issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 05 18
今度は、彼女の血の気が、急速に引いていく。世界から音が消え、姉妹たちの顔が、
遠い世界の出来事のようにぼやけていく。ピシリ、と、まるで精巧な石膏像に亀裂が入るかのように、
はちるの全身が、その完璧な笑顔のまま、硬直した。
やがて、その唇から、ほとんど空気の振動に近い、絶望に染まったささやきが漏れた。
「……嘘ちるでしょ……」
姉妹たちの他愛もないやり取りに、おせちは小さくかぶりを振って、苦笑を浮かべた。
だが、すぐにその表情を引き締めると、彼女はちゃぶ台の上に投影されるホログラムディスプレイに向き直り、チームの新たな方針を、そこにいる全員に、そして何より自分自身に言い聞かせるように、
宣言した。
「アシュリーの言う通り、アキノさんは敵じゃない。だから、私たちが探すべきなのは、
彼女を『倒す』方法じゃない。彼女の『思い込み』を、世界を壊さずに、
安全に『解く』方法。……何か、もっと穏当な解決策があるはずなんだよ」
だが、その『穏当な解決策』が、具体的に何を指すのかは、今のところ誰にもわからない。
「神」となってしまった引きこもりの少女を、どうすれば、ただの「人」へと戻せるのか。
その、あまりに繊細で、あまりに困難な問いの答えを、4人は、これからただ探り続けていくしかない。
*
翌日。
はちるには、力の制御を完全なものにするという新たな任務が与えられた。そのため、
アシュリーも監視を兼ねた付き添いとして家に残り、カンノ家のドアは、
おせちとさなの2人で叩くことになった。今回は、ヒーローとしてではない。
ただ、
「アキノさんの友達です」と名乗って。
*
ドアを開けた母親――カンノユキは、最初、訝しげに2人を見ていた。
だが、「友達」という言葉を聞いた瞬間、その虚ろだった瞳に、信じられないといった光が灯る。
「まあ……こんな、立派な方が……あの子と、お友達に……?」
彼女は、震える声で2人を招き入れた。
その顔には、娘に20年以上ぶりの訪問者が現れたことへの、望外の喜びが浮かんでいる。
ひと足先に屋内へ戻ったユキは、慌ててリビングのソファに積まれた古い雑誌や脱ぎっぱなしの服をクッションの下に隠そうとするが、その繕いは、長年放置された家の淀んだ空気を掻き乱し、
かえって埃を舞い上がらせただけだ。
そして何をどう繕おうと、この家があいかわらず、都市の片隅で、
時が止まったかのように静まり返っていることに変わりはない。
通された薄暗い台所は、生活という営みが死んで久しいことを、
ありありと来訪者の目に訴えていた。シンクにはいつ洗われたのか分からない食器が重なり、
テーブルの上には飲みかけの安物のカップ酒と、無数の薬の袋が散乱している。
チカチカと頼りなく明滅する蛍光灯の光が、そのすべてを、救いのない現実として照らし出していた。
「お茶、淹れるわね――」
やがてユキは、震える手で湯気の立つお茶を2人の前に置いた。その所作ひとつひとつに、
「来客への対応とは、こんなものでよかったのだろうか」という戸惑いが滲む。
「……あの子、昔は、もっと活発な子だったのよ。小学校の頃は、お友達もたくさんいて……」
その痛々しい嘘に、おせちとさなは気づかないふりをしながら頷く。
母親の期待を込めた眼差しに促され、口にしてみた玄米茶は、どこのスーパーでも手に入るような、
安物の味しかしない。
……ユキは、20年ぶりに「普通の母親」を演じようとしていた。
だが、その役を懸命に演じるための脚本も、舞台装置も、そして何より自信も、
彼女はとうの昔に失ってしまっているのだ。
そして皮肉にも、その束の間の希望がもたらした不慣れな喜びこそが、やがて彼女の心を、
より容赦なく決壊させるきっかけとなる。
テーブルの向こう側で、カンノユキは小さな背中をさらに丸め、そわそわと座り続けている。
どのようにして娘と知り合ったのか、昨日何を話したのか――そんな、光に満ちた物語が語られるのを、彼女は今か今かと待っているのだ。その顔に刻まれた深い皺は、長年の心労と諦観の人生を雄弁に物語っている。
ゆえに、彼女は気づかない。彼女の前に座るおせちとさなの、その神妙な面持ちに――。
天井の蛍光灯に白飛びするほど照らされた顔の上半分と、鼻を境に、完全な陰影に沈んだ下半分。
その、押井守作品がかったあまりなコントラストが、2人の表情を、まるで幽霊のよう見せていたのだ。
……そこから、慎重に慎重を期して打ち明けられていくミス・パラレルワールドの「物語」。
その一言一句が、あたかも物的な力のように、ユキの意気を打ちのめしていった。
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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