issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 05 19
「……じゃあ、毒の雨も、この間の地震も?クマ人間のことも?――」
「――本当のことですか?あの子が、そんな、世界をどうこうしようなんて……。ただの、部屋に引きこもってる、どうしようもない娘ですよ」
一切の真相を前に、母親の感情は、落胆の一途をたどった。
おせちは、努めて冷静に、しかし言葉を選びながら尋ねる。
「アキノさんが、その……ネットの書き込みに、のめり込むようになったのは、いつ頃からですか?」
その問いに、母親は力なく首を振る。
「さあ……。いつからか、ずっと部屋に閉じこもって、1日中パソコンに向かうようになって……。
『世界は嘘でできている』だの、『本当の歴史は隠されている』だの、わけのわからないことばかり……。最初は、ただの遊びだと思ってたんです。でも……」
そこまで言うと、彼女の言葉は途切れ、堰を切ったように嗚咽が漏れた。
さなは、たまらずその皺だらけの手に、そっと自分の手を重ねる。
「そんなこと……本当なら、もう、どうしたらいいんでしょうか……?ご近所からはいないものとして扱われ、買い物に出るのも人の目を忍んで……。あの子の世話をするのは、もう、あたし1人だけなんです」
やせ細った老婆の目から、涙がぽろぽろとこぼれ落ち、テーブルの上に小さな染みを作っていく。
それは、長年溜め込んできた絶望の雫だった。
やがて彼女は、テーブルの上に突っ伏し、子供のように泣きじゃくり始めた。
「ただでさえそんなことになってるのに、その上世界中の人たちにまでご迷惑をかけて……
もう、そんなことを言われたら、私たち死ぬしかないです。いっそ、あの子と一緒に……このまま……」
尻切れになり、そして涙色に変わっていくその悲痛な叫び。
ふたりは一瞬、感情の飛躍に戦慄したが、おせちは、かけるべき言葉を探し席を立った。
そして、 震える彼女の背中を、そっと撫でながら語りかける。
「いえ、迷惑をかけているわけじゃないんです。アキノさんの力は無自覚で、
自分でも制御できていません。それを、私たちがなんとかしたいんです」
だが、その必死の訴えも、母親の耳には届いていなかった。彼女は、ただ嗚咽を繰り返すだけで、
これ以上、会話に応じることはできなかった。
おせちとさなは、かけるべき言葉も見つけられないまま、
ただ目の前にある、あまりに重い現実を、受け止めることしかできなかった。
外では、また毒の雨が降り始めていた。
*
階下で、母親が泣き崩れる声が、くぐもって響いてくる。
それは、長年溜め込まれた絶望と疲労が、ついに堰を切って溢れ出した、魂の悲鳴だった。
その声は、古い家の床板を震わせ、壁を伝い、2階の固く閉ざされた娘の部屋まで、
じっとりと染み込むように届いていた。
「……うるさい」
薄暗い部屋の中、ミス・パラレルワールド――37歳の少女は、ヘッドフォンを強く耳に押し当てながら、忌々しげに吐き捨てた。モニターの光だけが、無表情な彼女の横顔を、青白く照らし出している。
――やめて。
彼女は、思わずヘッドフォンの上からさらに両手で耳を塞ごうとした。だが、その音は鼓膜を無視し、頭蓋に直接響いてくる。それは、彼女にとって単なる騒音ではなかった。
20年以上、繰り返し聞かされ続けた、自らの存在を否定し、現実の無力さを嘆く、呪いそのもの。
最も近しい者に自分という存在が見限りきられたその証拠。彼女の精神を最も深く蝕む、
トラウマの引き金だった。
「……やめて……聞こえる……やだ……」
呼吸が浅くなり、心臓が嫌な音を立てる。モニターの光だけが、苦痛に歪む彼女の横顔を、
青白く照らし出している。
階下から聞こえる嗚咽は、彼女にとって、自らが否定し続ける“現実”そのものの音だった。
老い、衰え、理解を放棄し、ただ感情にすがるだけの、救いようのない弱者の声。
その音が、彼女を苛立たせ、世界への憎悪をさらに掻き立てる。
「……だから、こんな世界は、間違ってるんだって」
彼女は、母親の嗚咽から逃れるように、狂ったようにキーボードを叩き始めた。
それはもう思考の構築ではない。
ただ、目の前の苦痛な現実を、別の「真実」で上書きしようとする、必死の防衛反応だった。
画面上には、無数の文字列と複雑な図形、そして、彼女だけが安らぎを得られる「世界の設計図」が、
発作的に、そして支離滅裂に、構築されては消えていった。
まさにその時、階下から、床板を震わせて、凛とした少女の声が届いた。
「お願いですお母さん! 何か思い当たることを教えてください!
友達として、あの子の『孤独』を、私たちが解決してあげたいんです!」
――友達。
その、20年以上、自分の人生とは無縁だった単語。それが、呪いのように響く母親の嗚咽を貫き、
アキノの鼓膜をはっきりと打った。
狂ったように動いていた指が、ぴたり、と止まる。
画面を滝のように流れ落ちていた意味不明の文字列が、静止する。
アキノはゆっくりと顔を上げた。その瞳に、一瞬だけ混乱と、そして、
ほんの僅かな正気の光が戻っていた。
(……友達……?)
だがその一瞬の静寂は、階下から響く、新たな母親の嗚咽によって、無慈悲に打ち破られる。
アキノは再びビクッと肩を震わせると、先ほどよりもさらに深く、自らの妄信の世界へと、
逃げ込んでいくのだった。
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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