issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 04 10
カムイ・ディベロップメント本社の最上階。社長室の巨大な窓に、眼下の都市の灯りが、まるで彼の屈辱を嘲笑うかのように煌めいていた。床には粉々になったグラスが散乱し、壁の大型テレビは無残に破壊され、火花を散らしている。その中央で、今井二十人は、獣のように荒い息を繰り返していた。
「……なぜだ」
彼の喉から、絞り出すような声が漏れる。
「人間どもよ、なぜお前らは、ただの“敵”でいることさえできんのだ……!?お行儀よくなぁッッ!!」
咆哮が、惨たらしいほどの静寂を切り裂く。モニターに映し出されていたのは、英雄としての凱旋を遂げるカルテット・マジコと、それに呼応するように、人間社会への恭順を示す融和派のクマたち。
そして彼らとの交渉の場を、拍子抜けするほどあっさりと設けてしまった人間たち、
彼にとって一連の映像は、自らの闘争哲学を根本から否定する、唾棄すべき光景だった。
彼は、その温かい欺瞞に満ちた一切を、怒りに任せてモニターごと壁から引き剥がし、床に叩きつけた。
ガラスの破片が飛び散り、衝動的な破壊の熱が冷めると、その空白を埋めるように、より冷徹で、底知れぬ感情が、彼の内に渦を巻き始めた。
「人間……?ああ、憎いとも。だが、それ以上に許しがたいのは……今となってはお前らだ」
彼は、砕けたモニターの破片に、無数に映り込む自分の姿を見つめた。そこに在ったのは、人間でも、クマでもない、何ものにも属さぬ異形の姿。その事実が、彼の歪んだ精神に、奇妙な天啓をもたらした。
「そうだ」と彼は理解する。自分は、この世界のどちら側にも属さない、超越した存在なのだ、と。その瞳に、狂気と、そして神から与えられたもうたかのような使命の光が、静かに宿った。
「俺がこの世界の支配者になるまでの物語を、俺の闘争を……犬も食わんようなつまらん方法で台無しにした、裏切り者ども……!」
憎悪の呟きは、やがて、断固たる決意へと変わる。
「……なら教えてやろう。その“選択”が、どれほど高くつくかをな……」
彼の内で、ひとつの結論が形を結んだ。この世の中には、もう2度と
「自分が支配者としてそこに君臨する」という形では、クマ人間の勝利はもたらされない。
この世界が、自分を「英雄」としてもてなさないなら、
その愚かしさに見合った結末を与えてやるまで。彼はゆっくりと佇まいを直し、乱れた衣服を整え、鏡の前で髪を撫でつけた。その顔から激情は消え、代わりに、全てを背負い、自らを犠牲にする殉教者のような、悲壮な覚悟の仮面が浮かび上がっていた。
*
日本中がカルテット・マジコの帰還と融和派の出現に揺れる中、全ての混乱の元凶である今井二十人は、ついに沈黙を破った。彼が選んだ舞台は、カムイ・ディベロップメント本社の会見場。逃亡した側近たちの罪を一身に背負うかのような、悲壮な覚悟を漂わせて、彼は無数のカメラの前に立った。
深く、長い一礼。その後の第一声は、誰もが予想だにしなかった、真摯な謝罪の言葉だった。
「……まず始めに、私の監督不行き届きにより、元総務大臣・篠熊、そして元警察長官・蜂須賀が、国家と国民の皆様に多大なるご迷惑と混乱をもたらしたこと、指導者として、心よりお詫び申し上げます。誠に、申し訳ございませんでした」
その声には、権力者の傲慢さなど微塵も感じられなかった。今井は顔を上げ、一語一語、国民に語りかけるように続ける。
「そして……本日、私は、自らの正体を、ここに明かします。告発のございました通り、
わたくし、今井二十人という人間は、皆さんが“クマ人間”と呼ぶ存在です。
この身に、人と、そして熊の血が流れていることを、これ以上隠すつもりはありません」
会場がどよめきに包まれる。だが今井は、その喧騒を静かな威厳で制し、驚くべき提案を口にした。
「私は、過ちを認めます。我々が人間社会との間に、あまりに高い壁を築きすぎていたことを。
だからこそ、私は融和を望む全ての同胞たちに呼びかけたい。
北海道・霧多町、その隣接地に、弊社が所有する広大な土地があります。
この土地の権利は、何らやましいところのない、日本国の戸籍を持つ弊社の人間社員によって、完全に合法的な手続きを経て取得されたものです。――ここを、我々の新たな始まりの地にしたいのです」
彼は、まるで聖人のように、穏やかな表情で続けた。
「人間社会に下ることを決めた同胞たちよ。そして、森の奥で今もなお、
人間への不信に揺れる同胞たちよ。
どうか、この地へ集ってほしい。ここならば、誰に追われることも、怯えることもない。
法に守られた安息の地で、私たちがこれからどう生きるべきか、共に語り合おうではありませんか」
その呼びかけは、あまりに甘美で、そして狡猾だった。
融和派の者たちは、当然ながら今井の真意を訝しんだ。あの傲慢な王が、こうも易々と融和を口にするはずがない。その裏には、必ず何か恐るべき罠が隠されているに違いない、と。
しかし、彼らに選択肢はなかった。人間社会に「下る」と宣言したものの、彼らは戸籍もなければ、法的な地位も確立されていない、いわば“非国民”だ。
人権すら保障されぬ宙吊りの状態で、いつテロリストの仲間と見なされ、排除されるか分からない。彼らには、今井が差し出した「合法的で安全な土地」という揺り籠に乗る以外、嵐をしのぐ術がなかったのである。
それは、毒が塗られていると知りながら、飲まざるを得ない1杯の水だった。融和派は、それぞれの胸に深い疑念と一縷の望みを抱きながら、それぞれの決意を固める。ある者は、今井の変心を信じようとし、ある者は、これを最後の交渉の機会と捉え、そしてまたある者は、最悪の事態を覚悟しながら、北海道へと向かうのだった。
一連の未曾有の事態を受け、国会は異例の速度で審議を進行。
会見からわずか72時間後、「特定外来生命体に関する暫定措置法」、
通称「クマ人間保護観察法」が、賛成多数で可決・成立した。
これにより、融和派クマたちの法的な地位と、霧多町周辺の隔離区域の設置に、
ひとまずの法的根拠が与えられたのである。
今井の描いたシナリオ通りに、クマ社会のすべてが、北の大地という一つの舞台の上へと、抗いがたく引き寄せられていったのだ。
今井の歴史的な会見は、日本中に束の間の希望をもたらした。かつての敵が融和への道を指し示し、種族を超えた対話の時代が、ついに始まるのかもしれない――。人々がそんな淡い期待を抱き始めた、まさにその時だった。
――世界は、再び炎に包まれた。
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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