issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 04 11
夕暮れの東京、新宿。帰路を急ぐ人々の頭上で、都庁のツインタワーが、まるで巨大な松明のように、何の前触れもなく爆ぜた。轟音。ガラスと外壁の破片が、黒煙と共に無数の凶器となって地上へ降り注ぐ。悲鳴が、クラクションが、あらゆる街の音が、一瞬にしてパニックの絶叫に塗り潰されていく。
大阪、梅田の超高層ビル。札幌、大通公園のテレビ塔。福岡、博多駅。白走市のセンター街、日本の大動脈たる都市の、その象徴的なランドマークが、まるで示し合わせたかのように、数分と置かずに次々と火を噴いた。
それは、計算され尽くした、冷徹な破壊だった。
スマートフォンのカメラが、SNSのタイムラインが、現実とは思えぬ光景をリアルタイムで拡散していく。オレンジ色の炎に舐められる摩天楼。濛々と立ち上り、夜空を汚す黒煙。
そして、呆然と立ち尽くし、あるいは逃げ惑う人々のシルエット。
ディストピアの光景が、今、この国の現実となっていた。
避難区域の、クマ人間たちの受け入れ完了から、それはわずか数時間後の惨劇である。そのあまりに完璧なタイミングは、偶然などではあり得なかった。
「――クマ人間のテロだ!」
「融和なんて、やはり嘘だったんだ!」
人々の間に芽生えかけた信頼は、憎悪と恐怖によって、跡形もなく焼き尽くされた。今井の真摯な言葉も、融和派の悲痛な訴えも、今や全てが、このテロを引き起こすための壮大な欺瞞だったと、誰もが確信した。
政府の態度は、即座に氷点下まで硬化した。融和派との対話チャンネルは、議論の余地なく凍結。それどころか、彼らもまたテロの協力者、あるいは予備軍であると断罪された。テレビのニュースキャスターは、怒りと悲しみを滲ませながら、政府の公式見解を読み上げる。
「――政府は、一連のテロ行為を、我が国の平和と安全に対する最も重大な挑戦とみなし、断固としてこれを許さない方針です。これを受け、首謀者である今井二十人、及び北海道に集結する武装集団、さらには国内に潜伏する全ての“クマ人間”を、テロリストとして正式に指定。軍に対し、彼らの掃討を目的とした防衛出動を命令しました」
北の大地は、今や対話の場所ではない。最終決戦の舞台へと姿を変えた。
それこそが、今井が描き出した最も残酷で、そして最も望んだシナリオそのものだった。
*
神変山から少し離れたところに存在するその土地は、軍によって、まるで巨大な檻のように封鎖された。カモフラージュネットが張られた装甲車が列をなし、その砲塔を静かにクマ人間たちの居留地へと向けている。塹壕が掘られ、有刺鉄線が幾重にも張り巡らされ、
上空には偵察ヘリのローター音が、途切れることなく不吉に響き渡る。
バリケードの向こう側――深い森の闇の中には、数万のクマ人間たちが息を潜め、
憎悪の牙を研いでいた。
こうなっては、いつ戦端が開かれてもおかしくない。引き金に指をかけた兵士の、わずかな指の震えひとつで、この国は二度と後戻りのできない内戦へと突入するだろう。
だが実際には、その引き金は、まだ引かれていなかった。
ひとつは、社会に残された、か細くも確かな良心がそうさせている。「本当に、彼ら全員が敵なのか?」という問いが、テロへの怒りの奔流に抗う最後の防波堤となっていた。
今ひとつは、より現実的で、冷徹な政治的判断によるものだった。
――政府が対話の使者として派遣した、イマシマ内閣官房長官をトップとする交渉団を、
融和派のクマたちが速やかに“保護”という名目で人質に取ったからだ。
そして最後に、もうひとつ。もっとも直接的で、物理的な理由――最前線の、その向こう側に、カルテット・マジコの姿が確認されていたからだ。
彼女たちは、融和派のクマたちと共に、今は「クマ村」と呼ばれるようになったその場所に入り、「私たちが、テロの真相を必ず突き止める。それまで、どうか待ってほしい」と、軍の包囲網に対し、そして世界に対し明確に意思を表明していた。
世界を救った英雄が、今度は自ら人質となるかのように、敵地の中心にいる。
この事実が、政府に「即時攻撃」の決断を躊躇させていた。
彼女たちをテロリストもろとも殲滅すれば、国家は「英雄殺し」の汚名を着ることになる。だが、問題はそれだけではない。政府と軍上層部の間では、より現実的な懸念が渦巻いていた。「そもそも、いざ牙を剥いた彼女たちを、我々は本当に“倒せる”のか?」と。
日朝の衝突を防ぎ、ドバイの摩天楼群を舞台に地底の王率いる大軍勢と渡り合い、26世紀の科学力にも勝利した少女たち。その規格外の戦闘能力は、軍のシミュレーションにおいて、常に「測定不能」か、あるいは「国家の存立を揺るがす甚大な被害をもたらす」という絶望的な結果を弾き出す。
仮に殲滅が可能だとしても、それがどれほどの犠牲を伴った末に達成されるのか、誰にも予測がつかなか
った。
テレビの討論番組では、専門家たちが顔を赤らめて意見を戦わせる。「テロリストに交渉の余地なし、即時殲滅すべきだ」と叫ぶ強硬派。
「しかし、中には対話を望む者たちもいる。全てのクマを同罪と見なすのは早計ではないか」
と訴える穏健派。
SNSでは、カルテット・マジコを支持する若者たちが、「#クマにも色々いる」のハッシュタグを今一度掲げ、融和派との対話を求める声を上げ続けていた。
それらの善意は、あるいは、あまりに脆弱な理想論に過ぎないのかもしれない。だが、その声なき声の集積が、政府に「即時攻撃」の決断を躊躇させていたのはたしかだった。
世論、ひいては国際社会の論調を完全に無視して殲滅作戦を強行すれば、
今度は政府が国内外から「過剰防衛」「虐殺」のそしりを受けかねない。
かくして、北の大地には、奇妙で張り詰めた均衡が生まれていた。憎悪と武力が支配する最前線と、それをモニター越しに見つめ、最後の審判を下そうと葛藤する人間社会。その両者の間に横たわる、あまりに脆いガラス細工のような時間が、開戦までのカウントダウンを、ただひたすらに遅らせている。
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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