issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 05 27
母親のカンノユキは、階下の、物が散乱した薄暗いリビングで、言葉もなくソファに沈んでいた。
そこへ、決意を固めた3人が、あわただしく乗り込んできた。だが、彼女たちの目に映ったのは、あまりに痛ましい光景だった。部屋の色彩は、毒々しいネガポジ反転の異常に支配されている。
テレビは、世界規模で始まったこの異変を、けたたましい警告音と共に報じ続けている。
その世界の終わりのような光景のただ中で、ユキは、虚ろな瞳で、ただ画面を眺めていた。
色の変わった世界に、彼女は、何の違和感も抱いていないようだった。
いや、世界がどんな色をしていようと、その違いを認識するための意欲そのものが、彼女の中から、
とうに消え失せてしまっているのだ。
3人は、ゆっくりと、そのソファを取り囲むようにして立った。ソファの裏に回ったさなの目に、
ユキの背中が、あまりにも小さく、そして、脆く映った。
「お母さん。……お願いです。もう1度だけ、力を貸してください」
その真剣なせちの声に、母親は、壊れた人形のように、ぎこちなく顔を上げた。しかしせちは、言葉を続ける。
「アキノさんを止められるのは、もう、あなたしかいないんです。
今、この瞬間にも、世界はあの子の信じる『嘘』に作り変えられています。
このままでは、本当に、何もかもが取り返しのつかないことになる」
せちの悲痛な訴えに、しかし、母親の表情は変わらなかった。その瞳は、何も映していないかのように、ただ虚空を見つめている。やがて、乾いた唇が、かすかに動いた。
「……あの子は、ただ、部屋にいるだけですよ。昔から、ずっと……」
「違うんです!」
せちは、思わず声を荒らげた。
「アキノさんは、部屋にいるだけで、世界を壊せるんです!私たちが拠り所にしていた『事実』が、目の前で、意味のないものに書き換えられていく……。
お願いです。あの子と、話をしてあげてください。あなただけが、
あの子を現実に繋ぎ止められる最後の希望なんです!
彼女はただ、20年間望みもしない自分の力に振り回されてきた、かわいそうな子なんです!」
その言葉が、母親の心の、かろうじて保たれていた何かを決定的に破壊した。
彼女の瞳に、初めて、生々しい恐怖の色が浮かぶ。
「……いや」
かぶりを振るその動きは、ひどく緩慢だった。
「いや……あなたたちには、わからない……」
「申し訳ないけど、この事態は、あなたたちだけで解決してください」
その声は、感情というものが、完全に抜け落ちていた。
「私は……あの子が、怖いんです。もう……ずっと……」
それは、長年、心の奥底に押し殺してきた、魂からの告白だった。
堰を切ったように、母親の口から、何10年も溜め込んできた澱のような言葉が溢れ出す。
「あの子が部屋に閉じこもってから、時々、おかしなことがあった。ありえない場所に物があったり、消えたり……。気のせいだと思ってた。私が、疲れてるだけなんだって……。
でも、違う。やっぱり!!!!あれは全部、あの子が……。あの子が、この家を、
私を、少しずつおかしくしてたんだ……!」
その絶叫が2階の突き当りに飛び込んで、アキノの背筋をびくりとさせた。
*
「疲れました……。もう、あの子とは……関わりたくないんです」
母親はそう言うと、自分の胸を急に強く掻きむしった。そして、まるで呼吸の仕方を忘れたかのように、喉から「ひっ」という短い悲鳴を漏らす。
「お母さん!?」
次の瞬間、母親の身体が、糸の切れた人形のようにソファから崩れ落ちた。ガタン、とローテーブルの角に頭を打ち付け、床に散らかったゴミの山に、ぐったりと倒れ込む。その目は見開かれ、
口からは、意味をなさない泡が、小さく溢れはじめた。
「――!」
それは、あまりに唐突で、あまりに生々しい、心臓の発作だった。
「しっかりしろ!」
「……さな!」
アシュリーとせちがほとんど同時に絶叫する。さなは、一瞬の硬直の後、すぐさま駆け寄り、
震える指で母親の首筋に触れた。脈が、弱く不規則に打っている。
「今治すから!」
さなは叫び、その両の手のひらを、痙攣を続ける母親の胸の上にかざした。掌からあらゆる傷と病を癒すはずの純白の光が溢れ出す。だが――。
その神の御業とも呼べる光は、母親の身体に触れた瞬間、まるで黒い何かに阻まれるかのように行き場をなくして虚しく霧散した。症状は、一向に回復しない。
「……ダメ」
さなの顔から、血の気が引いていく。
「なんで!?」
とせちが必死の形相で聞き返す。
そして彼女は絶望に染まった声で、姉妹に告げた。
「治せない……!この人の身体、アキノちゃんの力で満たされてる……!
あの時の、毒の雨や、黒いピラミッドと同じ……!これは、病気じゃない……呪いだよ!」
その場の誰にも、どうすることもできない。さなの癒しの光さえも、アキノが母親にかけた無意識の「呪い」の前には、あまりに無力だった。
その絶望的な状況が、1人の少女を変えた。
怒りの中にも常に諧謔の余地を残すあのアシュリーが、本当に人が変わったかのように、一切の感情を削ぎ落とした表情で立ち上がる。そして、決然たる足取りで2階へと向かった。
高評価やブックマーク、本作のご紹介、Xのフォローなどで応援いただけますと幸いです。制作の大きな力になります。
https://x.com/piku2dgod
本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24843658
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=25490740
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=26572256




