issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 05 16
今日という日に、言いようのない満足感を覚えるカンノアキノとは裏腹に、
完全に敗走したものとしてはちるの部屋に戻った4人は、それからも、しばらくの間言葉を失っていた。
部屋の中央には、プロジェクターから投影されたホログラムディスプレイが、静かに、
しかし圧倒的な存在感で浮遊している。それは、カンノアキノという1人の人間の精神構造を、
そのまま三次元的に可視化した狂気の星座だった。
無数の陰謀論、検証不能な数式、赤い線で結ばれた人物相関図が、
畳と障子で構成された穏やかな和の空間を、病的な光で侵食している。
「……問題は、結局アキノさん本人だった。彼女の『信念』そのものが、私達の現実を定義している」
おせちは、こめかみを指で押さえながら、まるで敗北を認めるかのように、その絶望的な前提を口にした。
「クマ人間っていう概念も、おそらく何かの見間違いをもとにして彼女が”創った”んだ」
「……だったら、アレもか!」
その重苦しい空気を、ベッドに沈んでいたアシュリーが、何かに気づいたように身を起こして破った。
「ゲートを潜る時、一瞬だけ見えたワカメみたいな髪の女!あれ、今思えばアキノにそっくりじゃなかったか!?」
「――!」
その一言が、全員の脳裏に、あの瞬間の光景を鮮烈に蘇らせる。光の狭間に一瞬だけ現れた、
意味深な微笑みを浮かべた女の幻影。今やそれは、単なる幻ではなかった。
「たしかに……あの時に感じた、言いようのない力の質は、アキノさんのに似てたかも……。ケムトレイルの雨から感じた、あの歪んだ意志とも、同じ……」
さなが、自分の肩を抱くようにして、か細い声で同意する。
「……要は、それほどの力の持ち主ってことだよ」
おせちは、冷徹な声で結論づける。
「彼女を敵と認識して、物理的に攻撃しても意味がない。それは、現実そのものに喧嘩を売るのと同じこと。下手に敵対して、彼女が『カルテット・マジコは人類の敵である』と本気で信じ込んでしまったら、
私たちの存在そのものが、この現実から消去されかねない」
その、あまりに厄介で、規格外な敵の性質に、アシュリーは「あー、クソ!」と悪態をつき、
頭をガシガシと掻きながら、再びベッドに大の字になった。
「……まったくとんでもないことになったな。でも、運のいいことに、ゲームのルールは別に難しくないぞ」
アシュリーは、まるで後半の頭からエースストライカーを投入する監督のように、
不敵な笑みを浮かべた。
「こっちも同じ土俵のヤツをぶつければいいんだ。……お前の出番だ、はちる」
その視線は、部屋の隅で膝を抱えていたはちるへと、真っ直ぐに向けられた。
突如として名指しされた彼女は、びくりと肩を震わせる。
エイペックス・レジェンドとの戦いの末に目覚めてしまった、宇宙の法則さえ書き換える禁断の力。
それは、彼女にとって誇りなどでは決してなく、むしろ、心の奥の暗い洞穴で、絶対に起こしてはならないと固く誓ったはずの、もう1人の自分。できることなら、永遠に冬眠させておきたい、恐ろしい獣だった。
「えっ?この間は使うなって言ったじゃん!」
しかも彼女は、つい先日、すすんでその力を使おうとして止められたばかりだ。はちるは、あまりに身勝手な意見の転換に、口を不満げにとがらせることをためらわなかった。
だが、アシュリーは悪びれもせずにこう言い放つ。
「それはうちの監督が言ってた作戦だろ? 試合を決める10番の判断は違うんだよ」
彼女は、チームの司令塔であるおせちを、堅実な采配で知られる老監督に喩え、
自分こそが土壇場で試合をひっくり返すエースストライカーなのだと、
その不遜な態度で示したのである。
しかし、アシュリーの威勢のいい宣言も、はちるの不安を拭い去るには至らない。
「うーん……」
彼女は小さく唸ると、姉妹たちの期待の視線から逃れるように、わざと遠くの壁を見つめる。
そのうち視線を、フラダンスの手使いのよう絶え間なく泳がせ続けるようになり、顔中から汗を滝のよう流し、組んだ指先を落ち着きなく遊ばせるようになる。
その妙な沈黙に、最初に業を煮やしたのは、やはりアシュリーだった。
「どうしたんだよ、はちる?」
その問いかけに、はちるは観念したように、しかし消え入りそうな声でこう答えるのが精一杯だった。
「……やっぱり、ちょっと怖いカモ」
そのか細い呟きを、アシュリーは鼻で笑うように遮った。
「何が怖いんだよ。ほら、やってみろって。ビッグバン、ビッグバン」
「やだ、怖いもん!」
はちるは子供のように首を横に振るが、アシュリーは構わず、その迷いを蹴散らすように言い放つ。
「大丈夫だって! 責任は私が取るから」
「責任って……アシュリーがどう取るの!?」
はちるがむっとした顔で食い下がる。すると、それまでの威勢はどこへやら、
赤髪の少女は急にばつが悪そうに目を逸らした。
「えっ?あー……それは、まあ……分割払いとか」
そのあまりに不真面目な返答に、はちるが何か言い返そうと口を開きかけたが、それは叶わなかった。部屋の空気は、すでに彼女の小さな抵抗を許さぬ流れになりつつあったからだ。
「……でもたしかに、頼れるのがはちるだけって状況はこの先十分あり得るからね。全能の力を
相手に――リスクのことは言ってられないよ。やれるかどうかの確認だけはしなきゃ」
これまで制止役だったおせちの、その一言が決定打となった。
アシュリーだけでなく、最も理知的な彼女までもが同調したことで、部屋の空気は完全に「やる」方向へと傾く。逃げ場を失ったはちるに、姉妹たちの期待と焦燥が混じった視線が突き刺さった。
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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