issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 05 02
……未曽有の事態――その言葉に、使い古された感の出るほどに災厄の頻発する昨今。
今回の、この1件に挑む者が誰であるかも、また、人々の目には明らかだった。
世界中が、ただカルテット・マジコが事態を解決することだけを渇望していた。
「片付け」という概念が永遠に放棄されたはちるの部屋では、ちゃぶ台の上に開けたポテトチップスが転がり、塩辛い残り香が空気に溶けている。
壁には、先日張りつけられたばかりのものがある。
人気RPG「錬金工房」シリーズ最新作の購入特典ポスターだ。
満面の笑みで手を差し伸べる主人公の少女の、丸みのある胸元には、
アシュリーがこっそり貼り付けた吸盤ダーツが、乳首の位置を過剰な正確さでマーキングしている。
そんな無防備な日常の空気の中、はちるは、窓越しに世界の終わりを思わせる光景を見つめていた。
この病んだ空のずっと向こうでは、ケムトレイルから降り注ぐ毒の雨が、都市の機能を完全に麻痺させているのだ。
「やっぱりこれさ……ウチが消した方がいいんじゃ?みんなそろそろもう限界だと思うよ?今の生活……」
窓の外の惨状から一旦目を離して、はちるがぽつりと呟く。その声には、自身の強大な力に対する、かすかな戸惑いと責任感が滲んでいた。一方ちゃぶ台で、その「錬金工房」の最新作に没頭していたおせちは、テレビ画面から一瞬も目を離さずに、しかしきっぱりとした口調でその提案を退けた。
「ダメ。言ったでしょ。その力は、安全性が完全に証明されるまで凍結。万能すぎる力には、必ずどこかで予測不能な『代償』が伴うものだから。ある日いきなり時空が裂けたり、はちるがおばあちゃんになったりするかもしれない」
自分を例えに出されたはちるが、
「ヤダー!」
素っ頓狂な声を上げた。そのやり取りを、アシュリーは鼻で笑い、ふざけて付け加える。
「ああそうだな。ほかには、女房言葉が廃止されて『おせち』が『せち』になったり、世界の色がネガポジ反転したり、いつの間にか母ちゃんがでかいコーカサスオオカブトになってる、とかな」
しかし彼女はすぐに真顔に戻ると、いよいよ抑えきれないといった様子で、焦燥に満ちた声を上げた。
「……でも、そういう冗談は置いといてだぞ?ここまで何日も調べまくって、手がかりゼロだ!おとといなんて、”あの雨が自分たちの身体にも効くかどうか全員で耐久”とか、一体何の意味があったんだよ……!?」
アシュリーはソファから身を起こし、その声のトーンをさらに強める。
「そんなことしてる間に物価が上がり続けて、サッカーの試合がなくなってっ!
何の責任もないのに倒産する会社も出てくるんだったら、はちるの力、さっさと使った方がいいだろ!マジで!」
「それ、サッカーの試合が本音だよね……」
と、さなが苦笑しながら呟いた。
「う~ん……」
アシュリーの焦燥に満ちた声に、おせちは、ステータス画面で止まったままのゲーム画面に目を落とし、小さく唸った。彼女の指はコントローラーの上で止まり、その思考は、もはやゲームの攻略ではなく、この八方塞がりの状況をいかにして打開するかの、より複雑な戦略を組み立てていた。
その張り詰めた沈黙を、けたたましいベルの音が引き裂いた。ジリリリリリリン!廊下の遠くで、時代錯誤な吉濱家の黒電話が、甲高く鳴り響いている。
「私が出る――」
ドヤ顔のアシュリーが、反射的に立ち上がる。しかし、その挙動に、
「「「ダメ!」」」
3人分の制止が即座に飛ぶ。
おせちはコントローラーをそっと置き、無言で立ち上がった。
足早に廊下へ向かい、黒電話の前で受話器を取り上げる。
その姿を、残された3人が部屋の奥からじっと見守る。
「はい、吉濱です。……ええ。……はい、状況は理解しています。はい……私たちに……はい」
しばらく、相手の言葉に耳を傾ける沈黙が続く。やがて、おせちは、はっきりとした口調で告げた。
「ご提案、まことにありがとうございます。しかし、チャーター機のご用意には及びません。世界中の航空機能が停止している中、私たちだけが特例というわけにもいきませんから」
彼女はそこでまた言葉を切り、落ち着いた、しかし絶対的な自信をにじませた声で続ける。
「ご安心ください。こちらは独自の移動手段を用いますので。……ええ、はい。本社へは、今から直行いたします。おおよそ30分後には到着できるかと――いえ、誇張ではありません」
受話器を肩と耳で挟みながら、おせちは部屋から持ってきたスマートフォンを片手で操作する。画面には、即座にとある市街の衛星写真が映し出された。彼女の指が滑らかに地図を拡大し、電話口の相手の本社ビルの南隣にある、コンクリートで舗装された広場――スケートコートを特定する。
「……お願いついでに、1つだけ。安全確保のためです。御社の南側にあるそのスケートコートを、
これから1時間程度、完全に封鎖し、無人状態にしてください。……ええ、理由は、到着の際に、きっとおわかりになりますので」
一方的にそう告げると、彼女は相手の返事を待たずに、静かに通話を終了した。
ガチャン、と受話器が置かれる。部屋に戻ってきたおせちの顔には、すでに迷いの色はなかった。彼女は、期待と不安が入り混じった視線を向ける姉妹たちに、簡潔に、しかし重々しく告げた。
「航空会社の、グローバル・エアウェイズの社長から。主要航空企業の共同名義で、カルテット・マジコへの正式な出動要請が出た」
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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