issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 05 13
窓の外で、地平線が消えた。
地球の曲率が作り出していた緩やかな弧が、巨大な麺棒をかけられたかのように波を打って正されていく。隠れる場所を失った遠方の景色が、奥から奥から、ズズズズズ……と低い地鳴りを伴ってせり上がってくる。
まず数100km先の山脈の稜線が、空との境界に影絵のように滲み出した。
その裾野の下から、さらに遠くの平野がスライドするように押し出される。
やがて異国の摩天楼が。大陸の輪郭が。大気の透明度が許す限界まで、
あらゆる地形が既存の景色の奥へ奥へと無理やり並べ立てられていく。
消失点が蒸発する。500m先のビルと数1000km先の山塊がほぼ同じ高さに並び、
視界の全域に隙間なく詰め込まれてしまった世界は、Zバッファの処理に致命的なエラーが起こったかのような――あるいは、遠近感という概念を知らない者が組み上げた、吐き気を催すほど歪なジオラマに見えた。
「……ウソだろ」
自らの軽口が引き起こしたカタストロフを前に、アシュリーは呆然と呟いた。
彼女は、思考よりも早く、真実をその目で確かめるべく行動する。
「ちょっと、アシュリー!」
おせちの制止も聞かず、アシュリーは頭のアルミ帽をかなぐり捨てると、
窓を乱暴に開け放ち、枠に足をかけた。
ゴォォォォォ!!
紅蓮の炎を噴き上げ、彼女は1筋のロケットとなって空へと舞い上がる。音速の壁などすぐに突破し、成層圏を突き破り、さらにその上へ。
やがて、すべての音が消えた漆黒の宇宙空間で、彼女は息を呑んだ。
眼下に広がる故郷は、青い球体ではなかった。
大陸と海が描かれた、巨大で、完全な円盤。その縁は、どこまでも続く巨大な氷の壁によって、厳重に囲まれている。
それはまっとうな惑星などではない。 ただただ、青と緑の不健康な着色料を一面にまぶされ、暗黒のテーブルの上に無造作に置かれた「パイ」のように、彼女の目には映った。
「――!」
アシュリーは、あまりに完璧で、あまりに愚かしい、平面と化した地球の姿に、ただ絶句し、
自身を包む炎さえも思わず体から消し飛ばしかけた。
数分後、アシュリーは、まるで幽霊のように音もなく部屋に帰還した。開けた窓から滑り込んできた彼女の顔からは、普段の不遜さも、好戦的な光も、完全に取り除かれていた。
ただ、宇宙の深淵を覗き込んだ者だけが浮かべる、純粋な恐怖と畏怖の色が張り付いていた。
「どうだった?平らだったでしょう?」
アキノが、みずからの真理が証明されたことを確信し、勝ち誇ったように問いかける。その問いに、チームの全員が固唾を飲んでアシュリーの答えを待った。この返答1つで、世界の形が決定される。
アシュリーは、背筋を伸ばし、まるで初対面の上官にでも報告するかのように、硬直した姿勢で直立していた。額には、脂汗が滲んでいる。
「……あっ、いえ、丸かったです」
すっかりかしこまった、誰も聞いたことのない彼女の丁寧な口調。
その必死の嘘に、おせちは目をつむり、噛んだ唇を波打たせた。
アシュリーもまた、この部屋の主が持つ、神の如き力の正体に気づいたのだ。
「あら?おかしいわね。私の記憶では、平らなはずなのだけど」
アキノは、心底不思議そうに首をかしげる。その無垢な疑問が、
アシュリーの心をさらに締め上げた。
「め、滅相もございません!あの、わたくし、ホットショットという、はい、あの、大それた名乗りで恐縮ですが、僭越ながらヒーローをやらせていただいている者でして、
空も飛べますもので、その、わたくしのこの両の眼で、先ほど、実際に確認してまいりました!はい!紛れもなく、疑いようもなく!完璧な球体でございました!」
「本当?」
アキノは、その病んだ美貌をじっとアシュリーの方に近づける。目と目がどうしようもなく合う。全てを見透かす紫の瞳の、万華鏡めくはてしない輝きに、
アシュリーは、ただ、こわばる顔つきと、とめどない冷や汗で抗うことしかできなかった。
世界の運命は、彼女の拙い嘘と、1人の少女の「思い込み」の綱引きに、すっかり委ねられていた。
眼を泳がせながら、汗を雨の日の窓のように顔に流し続けるアシュリーと、アキノの探り続ける視線が、部屋の中で交錯する。張り詰めた沈黙が、永遠にも感じられはじめた、その時。
ふと、アキノは興味を失ったかのように、アシュリーから視線を外した。
「まあ、私自身これは確認できる事ではないから……。情報は常に玉石混交よ。
あなたたちも気を付けた方がいいわ」
まるで他人事のように――彼女はそう結論づけると、部屋の隅にあるモニターの1つに向き直り、
何かのフォーラムをスクロールし始めた。
その瞬間、4人の身体を捉えていた、あの奇妙な重力の歪みが、ふっと消えた。世界が、正しい向きに「座り直した」かのような、ごくわずかな感覚。窓の外では、ありえないほど真っ直ぐだった地平線が、
再びその緩やかな、美しい弧を取り戻していた。
地球は、粛々と、元の丸い姿へと戻ったのだ。
アシュリーは、その場にへなへなと座り込んだ。おせちは、誰にも気づかれぬよう、
長い息を吐く。さなとはちるは、ただ顔を見合わせるだけだった。
4人の顔に浮かんでいたのは、同じ表情。安堵と、恐怖と、そして、あまりに強力で、
あまりに無邪気な「神」に振り回されたことに対する、どうしようもない苦笑いだった。
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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