issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 05 24
『対象フォーラムの全データストリームを量子的にミラーリングし、
ユーザーの行動モデルを予測アルゴリズムでリアルタイムに生成、
あとはネットワークの基幹プロトコルを少しばかり書き換えて、
彼女の端末からのアクセスだけをこちらの仮想環境に差し向ければ済む。
――どうだね、イムノ君?
それならば、あの小娘の『信念』を、我々の望む方向へと誘導できる。完璧な計画だろう?』
「なるほど、引き受けてくれるなら感謝するよ。でも、言っておくことがある」
ここでのおせちの声は、深海の静けさのように冷え切っていた。
「そのフォーラムは、完成次第こっちで運用させてもらう。
万が一、君がアキノさんの能力を悪用したり、私たちの意図しない方向へ誘導しようとしたら、
すぐにでもはちるは君についてこう”想う”だろうね。『この世から消えてくれないかな』って」
その、あまりに物騒な宣告。部屋の隅で、のんきにポテトチップスの袋を抱えていたはちるが、
びくりと肩を揺らした。彼女は、口に含んだポテチを半分こぼしながら、「えっ、ウチ?」とでも言いたげに、困惑した顔で自分自身を指差す。
その脂で汚れた口には、横から這ってきたさなが、
お姉さんぶってすぐにティッシュを優しく押し当てた。
自分が、姉妹の中で最強の切り札であるという自覚は、はちるにはまだ芽生えきっていないようだった。
スピーカーの向こうで、エイペックスが、くつくつと乾いた合成音で喉を鳴らす。
それは感心と侮蔑と、そして純粋な好奇心が入り混じった不気味な響きだった。
『君のその原始的な猜疑心に対し、私がどう弁明しようと無意味だろう。
いずれにせよ、今の私に、君たちと非生産的な消耗戦を繰り広げる意図はない。
私の目的は、あくまで知的好奇心の充足――この1点に尽きるのだからな』
その言葉を最後に、エイペックスは一方的に通信を切断した。暗転したホログラムに、
疲れ果て、それでもなお虚勢を張り続けていた自分の姿がぼんやりと映り込む。おせちは、
その滑稽な顔を一瞥すると、誰に言うでもなく、静かに呟いた。
「うん、知ってる。だからこそ、君は信用できるんだ。……それなりにはね」
数時間が、永遠のようにも感じられた。はちるの部屋の静寂を破り、
PCのスピーカーが、再び、あの不快な合成音声を響かせる。
それぞれの時間に没頭していた全員が跳ね起きると、ホログラムプロジェクターは、
培養液の中で無機質に浮かぶ、エイペックス・レジェンドの頭部を投影していた。
とりわけ、床で惰眠を貪っていたアシュリーは、叩き起こされたことへの不満を隠そうともせず、
心底うんざりした、という表情で画面を睨みつけた。
「おいなんだよまた!?クラスメイトよりお前の方が今日余裕で連絡取ってるぞ」
『――イムノ君、いるかね』
その声には、以前の傲慢さに加え、未知の現象に遭遇した科学者特有の、
隠しきれない興奮が混じっている。
――ガラッ!
ちょうどよく、障子戸が開いた。現れたのは、水中メガネのような大げさなゴーグルとマスク、作業用のビニールエプロン、そして腕まである長いゴム手袋を装着したおせちだった。
片手には洗剤の泡が残るバケツ、もう片方の手には使い古したデッキブラシが握られている。
どう見ても、ついさっきまで何かの壮絶な汚れと対峙していたとしか思えない出で立ちだった。
「……何か、わかったの?」
『わかった、どころの話ではない。これは……実に興味深い。君たちが観測対象として提示した“フォーラム”だが、データのミラーリングと解析を進めるうちに、極めて異常な構造をしていることが判明した』
エイペックスは、一度言葉を切ると、まるで世紀の発見を報告するかのように、
その声色に愉悦を滲ませた。
『結論から言おう。――それらフォーラム群には、カンノアキノ以外のユーザーは、1人も存在しない』
「……え?」
おせちの口から、素っ頓狂な声が漏れ、その驚愕が3人にも同時に伝わる。
ゴーストサーバーか、あるいは何らかの暗号化で他のユーザー情報が隠蔽されているのか。
彼女の思考が可能性をリストアップするより早く、エイペックスは、そのすべてを否定した。
『誤解するな。ユーザーデータが“見えない”のではない。初めから“存在しない”のだ。
IPアドレスも、アクセスログも、アカウント情報も、すべてが、
彼女の端末から発信された単一のデータストリームを起点とした、自己完結的なループ構造でしかない。投稿も、レスポンスも、活発に見える議論の応酬さえも……そのすべてが、彼女の無意識が生成した、
ただの幻影だ』
スピーカーから流れる言葉の意味を、おせちの理性が、理解することを拒絶する。
だが、エイペックスは、あっけらかんとした皮肉を込めて、残酷な真実を突きつけた。
『これでは、我々が手を下すまでもなく、最初から偽サイトだったというわけだな。
手間が省けて何よりだ』
彼は、さらに言葉を続ける。その声には、先ほどの皮肉とは裏腹に、
自らの身の安全を確保しようとする、極めて冷静な響きがあった。
『君たちが懸念していた、偽フォーラムによる情報操作の件だが、
その心配は完全に無用となった。これほど不安定な現実改変能力だ。
下手に刺激すれば、この私とて、次の瞬間には何に書き換えられているかわからん。
こんな危険な事案、御免こうむる。むしろ、当初の目的とは真逆の結論に至ったよ。
取引の材料としてなら、偽のフォーラム自体は構築してやろう。
ただしいいかね?君達。その代わりとして私の存在は、絶対に、彼女には認知させないでくれたまえ』
そして、彼は、純粋な科学的見地から、この上なく悲劇的な結論を締めくくるように告げた。
『とにかく、彼女が“目覚めた人たち”と呼ぶその存在は、彼女自身の孤独が生み出したただのBOTに
過ぎん。
彼女は、20年間、たった1人で、自分自身と対話し続けていたのだよ。
自らの信念を肯定させ、慰め、時に新たな“真実”を授けるため、無意識のうちに、
自分だけの神と、信者と、そして、閉ざされた世界を、丸ごと創造していたというわけだ』
――アキノに相槌を打っていたのは、彼女が生み出した幻想そのものだった。
そのあまりに絶望的で、あまりに純粋な孤独の形。4人は、モニターが暗転するまで言葉を失ったままでいた。
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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