issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 05 28
「待って、アシュリー!」
せちの制止も、しかし彼女の耳には届かない。階段を2段飛ばしで駆け上がると、
アシュリーは、20年間閉ざされたままのドアのノブを、壊さんばかりの勢いで何度も引いた。
「アキノ!来い、お前の母ちゃんが……!」
ドアの向こうで、タイピングの音がぴたりと止んだ。数秒の沈黙。やがて、くぐもった、苛立ちを隠さない声が返ってくる。
「……うるさい。何の騒ぎよ」
「ユキさんが倒れた!息をしてない!」
アシュリーの切迫した声に、ドアの向こうの気配が、明らかに変わった。
一方的な苛立ちが消え、純粋な混乱と、かすかな動揺が伝わってくる。
(いや……これは…‥)
アキノは、モニターに囲まれた要塞の中心で、自分に何かを言い聞かせた。思考盗聴用のアルミホイル帽を神経質に被り直す。彼女の脳裏では、この事態を説明できる陰謀論が猛烈な勢いで検索されていた。「ターゲットの家族を利用した、誘引作戦」――それに違いない。
だが、ドアの向こうから聞こえてくる音は、彼女の構築した陰謀論の壁を、少しずつ、しかし確実に侵食していく。
「しっかりしてください、お母さん!」
「ダメだ、脈が弱い!」
「どうしよう、このままじゃ本当に……!」
カルテット・マジコの、本心からの絶叫。それは、彼女が最も嫌う、感情的で、非論理的で、救いようのない「現実」の音だった。特に母親の存在は、彼女の世界観における最大のバグだ。
自分をこの部屋に縛り付け、しかし、生命維持に必要な食料を運んでくる唯一のライフライン。
その矛盾した存在が、今、失われようとしている。
(……食料の供給が、止まる?)
その、あまりに即物的な恐怖が、初めてアキノの鉄壁の論理を揺るがした。パニックに陥った彼女は、部屋の中を意味もなくうろつき始める。モニターの光が、血の気の引いた彼女の顔を、めまぐるしく照らし出した。
「落ち着け……。これはあの子たちの演技。真実じゃない。私の世界は、私の部屋の中だけで完結している……」
だが、その自己暗示を打ち破るように、さなの、最後通牒のような声がドアを突き抜けた。
「アキノちゃん!お願い、出てきて!あなたのお母さんが、ほんとに死んじゃうの!」
――死。
その、絶対的で、いかなる陰謀論でも捻じ曲げることのできない現実の言葉。
それが、アキノの思考を完全に停止させた。
彼女は、まるで操り人形のように、ふらふらとドアに向かう。20年以上、みずから閉ざしてきた聖域の境界線。そのドアノブに、震える指がそっと触れた。
ガチャリと。世界が軋むような音を立てて、鍵が開けられる。
ドアが、1cmだけ開いた。その隙間から覗く瞳は、無意識のうちに、千里眼となって階下の光景を舐めまわしていく。リビングに倒れる母親。その周りで、悲痛な顔で介抱する少女たち。
だが、アキノの口から漏れた第一声は、誰もが予想だにしなかった、
あまりに自己中心的な、魂の叫びだった。
「……どうなるの?これから、私の食事は」
その瞳には、母親の安否を気遣う色は、ひとかけらもなかった。
ただ、己の生存を脅かされたことに対する、純粋なパニックだけが、狂気のように揺らめいていた。
「……そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」
アキノの疑問に、アシュリーは即座に声で殴りつけた。目の前の少女の、理解を超えた精神性への怒りが、一気に沸点に達する。
「お前の母ちゃんが倒れてるってのに、『食事がどうなる』だぁ!?ふざけてんのか!」
アシュリーはアキノの胸倉を掴み上げる。その怒声に、アキノはびくりと肩を震わせた。その瞳には、非難されていること自体が理解できない、といった純粋な混乱が浮かんでいた。
「だって……こんなの、あなたたちが仕組んだ演技か何かでしょ。……お母さんに頼まれて!私を部屋から出すための、罠なんでしょ……?」
「罠なわけないだろ!それに普通、母親が倒れたら、嘘でも本当でも、心配するもんだろうが!」
アシュリーは、心底信じられないといったように、天を仰いだ。
「どうして親子でそんなになってるんだ!?20年、たった1枚のドアを隔てて、お互い何を考えてたんだ!」
「何よ――」
「どうしてそんなにお前たちは『難しいのか』って聞いてんだ!うちは血なんか誰も繋がってないけど、お互いの事や母ちゃんを家族と思うのを、難しいと思ったことなんていっぺんもないぞ!」
その、あまりに真っ直ぐな問いかけ。それはアキノが20年間、自らの陰謀論の壁で守り続けてきた、最も触れられたくない核心だった。彼女は耳を塞ぐように、激しく首を横に振る。
「それはあなたが幸せなだけ!上手くいっただけ!ここには『普通』なんてない!
この世界は、隠された真実と、それを操る『奴ら』がいるだけ!
あなたたちみたいに、何も知らずに生きてる人間には、わからないのよ!」
「嘘なのはお前の世界の方だろうが!」
彼女は、アキノの両肩を掴み、その瞳を、至近距離から睨みつける。
「お前には力があるんだよ、私たちと同じような、いやそれより、もっととんでもない力がな!思ったことをなんでも自由に実現できる!なのにお前は、その力で、自分だけの腐った『真実』をこねくり回してるだけだろ!」
「……!」
「お前の母親が苦しんでるのも、お前が1人ぼっちなのも、全部、お前がそう『信じてる』からなんだよ!だったら、信じ直せ!お前の力で全部元に戻せ!」
アシュリーの魂からの叫びは、しかし、固く閉ざされたアキノの心には届かない。
彼女は、ただ「違う」と繰り返し、その場に泣き崩れるだけだった。
この問答は、完全な失敗に終わった。肉親の危機も、誠心誠意の訴えも、もう、彼女を動かすことはできない。
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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