issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 05 35
そして彼女たちは、より生々しく、より救いのない、4つ目以降の光景へと引きずり込まれた。
それは、アキノが、まだ高校生だった頃の記憶。
彼女の、日に日に深刻になっていく心を病んだ言動の数々。
アキノが、学校や社会という枠組みの中に、もはや自分を留めておくことができないのは、
誰の目にも明らかなことだった。
放課後の進路指導室。担任教師は、困惑と、そして誠実な懸念を滲ませた声で、
ユキに、休学という措置をそれとなく切り出した。治療の必要性を、慎重に、しかしはっきりと伝えた。
その説明を隣で聞いていたアキノは、巨大な「陰謀」の証拠として受け取った。
自分に社会不適合者の烙印を押し、彼女の持つ「真実」を封じ込めようとする、体制側の攻撃。
怒りに目の前が赤く染まる。
会議の後、昇降口へ向かう廊下で、担任が、最後にもう1度だけアキノに声をかけた。
「カンノ、気を付けて帰れよ」――。その、あまりにありふれた教師としての優しさが、
彼女の心の最後の歯止めを破壊した。
彼女は、近くの体育用具室のドアが開いているのを目にすると、何かに憑かれたように、
そこへ駆け込んだ。そして、壁に立てかけてあった1本の鉄パイプを、その震える両手で掴み取った。
担任の前に、鬼の形相で走り寄るアキノ。だが、その非力な腕では、鉄パイプは、振りかぶったところで満足に目標を打ち据えられなかった。
その重さに振り回されて、くの字に曲がったジョイントの先端はただ床を打ったのである。
その、あまりに拙く、あまりに悲壮な報復劇は、そこであえなく打ち切りとなる。
周りにいたクラスメイトたちが、驚き、そして恐怖のあまり、
数人がかりでその細い腕を取り押さえたからだ。
あっけなく地面に押さえつけられ、鉄パイプが、カラン、と乾いた音を立てて床を転がる。
見下ろす同級生たちの、怯えと、侮蔑と、そして好奇の入り混じった目。
その無数の視線が、ナイフのように、彼女のプライドをズタズタに引き裂いた。
すべての結末として、家のテーブルの上に置かれた、1枚の退学届。
それが、全ての引き金だった。
「どうしてお前は、なんにも普通にできないの!?なんにもぉ!!……なにひとつッ!!」
母の、ヒステリックな叫びが狭いリビングに響き渡る。
「近所の人に普通に挨拶をして、普通に学校を出て、なんでそれが難しいの!?お母さんの立場も、
すこしは考えてよ!」
その言葉の本質は、娘の将来を案じるものではない。ただ、世間体を気にする、自己保身の悲鳴だった。
「私が、どれだけ苦労して、女手ひとつで、あんたをここまで……!」
続けて吐き出されるのは、情に訴えかける、呪いのような言葉。
それに、アキノは冷え切った声で応じる。
「……普通って、何?みんなが信じてる、嘘だらけの世界のこと?」
その一言が、母の最後の理性を焼き切った。
――乾いた、肉を打つ音。
叩かれた頬の熱よりも、母の瞳に浮かんだ、自分を理解不能な「何か」として見る、その侮蔑の色が、アキノの心をより深く傷つけた。
……ある日の夕食後。居間の床に、アキノは、自身の「探求」の成果である、無数の資料やメモを広げていた。そこへ、パートから帰ってきた母が、わざとらしく深いため息をつきながら入ってくる。
「……はあ。お母さんは、毎日、こんな時間まで働いてるのに。
あなたは、1日中、そんなガラクタを広げてるだけ……。少しは、家のこととか、将来のこととか、
考えないの?」
その言葉に、アキノは顔を上げない。母は畳みかけるように続けた。
「もう高校も辞めたんだから、働きなさい。いつまでも、私に頼ってばかりじゃいられないでしょ。
女手ひとつで、どれだけ大変か……あなたには、わからないのよ」
また、ある時ユキは、テレビの画面に触発され、軽薄なあてこすりを娘に浴びせた。
夕食の時間、居間のテレビでは、スポーツニュースが、
16歳の天才テニスプレイヤー、白鳥ひかり選手の特集を組んでいた。
「……すごいねぇ、この白鳥さん。まだ高校生なのに、世界で戦ってるんだって」
母は感心したように呟くと、その視線を、テレビから黙って食事をするアキノへと、
ゆっくりと移した。
「……それに比べて、あんたは。毎日、部屋で、何をしてるんだか……。同じくらいの年なのにねぇ。
どこで、間違っちゃったのかしらね」
母の視線が、刃物のように、アキノを突き刺す。
こうして、ユキは「女手ひとつで苦労している自分」を盾に、娘の良心に、じわじわと毒を注ぎ込んでいった。アキノはそうした言葉の一切を、ただ無言で受け止め、耐え続けた。
心が、1日、また1日と、確実に死んでいくのを感じながら。
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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