issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 04 15
クマ村の製薬工場。その静寂を、まず1つの火花が破った。制御盤の隅で、眠っていたはずのランプ
が、神経質に瞬き始める。次の瞬間、その明滅は施設全体へと伝染した。
天井のレールを走るロボットアームが、関節を軋ませながら、覚醒する。新しいモニター
群に、一斉に青白い光が灯り、見たこともない幾何学模様の言語が滝のように流れ落ちていく。26世紀の知性が、この原始的なシステムを完全に掌握したのだ。
やがて、工場は意思を持った巨大な生物のように、統率された稼働を始めた。コンベアは滑らかに動き出し、アームは寸分の狂いもなく、人の手で投入された材料を掴み、混合し、精錬していく。その一連の動作は、人間のそれとは比較にならぬほど冷徹で、効率的で、そして不気味なほどに正確だった。
そして――施設の中心、大きな合成槽の内部で、ついに“それ”は生まれた。あらゆる光を吸収するような、底なしの闇。
その中心に、やがて針先ほどの、しかし裸眼では直視できぬほどの純粋な光が灯る。
それは、エイペックスがもたらした禁断の技術――『創世の光』の模造品が、産声を上げた瞬間だった。
蛍光灯に照らされた休憩室は、メラミン机とパイプ椅子が並ぶだけの殺風景な空間だった。
澱んだ空気には、コーヒーと機械油の匂いが混じり合っている。
4人は息を詰めて、今井の次の1手について議論を重ねていた。
「……今井の問題だよな、結局残ったのは。あいつ、テロまで起こして国中を敵に回して。んで肝心のこの場所にはいない……一体、何がしたいんだ?クマ村に乗り込んで、最終決戦でハッピーエンドでよかっただろ?」
と、冗談めかして言うアシュリー。実際彼女には、当初そのような単純な絵図しか浮かんでいなかった。
「人類への全面戦争……。でも、それにしたって、あまりに無謀すぎるよね。戦力差は明らかだし、勝てるはずがない」
おせちは、腕を組んで冷静に分析する。
「もしかしたら……何か、隠し玉があるのかも。私たちが知らない、もっとすごい兵器とかさ……」
さなが不安げに呟く。
その時、これまで黙って議論を聞いていたはちるが、ぽつりと言った。
「ウチはほんとに逃げたんだと思うけどな?たぶん戦うつもりなんてもうないよ」
その意外な答えに、3人の視線が彼女へと集まる。
「どういうことだよ、はちる?」
「だって……あの人、自分と違う意見を言われただけで、仲間を殴り飛ばしてたんだよ?」
はちるは、自分の考えを整理するように、ゆっくりと続ける。
「なんだか、戦いに負けるとか勝つとか、そういうのじゃなくて……人が自分の言うことを聞かないのが、1番許せないみたいだった。だから、もう戦わないんじゃないかな?だって、今のこの状況って、全然あの人の思い通りじゃないもん。
部下には裏切られて、勝手に人類と仲良くしようとした人たちはその願いがあっさり受け入れられてさ。
そんなの、ああいうタイプの人、きっと耐えられないよ」
はちるの、あまりに素朴で、しかし本質を射抜く一言。それが、おせちの頭の中で複雑に絡み合っていた思考の糸を、一瞬にして解きほぐした。
そうだ、全ての始まりは、あの聖地での光景に集約されていた。自分と異なる意見を許さず、
ただ一方的に断罪する、あの絶対的な王の姿。彼にとって、世界とは自らが作り上げた物語であり、
同胞も敵も、その物語を彩るための駒でしかない。
その物語が、彼のプライド――その歪んだ自尊心こそが、彼の行動原理のすべてだったのだ。
「……そっか」
おせちは、はっと息を呑んだ。
「彼のプライドは、私たちに負かされることでは折れない。もっと根源的
なところで、もうとっくに砕け散っていたんだ」
彼女は、これまでの出来事を脳内で高速で再構築する。
「考えてみて。彼があの場で望んだのは、人間との戦争。憎しみ合う敵との、種の存亡をかけた闘争だった。でも、現実はどうなったと思う?融和を望む同胞が現れ、人間社会は、あまりにもあっさりとクマ社会を受け入れようとした。
世の中がそういう平和な方向に流れたら、今井はもう、戦争に勝つどころか、クマ社会の支配者ですらいられない。敗戦の英雄にも、高潔な殉死者にもなれない。
この世界に『相手にされなかった』んだよ。なら、それ以上の屈辱はない」
「だとしたら……」
おせちの声に、確信と、そして敵へのある種の憐憫さえ滲む。
「彼が望むのは、勝利でも敗北でもない。自分をコケにしたこの世界への、壮大な当てつけさ。ゲーム盤そのものをひっくり返し、『お前たちには、もう付き合ってやる価値もない』と、全てのプレイヤーを嘲笑いながら、盤上から姿を消すこと……!」
「ひっくり返す?なんだよそれ」
アシュリーが、心底不可解そうに眉をひそめる。
「神変山だよ。戦争が始まれば、すべての目はこのクマ村に集まる。軍も、融和派も、そして私たちも。その最大の混乱に乗じて、彼はたった1人で、あのゲートから脱出するつもりなんだ」
「脱出って……どこへ?」
「ゲートの向こう側へ。彼は、この世界も、人間への憎しみも、そして彼を信じて集まった同胞たちさえも、全てを捨ててしまうつもりなんだ。
ゲートを潜り、1匹の知性のあるクマに戻る。そうすれば、もう2度と、誰も彼を扇動者の今井だとは認識
できない。ふたつの社会にできるだけ大きな傷跡を残して、自分だけがのうのうと、残りの一生をただの獣として森の奥で過ごす……それか、すべてが忘れ去られた頃に、もう1度人間社会へ戻り、新たな物語を始める。――それこそが、彼の描く、完璧な逃亡計画さ」
おせちは、確信を込めて、最後のピースを理論にはめ込んだ。
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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