issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 05 21
しばらく、匙と器が触れ合う音だけが、部屋の澱んだ空気を静かに満たした。
やがて、最後のひと口を飲み込んだアキノは、どこか満ち足りたように、
ふう、と息をつく。緊張がいくらか解けたのか、彼女は椅子を回転させ、
再び複数のモニターが明滅する自らの城塞へと向き直った。
その様子を、おせちは息を殺して観察する。
アキノの指が、慣れた手つきでキーボードを叩き始めた。画面に映し出されたのは、
彼女が常駐するオカルトフォーラムとはまた別の、古代文明や超常現象を扱う、
いくつかのSNSやニュースサイト。
彼女は、それらの情報を、まるで川の水をすくうように、無差別に、しかし驚異的な速度で拾い上げていく。
(……レムリア大陸が、太平洋上に再浮上?……日本の首都機能がそこへ移転……?)
モニターに踊る、あまりに荒唐無稽な文字列。退屈し始めていたはちるが、そのとんでもない見出しに「えぇ!?」と素っ頓狂な声を上げかけた、その肩を、おせちは咄嗟に押さえた。
「静かに。……物理的な被害はなさそうなやつだから。地球が平面になるよりは、ずっとマシ。東京には悪いけど、これで彼女の思考プロセスを観察させてもらう」
おせちは、冷徹な功利主義を隠そうともせずに囁いた。
その言葉に、はちるはさらに「えっ」と小さく息を呑み、信じられないといった顔で、
隣にいる姉妹の横顔をただ見つめることしかできなかった。
アキノは、集めた情報を前に独り言のように呟き始めた。
「……情報源が複数。それぞれ細部には齟齬があるけど、大筋は合致している……。精査の価値、ありね」
彼女は椅子を軋ませ、すぐ傍らに山と積まれた雑誌の塔へと手を伸ばす。
その動きには、一切の迷いがない。
「確か、『月刊ムー』の2028年3月号、72ページに、環太平洋の地殻変動とレムリアに関する記述があったはず。それと、『ワンダーライフ』の最終号にも、確か……」
驚くべき記憶力だった。彼女は、20年近く前の雑誌の、特定号の特定ページを、
まるで昨日のことのように正確に記憶している。埃をかぶった雑誌の山から、
「そこどいて」
とおせちに声をかけ目的の1冊を寸分の狂いもなく引き抜くと、彼女は黄ばんだページをめく
り、モニターの情報と、そこに印刷された古びた活字を、神経質に照合し始めた。
「……うん。やはり私の記憶と一致する。これはただの噂じゃないわ」
彼女は満足げに頷くと、いよいよ「プロセス」の最終段階へと移行した。
メインモニターに、あの見慣れたオカルトフォーラムの画面を呼び出す。
だが、彼女がログインしたのは、「ミス・パラレルワールド」のアカウントではなかった。
名もなき、複数のサブアカウントの1つ。
彼女は、それで新たなスレッドを立てた。『【仮説】レムリア、再浮上か?』――。ただそれだけを投下し、彼女はキーボードから手を離し、腕を組んでじっと画面を凝視し始めた。
それは、種を蒔いた農夫が、芽吹きを待つかのような、静かで忍耐強い時間だった。
やがて、彼女の仮説に、フォーラムに集う「目覚めた者たち」が食いつき始める。
『これは興味深い』『最近の地殻変動データと関連があるかも』『ありえない話じゃない』――。
肯定的な意見が、スレッドに少しずつ積み上がっていく。
アキノは、そのひとつひとつを、まるで論文を査読する教授のように、厳しい、しかしどこか満足げな目つきで確認していく。
「……うん。みんな、気づき始めてる。これでいい。
まずは名もない意見として同志たちに検討してもらわないと。これが、誠実なプロセス」
多数の同意という、彼女なりの「最終査読」を経たことで、
仮説は、揺るぎない「真実」へと昇華された。
彼女はついに、本命のアカウント――「ミス・パラレルワールド」として、フォーラムに君臨する。
そして、彼女は、最後の「預言」を、世界に向けてタイプした。
【緊急預言:目覚めの時。レムリアは還り、新たなる都が生まれる】
その投稿が完了した、まさに数分後。
隣で固唾を飲んで見守っていたおせちのスマートフォンが、けたたましい緊急速報の通知音を立てた。画面には、信じがたい見出しが、いくつも、いくつも並んで踊っていた。
『【速報】太平洋上に、未知の大陸が出現』
『政府、首都機能の臨時移転を緊急発表。移転先は――』
2人はその画面を、いまや何の感情も浮かばない、能面のような顔で見つめることしかできなかった。
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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