issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 05 12
「待って!」
しかし急にアキノは、まるで侵入者を警戒する小動物のように鋭い視線を彼女たちに向ける。
「そこから動かないで。この部屋に座るには、本当は儀式が必要なの。対監視衛星用のステルス迷彩だから」
「はあ?儀式?」
と、正気に戻るなりアシュリーが眉をひそめるが、
アキノは構わず、淀みない口調で指示を飛ばし始めた。
「まず、そこにあるPCパーツの山を、必ず右足からまたいで。次に、
反時計回りに部屋の隅にあるサーバーラックを3周すること。
最後に、北の壁に貼ってあるグレイのポスターに1礼。それが済むまで、呼吸もなるべく浅くして。
いい?」
あまりに突拍子もない要求に、4人は一瞬、顔を見合わせる。
だが、先ほどの爬虫類宇宙人やアシュリーの1件で、
この部屋では常識が通用しないことを骨身に染みて理解していた。
おせちは、覚悟を決めたように頷くと、指示通り、慎重に儀式を執り行い始めた。アシュリーは、舌打ちをしながらも渋々続き、さなと、はちるは、まるで奇妙な障害物競走にでも参加するかのように、
どこか楽しげにその後に従った。
ガラクタの山をまたぎ、サーバーの周りをぐるぐると回り、最後に、色褪せた宇宙人のポスターに向かって、深々と頭を下げる。
その一連の滑稽な動きを、アキノは腕を組んで、鑑定士のような厳しい目つきでじっと見つめていた。
やがて、全員が 儀式を終えると、彼女は小さく頷いた。
「いいわ。座って。ただし、そこに積んであるオカルト雑誌の上だけよ。
その力があなたたちを守ってくれる」
促された先には、不安定に積まれた雑誌の塔が4つ。カルテット・マジコは、人類の危機を救うための作戦会議を、その奇妙な玉座の上で始めることになった。
全員がアルミ帽を被り、部屋の異様なルールに順応したことで、ようやく話し合いの準備が整った。おせちは、まず礼 儀として口を開いた。
「あの、アキノさん、どうも帽子ありがとうございます」
「いえ、礼を言いたいのはこちらの方よ――」
「えっ?」
「クマ人間の野望を阻止してくれて、本当にありがとう。
じつは、彼らの存在を最初に見抜いたのは私なのよ。17歳の時にね」
「そうだったんですか!?」
4人の心中を突き抜ける驚愕――。
「……ええ。思えばあの時も、周りの連中は誰も私の訴えなんて信じてくれなかったわ。
理解してくれたのは、フォーラムに集う目覚めた人たちだけ。でもあなたたちはわかってくれた。
そしてなんとかしてくれた」
(20年前……クマ人間……。……!熊沢さんが人間になった時期ってたしか――)
……何か名状しがたい、途轍もない予感。「因果の逆転」という不吉な言葉が、
ほんのりとではあるがおせちの脳裏をよぎっていく。
「17歳の時……ということは、今は37歳なんですか?信じられないくらいお綺麗ですけれど、何か義体化とか、細胞系のアンチエイジング手術とかを?」
その必死の話題転換は、自らの精神の平衡を保つための、
無意識の防衛反応にほかならなかった。
「ああ、それは単に日の光に当たらないから――」
本人はそのように解釈しているらしいが、どうもそれだけで納得のいく見た目の若さではないと、
誰もが本能的に直感した。
「それであなたたち、私に用って何?」
アキノは、まだ警戒を解いていない目で4人を見回す。
その、あまりにもあからさまな眼差しに、アシュリーの悪癖が再発した。
彼女は、あんなことがあったにも関わらず、部屋の主をからかうことをやめられない。
「いえ、なにぶん私どもは浅学なもので。かねてより専門家の先生にご教授願いたいと切望しておりました。――この地球が、実は平面であるという、その偉大なる真実について」
慇懃無礼な、しかし完璧な敬語。その言葉が発せられた瞬間、おせちの背筋を悪寒が走った。
「彼女が信じたことは、現実になる」――最悪の想定が、脳裏をよぎる。
「アシュリー、だめ――!」
だが、遅かった。おせちの制止の声は、アキノの呟きにかき消される。
「ああ、それね!『フラットアース』……そうよ、どうして忘れていたのかしら。思い出したわ」
アキノの瞳から、ふっと光が消えた。彼女は虚空を見つめ、
まるで聖典でも読み上げるかのように、うわごとを呟き始める。
「南極は、全てを囲む氷の壁。空は、決して越えられない天蓋。
太陽と月は、私達のすぐ上を、ただ回っているだけ……そう、そうなのよ……」
その言葉と同時に、世界が、軋んだ。
それは地震とは違う。もっと根源的な、空間の骨格そのものが撓むような歪み。デスクの上のボールペンがカチと音を立てて南へ転がり、マグカップが陶器の底を擦りながら後を追い、立っている4人の足裏がフローリングの上を数cm滑った。咄嗟にテーブルの縁を掴んだ指の関節が白く浮く。
真下への引力が消えたわけではない。だがそこに、円盤の中心から外縁へ向かうもう1本の力――放射状に均一な重力ベクトルが上書きされるように立ち上がり、全ての物体の「鉛直」を斜めへと捻じ曲げていく。
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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