩込んでおり、その中には、
ユーラシア大陸からそう遠くないところにある、とある島弧の輪郭が見え隠れしている。
ミサイルが大気圏に突入したその瞬間、先端は灼熱の赤に染まり、機体の全体が空気摩擦の咆哮につつまれる。
映像は揺れ、機体は燃え上がる彗星となって地球へと突き進む。低層の雲海を抜けると、
一変してそこには、日本列島の海岸線があたりの海を繰り抜くさまが誇らしげに広がった。
地図に見受けられるような「記号性」が、カメラに映り込んだその島の姿から取り払われ、
かわって、山々の稜線がするどく立ち上がり、湖沼の1枚1枚が鏡めいて盛んにまたたきはじめる。
都市の、宵闇をそこはかとなく帯びた灰色のグリッドが幾何学的に展開され、
川は銀光りながら蛇行し、ビルの鋼とガラスがひとつの都市としての無機質な煌めきを放つ。
映像はさらに加速し、物々の細部が息をのむ速さで具体化していく。田畑の緑、稲作の段々畑、
曲がりくねる農道、畜舎の屋根瓦――そのすべてが、まるで繊細な筆致で描かれた油絵の如く鮮明に迫る。
やがて、草の1本1本、木の葉に落ちる陰影、そしてそこに潜む無数の生命の気配までもが、カメラの視界を埋め尽くし――、
「―――――――――――――――」
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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