issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 05 36
――そしてある夜。疲れ果てたアキノは、台所の暗がりで、1本の包丁を、手に取っていた。
背後では母の声がする。どこか市の相談窓口か、あるいは遠い親戚にか。
判然としない相手への電話だった。
「ええ、そうなんです、うちの娘が、その……少し、心に問題を抱えてしまいまして……。
はい、専門家の方にお任せするのが1番なのかなと……。私1人では、もう、どうにも……」
その声が、ひどく、他人事のように聞こえる。まるで壊れた家電の修理を、
業者に依頼しているかのような、事務的な響き。
その瞬間、アキノの中で、最後の何かが、音もなく、崩れ落ちた。
彼女は、ゆっくりと振り返り、母がいるリビングへと、1歩、足を踏み出す。
その瞳には、もう、何の光も宿っていなかった。
眼前に立つ、無表情の娘。その手に光る、鋭い銀色。
母は、電話口の向こうの誰でもない、目の前の自らが作り出した「現実」に、ようやく気づいた。
その顔から、の気が引き、長年貼り付けてきた「被害者」の仮面が、剥がれ落ちる。
現れたのは、ただ純粋な、動物的な恐怖だった。
「――」
その、息を無理に吸いながら豹変していく母の顔に、アキノの殺意が急速に萎んでいく。
震える手から包丁が滑り落ち、床に、甲高い金属音を立てて転がった。
その音が母に、初めて、娘の内に宿る、底知れぬ闇をはっきりと見せた。
恐怖に歪む母の顔。その顔を、アキノは、ただ、鏡に映った自分の姿を見るかのように、
同じ「おそれ」を宿した瞳で見つめ返した。
これが2人の――形はどうであれ最後となった、本心からの「対話」だった。
この日を境に、アキノは完全に部屋に引きこもった。親子の関係は、修復不可能なほど、冷え切った。
……そして、これらの痛ましい記憶たちに続いて、姉妹たちの脳裏に、ひとつだけ異質で、
より巨大な光景が滝のように流れ込んだ。それは、この物語のあまりに遠回しな回答に他ならなかった。
――カルテット・マジコがテラリアで戦っていた、あの頃。
マクロブランクが、本体である「宇宙を捕食する存在」を、この次元に呼び寄せようとした、あの瞬間。
次元そのものが悲鳴を上げて揺らぎ、高次元のエネルギーが、濁流となってこの世界に流れ込んだ。ほとんどの人間は、その宇宙的な鳴動に気づきもしなかった。
だが、そのエネルギーの、ほんの些細な1滴が、まるで雷のように、
地上のある1点――特異点であったカンノアキノの、眠っていた能力を、
完全に覚醒させてしまったのだ。
それまでの彼女の力は、せいぜい噂話や都市伝説を気まぐれに具現化するか、自分の深層意識を
都合のいい話し相手に仕立てる程度のものにすぎなかった。
しかし、マクロブランクがこの宇宙へ向けたわずかな意識の残滓が、彼女の力を、
世界を意のままに書き換える神域のものへと強制的に引き上げたのだ。
「そうか……そういうことだったのか……」
一切の光景を真摯な気持ちで呑み下し――。ふたつの極限的な力が空転してぶつかり合い、中和され続ける現実に戻った時、おせちは、みずからの胸を掴み、心の中で悲嘆にくれた。
すべての元凶は悪意ではなかった。ただ、1人の少女の孤独と、いくつかの不幸な偶然。
それらがいびつに絡み合い、彼女たちの世界を、ここまで複雑にしてしまっていた。
3人は、あまりに巨大で、そしてあまりに物悲しい、この物語の全体像をもれなく見通した。
そして彼女たちの思考は、必然的に、最後の引き金を引いた存在へと行き着く。
――マクロブランク。
あの、甲高い声で泣き叫んでいた、哀れで傲慢な異次元生命体。その本体たる「宇宙を捕食する存在」が、ただこの次元に意識を向けた――その僅かな余波。たったそれだけで、1人の引きこもりの少女が、神のごとき現実改変能力者へと覚醒したのだ。
だとしたら、彼の本体が、もし本気でこの宇宙に干渉してきたら、一体どうなる?
3人の背筋を、この期に及んで、想像を絶する戦慄が走り抜けた。
今、自分たちが直面しているこの危機さえも、あの真の脅威から見れば、湖に立ったさざ波ほどの、
些細な現象に過ぎないのかもしれない。マルチバースという、想像を絶する舞台で繰り広げられる、
神々の気まぐれ。自分たちの戦いは、その掌の上で踊らされているだけなのではないか。
高評価やブックマーク、本作のご紹介、Xのフォローなどで応援いただけますと幸いです。制作の大きな力になります。
https://x.com/piku2dgod
本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24843658
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=25490740
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=26572256




